幕間5-2
「ん……」
急に、世界が明るくなった。意識が戻ってきた、ということか。
俺はゆっくりと瞼を開く。窓からは夏の鋭い日差しが入っていた。少し暑く感じる。
身体をゆっくりと起こす。胸の辺りが、少し重い。
「これは……」
俺は自分の手を見た。ほっそりとして白く、まるで女の手のようだ。これが新しい身体か。
周りを見ると、安堵しているのか困っているのか微妙な表情のジャニスと、軽く溜め息をついているハンスがいる。
「目覚めたようね」
「……俺は」
「再受肉したのよ。一応」
そうだ。俺はエムの攻撃を受けたのだった。寿命が残り少なくなった自分の身体を囮にし、ハンスが彼女を倒す手助けをした。そして、それは成功したはずだ。
それを見届けた後、俺はジャニスに睡眠魔法をかけられて眠りについた。吸魂魔法による苦痛を和らげるためだ。
そして、俺は再び意識を取り戻している。俺の狙いは全て上手く行ったはずだ。
じゃあ、何でこいつらはあまり嬉しそうじゃないんだ?
「一応って、何だよ。……あれ」
おかしい。何だか声が高い。あの小熊型の義体にいた時も少し声は高くなっていたが、それでもあれはせいぜいガキの声だった。ここまで高くはない。
しかし、今俺が発している声は……どちらかといえば、いや間違いなく……女の声だ。
ハンスが静かに手鏡を差し出した。
「ショックを受けないように。これが、今の貴方です」
俺は訝しげにそれを受け取る。自分の顔を見て、俺は思わず固まった。
肩まで長く伸びた黒髪。大きな目。そして、すっきりとしたやや高めの鼻。
そこにいたのは、文句なしの美少女。それも、この世界には珍しい、日本人に近い顔立ちの少女だ。
そして、俺は……この顔を見たことがあるとすぐに気付いた。
……これは、ミミだ。
「お、おい。これは、何だよ」
ハンスがもう一度溜め息を付いた。
「見ての通りです」
「だから何だってんだよ!!!何で俺が、ミミの身体になってるんだよ!!!」
奴の、眼鏡の奥の瞳が鋭くなった。
「落ち着きなさい。説明を聞けば理解できるはずです」
「……説明?」
「ええ。ここはクリップス。今の私たちがいる場所です。そして、ミミは行方不明になった」
「……はあ???」
その時、部屋に誰か入ってきた。背の低い男と、それよりさらに小さな幼女。そしてその後ろから、茶色の髪をした長髪で糸目の男も入ってきた。
背の低い男が「うわっ、マジか!!」と叫んだ。
「めっちゃかわいいやん!!なんやこれ、ちょっとすごない!?なあ、あんた名前……あたっ」
「名前は知ってるでしょ。この子の中にいるのはユウで男。それに、あくまでこれは暫定処置よ。あくまでこの身体が生きた状態のままでいさせるため、一時的にユウの魂を入れただけにすぎない」
幼女――アンジェリカの言葉に、糸目の男が頷いた。こっちの方は見覚えがない。
「そういうこっちゃ。ま、ちゃんと魂が入ったようで何よりやね。ああ、君はお初やったね。俺はヴィクトリ・ウェンリー。よろしゅう」
「ヴィクトル・ウェンリー?」
「世界最強の祓い手や。大変やったんやで?君の身体とミミちゃん狙って、この街は襲撃されたんよ。ま、俺がおる以上問題なかったわけやけど」
ジャニスがウェンリーを睨む。
「その代わり、ミミとレナード博士は行方不明。そして向こうは無傷。問題が解決したわけじゃない」
「俺がお前らみたいに陽動に引っかからなかったからこの程度で済んだんやぞ?ちっちあ感謝せいや。にしても、本当に別嬪さんやなあ。中にいるのが男なのがほんま残念やね」
「手出したら殺すわよ」
「おーこわ。冗談の通じないお嬢様やねえ」
ウェンリーと呼ばれた男が肩を竦める。ジャニスの刺すような視線は、今度は俺に向いた。
「あんたもよ。この身体はあくまでミミの身体。胸揉んだり自慰したりしたら、即消すからそのつもりでいなさい」
「い、いや、それより何で俺がこんなことになってるのか、ちゃんと説明してくれよ。というか、ミミがいない??どこに行ったんだ??」
「ああ、話の途中だったわね。とりあえず、少し長くなるけど聞いて頂戴。これからの話もついでにするわ」
*
「……というわけです」
ハンスが一通りの説明を終えた。俺が「死んでいる」間に、そんなことがあったのか。
「……まあ、大体分かった。つまりはこの身体も仮の身体、ミミを見つけるまでの制限時間は1カ月。それまでにあいつを発見し、この身体に返さないと……」
「ええ。貴方の魂はその身体に定着し、貴方は一生をこの身体で生きなければならなくなる。それでも構わない、と言うのなら止めませんが、貴方の本意ではないでしょう?」
