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「本当に大丈夫なのかよ」
俺は隣の席に座っているカタリナを見上げた。客層のいい1等客室とはいえ、俺たちは周囲からの好奇の視線を受けていた。
無理もない。カタリナは身長180cm近くで、肌は褐色だ。異種族がいるこの世界とはいえ、流石に目立つ。顔立ちもいいからなおさらだ。
俺もまた、男たちのねっとりとした視線を感じていた。ミミの顔は、正直に言ってかなりかわいい。彼女の前世はジュニアアイドルだったと聞いているが、なるほど納得が行く。
そして、男たちの視線が酷く不快なものだと、俺は痛感していた。正直、吐き気すらする。俺は、身体こそ女であるミミのものだが、中身はあくまで男だ。精神が身体に引っ張られるんじゃないかと思っていたが、幸か不幸か今のところそれはなかった。
カタリナが無表情のまま小さく頷く。
「大丈夫です。今のところ、怪しい人物は見当たりません」
ダークエルフとオークの混血だという彼女の五感は鋭い。魔力感知についても相当なレベルにある、とジャニスは言っていた。彼女がそう言うなら、大丈夫なのだろう。
ジャニスがふうと息を付いた。
「にしても、この状況で捜索に出るとか、思い切ったものね。この前も聞いたけど、ミミたちがムジークにいる可能性はそこまで高いの?」
「『安全な場所』という意味において、ムジーク自治区以上の場所はそうございません。それは、元第一皇女の私が保証します。
それに、もしいなくても母様ならば居場所を突き止められるはずです」
「マルカ・オルカ・ムジーク……現ムジーク自治区当主にして、ダークエルフの女王ね。私も、話には聞いたことがある。ムジーク自治区の歴代当主は、千里眼を受け継ぐと」
「ええ。千里眼を使うにはミミ様の縁になるモノが必要ですが、ユウ様の今の身体があればそれが使えるでしょう。かなりの精度で、居場所は分かるかと」
「……そうね。早く分かればいいのだけど」
汽車が高地に入っているからなのか、客室の空気は夏なのにかなり涼しい。窓から吹き込む風が、俺の髪を揺らす。こんなにミミの髪はサラサラしているのかと、俺は関係のないことを考えていた。
「それにしても、なぜセルフォニアの連中は俺たちを追ってこないんだ」
「……ずっと考えていたのですが。多分、転移には条件があるのでしょうね」
「条件?」
ハンスが無言で頷く。
「ミミはこれまで狙われなかったのか。そしてなぜオルドリッジはこれまで私たちの前に姿を現さなかったのか――ずっと考えてきました。
前者の理由は薄々見当が付きます。彼女は私たちの屋敷から、3年間一歩も出なかった。だから手出しができなかった。
ただ、それでも引っかかるところがあります。一度も会ったことがないミミの恩寵の内容を、なぜオルドリッジは知っていたのか?」
「……古代魔法に精通してる奴がいるからじゃないのか。ポーラって奴なら、あるいは」
「もちろんその可能性は高いと思います。ただ、『現実改変』の力をミミが持っていると知っているのは妙です。たとえ、3年前の事件を知っていたとしても」
ジャニスが「それだけじゃないわ」とハンスを見た。
「そもそも、ポルトラでスティーブ・アルバが憑依されたのかをなぜあいつらは知ってたの?クリブマンの件だって、モブリアナやダリルが憑依されていたのを知った上でリカードが来て、扇動したようにしか思えなかった」
「そう。つまりはこう考えるのが自然です。『セルフォニアには、いつどこに転生者が発生するかを知っている人間がいる』」
「……まさか。そんなことができる人間なんて……」
「います。『アザトの聖女』」
ジャニスの顔色が変わった。
「……そんな馬鹿なっ!!」
「しかし、そう解するのが自然でしょう。彼女は、セルフォニアにいる。影響下にないと考えない方がおかしい」
俺は手を挙げた。知らない単語が出てきた。
「ちょっとすまん。なんだよその、何とかの聖女って。ルカみたいなもんなのか」
「ええ。アザトの神の声を聞くことのできる、唯一の存在です。アザト神が転生者についてどれだけ知っているかは不明ですが――イーリス神が転生者の処遇を決められるのならば、アザト神もまた同様であってもおかしくはない」
「でも、その神様がセルフォニアに協力的なんてことがあり得るのかよ?」
