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ユウとカタリナが去り、部屋には私たち3人だけが残された。フリードから笑みが消え、ジャニスをチラリと見やる。
「ジャニス君、ハンスの素性は聞かされているね」
「……ええ。陛下も、知っていたのですよね」
「……黙っていて済まない。僕は随分前から知っていたよ。彼がこの国に来た当初から」
ジャニスが怒りに燃えた目で私を見た。それに気付いたフリードが、「彼に責任はないよ」と苦笑する。
「僕は――10年前、デルヴァーで『あいつ』に憑依された。その際に、『あいつ』はご丁寧に書き置きを残していってね。
『あいつ』が彼女を――ケイトを寝取ったことの勝利宣言だ。その中に、ハンスが転生者であることも書かれていた。法に照らし合わせれば、ハンスは何らかの形で処罰を受けることになる。パルフォールの第一皇女、ケイト・イル・パルフォールをやむを得ない理由とは言え殺害したわけだからね」
「……『あいつ』が、ですか」
「ああ。それで自分の仇を僕に取らせるつもりだったんだろう。ただ、僕は黙った。魂見魔法では、彼が転生者であることは分からない。それならば、子飼いにして使った方がいいだろうというのが当初の打算だった。
君に告げなかったのは、僕の判断だ。当時の君に真実を告げたら、君はたとえハンスであっても『殺し』にかかっただろうから」
「……かもしれませんね」
ジャニスは視線を落とした。
彼女に真実を告げてから3日。表面上は、彼女との関係は何も変わっていない。ただ、私たちにしか分からない、微妙な距離ができていた。
2人きりになった時に感じる、妙な遠慮と素っ気なさ。彼女も、私が転生者であることを消化し切れていないのだ。
それは当然とも言える。彼女が生まれてから25年。その間、私はずっと彼女を欺き続けていた。その事実は、いかなる理由があっても揺らぎようがない。
そして、私たちの関係がこれまで通りと行かなくなるのもごく当たり前のことだ。それは覚悟していたことだ。
フリードがコーヒーを飲んで一息つく。そして、私たちを交互に見た。
「僕としては、君たちがこれまで通りでいてくれることを望んでいる。特に、今は有事だ。ハンスの力なしで、オルドリッジ、ひいてはセルフォニアに勝つのはほぼ不可能に近い。
ただ、決めるのは君たち自身だ。特にジャニス。君の意思を最大限尊重したい」
ジャニスは目を閉じ、数秒してから軽く首を振った。
「……正直に言えば、まだ気持ちの整理はちゃんと付いてないと思います。ハンスが私と、この世界のために動いてくれているのは間違いないし、信頼もしています。ただ、25年という年月は、そんなに軽くない。……それに」
彼女が私の目を見た。
「ハンス。貴方の気持ちが分からない。私と、これからどうなっていきたいのか」
もはや、ただの主従関係というわけにはいかないだろう。それは自分でも理解していた。
ならば、オルドリッジ、そしてセルフォニアを打倒したらどうする?そもそも、私にとってジャニスはどういう存在なのか。
ポルトラでは、「家族であり、戦友であり、最愛の人」だと告げた。その言葉に偽りはない。彼女を失いたくないというのも、全くその通りだ。
ならば、どういう関係であるべきなのだろう。パートナー?それとも生涯の伴侶か。
彼女が何を望んでいるかは、薄々知っている。後者だ。
私はこれまで、主従関係を言い訳にしてそれ以上踏み込まないようにしていた。もちろん、真実は違う。そして今や、その言い分は通じない。
結論を出さなければいけない時は近い。そして、そこから逃げることもできない。
問題は、その覚悟が、私にまだできていないことだ。
「ポルトラで言ったことに、噓偽りはない。……ただ、本当に正直に言えば、迷っている」
「何を」
「君を、大罪人の妻にするという覚悟だ。私が自らを転生者として申告しないことは、教会としては決して許されない。アルヴィーン大司教も、自らが処刑される危険性を背負った上で黙っている。
万一私の素性が世に知られれば、君も無傷では済まない。……そのことを恐れている」
「ははっ」と呆れたようにジャニスが笑った。そして表情を一変させ、怒りの表情でテーブルを叩く。
「バッカじゃないの??そんなこと恐れる意味なんてないわよ!!貴方が死ぬ時は、私も死ぬ時。そうに決まってるじゃない!!?
それに、もし貴方が転生者であることが世に知られても……それでも生きていけるような世界に変えてしまえばいい。
セルフォニア、そしてグラン・ジョルダンやシャキリ・オルドリッジは倒さなきゃいけないけど……転生者がこの世界でどう生きるべきかは、別途考えなきゃいけないこと。貴方もこのままでいいとは思ってないでしょ??」
気押されて言葉も出ない。……そこまで考えてたのか。
「ふふふ」と愉快そうにフリードが笑った。
「女は強し、だね。まあ、後は2人でゆっくり話し合って結論を出してくれ。
僕としても転生者が転生者のままで、しかもこの世界に悪影響を及ぼさない形で生きられるのが理想だと思ってる。父様や、教会の最上位はそう思っていないみたいだが」
「よいしょ」とフリードが席を立った。
「僕はこの辺りでお暇させてもらうよ。あ、明後日からキャルバーンに外遊に出るから連絡は電信機にしてくれ。カタリナはここに残していくよ」
「……私たちのことより、君はどうなんだ」
「……カタリナのことか」
ふう、と息を付いてフリードが天井を見上げた。
「父様は頑迷な保守派だ。ダークエルフの、それもオークとの混血を娶るなど決して許しはしない。国民感情もどうなるか分からない。
彼女も彼女で、ムジークを放逐された第一皇女だ。色々複雑なんだよ」
「好き合ってはいるんだろう」
「君ら以上に、僕らは主従関係に拘らなきゃいけないのさ。幸い、異種族同士だから子供ができる心配は多少薄いしね」
「だが、君もいつまでもこのままでいるわけにはいかない、違うか?」
「……そのためにも、国を変えなきゃいけないんだけど、ね」
フリードは苦笑した。
レヴリアは表面上は平和だが、その内情は決して一枚岩ではない。レヴリアのジェイムソン国王とフリードは暗闘状態にある。旧守派と改革派の対立、と言い換えてもいい。
ジェイムソン国王がフリードに婚姻を迫っているのは、自分の息がかかった女性を嫁がせることで彼を縛るためだ。極力穏当な形で、フリードを自分の支配下に置こうとしているわけだ。
当然、フリードがそれを拒み続けていることを怪しいと思わないわけがない。彼は自分が女遊びに興じているという噓の情報を流して真実を煙に巻こうとしているが、流石に限界は近付いているようだった。
セルフォニアが戦争に向けた準備をしている中、極力内乱は避けたい。そういった中で、フリードの置かれている立場はかなり難しいものであるのはよく分かる。
カタリナを私たちに預けたのも、あるいは周囲の目を彼女に向けさせないためなのかもしれない。
「君も大変だな」
そう言うと、寂しそうな目でフリードは苦笑した。
「まあ、お互い様だよ」
*
彼が玄関を出てしばらくすると、2階からユウとカタリナが降りてきた。そういえば、フリードの見送りに彼女が出てこなかったのは少々妙ではある。
「2階で、2人で何か話してたのですか」
「ああ。カタリナ」
頷くとカタリナが一歩前に出た。目には強い意志の力を感じる。
「私たちとミミ様の捜索に出て頂けますか。ひょっとしたら、という心当たりがあります」




