幕間5-3
俺たちはすぐにクリップスを後にした。ミミたちの捜索は、魔術学院総出で行われるという。ただ、凄腕の魔術師たちを以てしても簡単には見つからないだろう、とのことだった。
近くに逃げたならば、とうに発見されているはずだ。つまり、かなりの遠方に逃げている可能性が高い、ということになる。
ウェンリーも一度クリップスを離れ、上手いやり方がないか考えてみるという。放っておけばいつかは姿を現すだろうということだが、俺たちより前にオルドリッジたちが彼女を見つけてしまったら最悪も最悪だ。
この世界の地理に詳しくないはずのミミが、どう「安全な場所」を判断しているのかは疑問が残る。つまり、彼女が行ったことがあるか、あるいは見聞きした場所に行き先は限定されるはずだが……
「ミミの行き先、心当たりはないのかよ」
後部座席の俺に目もくれず、ハンスが素っ気なく返す。
「ないですね。この3年間、彼女はずっと私たちが保護してきた。つまり、あの屋敷の外には出してない」
「本とか何かで知った、行きそうな場所は」
「逆に候補が多すぎて絞れませんね。まさか他大陸には行かないでしょうが」
「聖都ミアンとかは」
「そこに行ってたら私に報告が入ってるでしょう」
ハンスが軽く首を振った。苛立ちを隠そうともしていない。
ジャニスが助手席からこちらを向いた。やはり表情は険しい。
「狙われてるのは貴方もなのよ、ユウ。両方を手に入れないと、恐らくオルドリッジの狙いは実現しない。
私たちが次の依頼で遠出することになったら、貴方には留守番をしてもらうわ」
「……は??」
「は??じゃないでしょ。貴方は確かに成長した。私たちの予想をずっと上回る程度には。ただ、オルドリッジたちの力量は、それよりずっと上と考えるべき。貴方も彼らと対峙して分かったでしょう?」
確かにそうだ。リカードはもちろん、裏切ったブローム、そしてオカマ言葉のギル。全員一筋縄では行きそうもない連中だ。
そして、この身体は前の身体と違って、絶対に傷付けるわけにはいかない。ミミに、きれいなままで渡してやる必要がある。
「……分かった。ただ、留守番ってったって襲ってこねえとは限らないだろ」
「あの屋敷には無断外出を封じる結界を張ってるだけじゃない。認知を難しくするための結界も併せて張ってる。だから、あの屋敷を訪れることができるのは、極々限られてるわ。これまでもそうだったでしょう」
確かにそうだ。アルヴィーン大司教、フリード皇太子はこの世界のVIPだ。テイラーっていう料理人は一般依頼者とハンスたちを繫ぐエージェントらしいし、屋敷を知っていないと成り立たない。
逆に言えば、彼ら3人ぐらいしかあの屋敷の存在は知らないということになる。もちろん、この前のドノムのようにこのうちの誰かに連れられてやってきた客人がいなくもないだろうが。
ハンスがこちらをチラリと見た。
「まあ、流石に護衛は用意します。信頼の置ける人間です」
「護衛?今のユウはミミの身体なのよ?変な気を起こさない人なんでしょうね」
「心配には及びません。同性ですから」
「同性?」
訝しげなジャニスに、ハンスがふふと笑った。
「カナリナ・ヴィング――フリード陛下の側近にして愛妾ですよ」
*
「お帰りなさいませ」
2週間ぶりに家に戻ると、褐色の肌をした大柄なメイドが深々と頭を下げていた。背がやたらと高く、ハンスにも迫るぐらいだ。耳が細長い辺り、人間ではどうもないらしい。
「カタリナさん、ご苦労様でした。陛下は奥に?」
「はい。こちらへ」
カタリナと呼ばれた女がリビングに俺たちを案内した。彼女が俺の護衛か。こうして会ってみれば納得も行く。見るからに鍛え上げられている身体だ。
リビングには、いつぞやの皇太子がコーヒーを啜って待っていた。フリード皇太子がハンスを見る。
「長旅ご苦労だったね。色々、迷惑を掛けた」
「ああ。ポルトラに、その後変わりは」
「あれから特には何もなしだ。メジア大陸からの軍隊が来るかと身構えていたが、どうもこちらには来なかったらしい。襲撃失敗の報が流れたのだろうが、あるいはそれも計画の内だったのかもね」
「というと?」
「ワシュワにいる諜報員から連絡が入った。あちらに船が2隻ほど入港したらしい」
ハンスの目が鋭くなった。
「北海を回り込んで、ということか。向こうも無事じゃないだろう」
「同感だな。逆に言えば、生き残った連中がいるということでもある。ひょっとしたら、誰かに身体を弄られているか、強力な装備品があるのかもしれないね。
あの極寒の海を乗り切るのは、普通に考えたら無理だ。もちろん、セルフォニアが噛んでいるのは言うまでもない」
「人員増強、ということは……戦争の準備か」
「多分。そこにもってきて、ミミちゃんの強奪未遂だ。いよいよ、こちらも国防を強化しないといけないね」
皇太子が俺の方を見て微笑んだ。
「君がユウ君、だね。まあ見違えるようになっちゃって……痛っ」
カタリナが彼をつねって睨む。ハンスは愛妾とか言ってたが、恋人か愛人みたいなものなのか。
「陛下、くれぐれもお言葉にはお気を付けて。ただでさえ素行には国民の厳しい目が向けられているのですから」
「あれは僕がわざと流している噓情報だろ……まあ、君の気持ちも分かるが」