「……そこまでは。ただ、聖女の心を意のままに操ることなど、恐らくは造作もないでしょう。転生者がどれだけセルフォニアに集っているかは知りませんが、そういった恩寵を持っている人間はいてもおかしくはない」
「ちょっと、よろしいですか」とカタリナが割って入る。
「だとすれば、どうしてこれまでセルフォニアは転生者に介入してこなかったのでしょう。もっと前から、動きがあってもおかしくはないはずです」
「そこです。そこで第二の疑問が出てくる。『どうしてオルドリッジは、私たちの前にこれまで姿を現さなかったのか』。別の言葉で言えば、さっき言った通り『転移には条件があるのではないか』、ということです」
ハンスは指で「2」を作り、話を進めた。
「知っての通り、セルフォニアから他国への移動はほぼ禁じられています。交易も最小限になっている。属国のワシュワ経由でやってくる可能性はありますが,そちらからの入国も厳しくなっています。つまり、正攻法では立ち入れない。
私が立てた仮説はこうです。まず、転移魔法の技術が確立されたのは比較的最近である。レイモンド、そしてポルトラと立て続けにセルフォニア絡みの案件が発生したことがそれを示唆しています。
第二に、オルドリッジが立ち寄った場所にしか転移はできないという可能性です。彼はレナード博士の治療でクリップスに訪れていました。オルドの『夢幻の扉』もそうですが、転移魔法にはある程度の制約があるのが普通ですから。彼以外の人間が転移する際にも、同じ制約がかかっていると見ています」
「でも、彼がどこに立ち寄ったかなんて分からないじゃない」
ジャニスの言葉に、ハンスが少しだけ黙った。
「そこは問題です。ジェイムソン国王はかなり厳しくセルフォニアからの入国者を監視していましたから、ヴァンダヴィルには10年以上は立ち入っていないはず。ただ、ポルトラに来ていたことからすると指名手配を受けるまでは比較的自由に動けていた可能性は高い。
彼は流しの医者として活動していましたから、彼が立ち寄ったことがありそうな大都市を経由しての移動は危険かもしれませんね」
「ただ、大都市でなければ問題ないと?」
「そうなります。この汽車はヴァンダヴィル発、パルフォール首都ブルカ行きです。その途中に大きめの都市は幾つかありますが、幸いにして私たちが降りるのは比較的人の少ないオラン高原駅。セルフォニアからの刺客が私たちを追ってくる可能性は低いと見ます」
オラン高原は温泉のあるちょっとした観光地だという。ムジーク自治区に向かう拠点でもあるが、「ダークエルフの監視が厳しく、余所者にとって居心地がいい土地ではない」とカタリナは言っていた。
確かに、あの「白光」とかいう特殊部隊の連中がそこにいる可能性は低い気がする。かといって、油断はならないけど。
*
汽車は徐々に山あいに入ってきた。最初の目的地であるオラン高原が近いらしい。ムジーク自治区はそこから山道を歩いて半日。オラン高原で一泊した後、朝早くから向かうとのことだった。
荷物を背負って駅に降り立つ。ここで降りる客は俺たちだけのようだ。
「随分寂しい所ね。ムジーク自治区に入るのは、許可証がいるんでしょ?ここでそれを受け取ることになるのかしら」
「はい。ひとまずこちらへ」
辺りには寂れた温泉町の風情が漂っている。通りを歩く人はまばらで、活気なんて微塵もない。
確かに、こんな所にオルドリッジが来たことがあるとは考えにくいな。そう思っていると、比較的大きな木造の建物の前でカタリナは止まった。
「こちらで少々お待ちください」
カタリナ1人で建物に入る。数分後、「何ですって!!?」という若い女の叫び声が中から聞こえてきた。
「……何か、もめているようね」
ジャニスが訝しげな顔になる。しばらくすると、カタリナが冴えない表情で出てきた。
「……管理官が難色を示しています。一度、直接お会いになって交渉する必要がありそうですね」
「私が?」
「はい。私の頼みでも、異種族は簡単には入れられないと」
閉鎖的だとは聞いていたが、やはりそう甘くはないみたいだ。俺たちは1階の応接間に通された。
そこのソファーには、褐色の肌で小柄な女性が仏頂面で座っていた。ひょっとしたら少女と言ってもいいぐらいの若さだ。
女性は俺たちを睨んで口を開いた。
「……彼女たちが、姉様が言っていた人たちね」
「ええ。紹介します。彼女がムジーク自治区第三皇女、オラン入国管理官のエレン・オルカ・ムジークです」