カタリナが目を伏せる。どうもただの愛人ではないと、流石の俺でも悟った。
皇太子が再び俺を見る。
「話には聞いていると思うけど、彼女――カタリナが君の護衛にしばらく付くことになった。ミミちゃんがいない間の家の手入れもやることになっている。
君は安心して過ごすといい。男性含めても、彼女の武芸はエビアで五指に入る」
「俺は手伝わなくていいのか」
「まあ、そこは家の主人たるジャニス嬢の指示に従ってくれ。ただ待つだけなのも退屈だろうしね。
ジャニスが「ちょっといいですか」と手を挙げた。
「ミミの行方、手掛かりはないのですか」
「今のところは全く。こちらもパルフォールとキャルバーン、そしてカルディアの3カ国に協力を要請してはいるのだけどね。
待てば戻ってくるのかもしれないが、戻ろうとしたところをセルフォニアに狙われるのが最悪の展開だ。大体の居場所だけは把握しておきたい」
「彼らは神出鬼没です。少なくとも、転移魔法を使いこなせるのは間違いない。急ぐだけ急がないと……」
「まあ、その気持ちは分かる。ひとまず、君たちは君たちの仕事に専念してくれ。あと……カタリナとユウ君は、しばらく席を外してもらえないか。3人で大事な話をしたい」
「大事な話……」
ハンスが頷いた。俺も何となく空気で悟る。彼が転生者であるということについて、何かしら話をしなければいけないんだろう。
俺はカタリナと席を立った。とりあえず2階の自室に向かおうとすると、なぜか彼女も一緒に付いてくる。
「……何だよ」
「今後の方針について、お話が」
「……方針?」
「ええ。私と、ミミ様を探しに行きませんか」
「……は???何でいきなり言うんだよ?それに、当てなんてねえだろ?」
「あの場で言わなかったのには、理由があります。ひとまず、部屋に入りましょう」
俺は部屋のベッドに腰掛ける。カタリナはデスクの椅子に座った。出会ったばかりというのもあって、少し居心地が悪い。
「……で、どういうことなんだ」
「私の出身は、パルフォール北西部。キャルバーンとの国境付近にある『ムジーク自治区』です。パルフォールからの干渉をほぼ受けない、『ダークエルフの聖地』――私はそこの皇女の娘なのです」
「は、はあ」
いきなり身の上話をしてきた。どういうつもりだ?
カタリナは話を続ける。
「世界中で最も安全な場所の一つ、それがムジーク自治区です。徹底した鎖国主義、恐ろしく閉鎖的な住民、そして許可なくして立ち入ることすら許されない結界。身内以外の『入国』は、不可能と断じて間違いありません」
「まさか、そこにミミと博士がいるとか言わないよな?」
「私はミミ様の恩寵を存じ上げません。ただ、万一があるならあそこです。そして、厄介なのは――彼らは何かの弾みで迷い込んだ者を、余程のことがない限り外には出さない」
悪寒がした。ミミの恩寵の内容を、俺は正確に把握できているわけじゃない。
ただ、「どこか絶対に安全な場所に行きたい」という彼女の願いが実現するなら――そこに彼女たちがいる可能性は、ゼロじゃない。
俺は立ち上がった。
「今すぐハンスたちに知らせ……」
「それはやめてください。……陛下は、間違いなく私を止めます」
「何でだよ」
「あの方は――私を喪うのを恐れています。貴女の警護に付くことも、私が強く主張しなければ通らなかったでしょう。ここが基本的に安全だということと、陛下の目の届く場所であるということで承認して頂きましたが……」
「別の人間に行かせりゃいいだけじゃないのか?」
「ムジーク自治区は、身内以外を拒む『国』です。皇女の娘である私すら、オークに孕まされた結果の『忌み子』として放逐されたほどです。
フリード陛下のお側にいた結果、2年前にようやく一度だけ里帰りを許されましたが――他の人間を受け入れるとは、到底思えません。私なしであそこに入るのは不可能です」
俺は腕を組んだ。なるほど、意味は分かった。ただ、納得はできていない。
「……幾つか引っかかる点がある。まず、フリード皇太子がお前がここを抜け出すことに気付かないのか、という点だ。
お前があいつの愛人だって話は薄々聞いてる。さっきの話を聞く限り、溺愛してる感じもする。ここをこっそり出て、そのムジーク自治区に行けるもんなのか?」
「陛下は外遊で、明後日から1週間ほどキャルバーンに行かれます。そこが好機です。
ジャニス様とハンス様には、その時にお話するつもりです。恐らく、ご納得いただけるはず」
「ここからムジーク自治区までの距離は」
「汽車を使えば、2日もあれば着くと思います」
「俺が襲われる可能性は低くないぞ。お前だけで何とかできる相手でもない」
「そこは、ジャニス様たちにも後で協力を仰げばいいだけのことです」
……なるほど。理にはかなっているか。
そこにミミがいる保証はない。むしろいない可能性の方が高い。
ただ、思いつくことは全部やってみよう。俺は自分にそう言い聞かせた。
早く、あいつにこの身体を返してやらなきゃいけない。
何より――あいつの心は、まだ不安定だ。俺が行かなきゃまずいことが起きかねない。根拠はないが、そう思った。
俺はカタリナに頷いた。
「分かった。フリード皇太子が帰ったら、その辺りをハンスたちに話してみる」