「当たり前だ。この身体はあいつのだ。ちゃんと返してやらないと……それに、ミミの義体もそろそろ寿命なんだろ?」
「リミッター解除前の義体の寿命は3~5年。解除すると貴方のように1カ月程度に減ります。ミミのリミッターは解除されていませんが、そろそろ危ない」
俺は唇を噛んだ。時間的な猶予はない、というわけか。
「あいつがどこに消えたのか、分からないのかよ」
「それが分かれば苦労はしません。ただ、彼女は自分の意思でレナード博士ごとどこかへ消えた。襲撃されていたという状況からして、安全な場所に逃げてはいるはずです」
「安全な場所……?」
「ミミの恩寵は、どうも私たちが考えていたものとは違うようです。単純に向けられた悪意をそのまま返すだけではないらしい。……考えられるのは……」
ハンスの動きが固まり、顔から血の気が引いたのが俺にも分かった。
「おい、どうしたんだよ」
「……まさか。いや、それなら筋は通る」
「だから何だってんだよ!!」
「ユウ、その身体、気付いたことは」
気付いたこと?肌が柔らかいこと?いや、そんなことを訊いてるんじゃないはずだ。
俺は手を握った。前の身体にいた時に比べ、力は入る気がする。
……いや、これはそれどころじゃない。
「魔力が……全然違う」
ジャニスが「やはりね」と呟いた。
「クミって子がその身体の複製に入ったけど、恩寵の力がモブリアナの中にいた頃とそう変わってなかった。それでおかしいと思うべきだったのよ。そして、ユウがその身体に入って私もようやく理解した。
モブリアナは龍族。人間とは比較にならないほどの魔力を持っているわ。だからモブリアナから人型義体に移ったオリモが、あそこまで高い出力で恩寵を使えるはずがない。となると、結論は……」
アンジェリカも「そういうことね」と頷く。
「推測するに、ミミちゃんの身体は桁違いの魔力を秘めている。向こうの世界の人間全てがそうなのかもしれないけど」
ジャニスの視線が意味深にハンスへと向いた。ハンスは軽く首を振る。
「それはないでしょうね。とにかく、オルドリッジはミミの身体がそういうものだと知っていた。どうやってそれを知ったかは分かりませんが……。
そして、これが最も重要なことです。ミミの恩寵の本質、それは『現実改編』」
「……何だよそれ」
「自分が望む状況に即した事象を起こす、ということです。悪意、ないしは殺意を向けられた相手には、それを遥かに上回る『拒絶』の力を向ける。逆に善意を向けられれば、人間関係を円滑にするように僅かな敵意も削ぐ。
これまではその程度で済んできました。ただ、今はもっと高次の能力になっているかもしれない。例えば、『安全な場所に逃げたい』と思えば、そこに自分を飛ばしてくれるような」
「……は?」
ずっと黙っていたウェンリーが「まあ、そういうことやな」と苦笑した。
「そういうことって、何だよ」
「『禁術』の効果や。俺も古代魔法についてはある程度学んどる。んで、恩寵の多く――いや、ほぼ全てがそこに由来しているのも理解しとる。
それに気付いているのは極々一握りや。俺の知る限り、俺とハンスとジャニス、んでアンジェリカ先生ぐらいやな」
ハンスがふうと息を吐いた。
「私のはあくまで仮説だ。裏付けはない」
「俺のもまだ理論は確立されとらん。ただ、転生者の恩寵はこれまでのところ何かしらの古代魔法にほぼ紐付いとる。それは確かや。
その中でも特に危険度の高い『危険度5』は、いわゆる『禁術』に属したものや。古代でもあまりにヤバすぎると、存在そのものを封じられたもの――その一つが『現実改編』や」
そんなものがあったのか。とすれば、俺の「錬金術師の掌」も、魔法の一種ということか。
ただ、納得がいかないことがある。俺は思わず口にした。
「どうしてそんなものを知ってるんだよ」
「禁書や。なあ、ハンス」
小さくハンスが頷く。……あの図書館のことか。
「禁術について触れた古代書の1冊が、私たちの家にあります。どういう意図かは不明ですが、誰かが書き残していたらしい」
「そういうこっちゃ。俺も古代書集めには目がなくてな。同じ本を持っとる。んで、ある程度恩寵の内容は推測が付くんや。
ミミって子の恩寵の内容は教会経由で聞いとったよ。だから、ひょっとしたらとは思っとった。んで、オルドリッジがここを襲ったことでそれは確信に変わった」
ウェンリーが俺を見る。
「流石に、もう分かったやろ。この力が、お前の今入っている身体で使われたら、何が起きるか。んで、それを意のままに使えるようになったとしたら」
「……オルドリッジの真の狙いは、そういうことか!!」
馬鹿な俺にも、ウェンリーの言わんとしていることがようやく理解できた。背筋に冷たいものが走る。
オルドリッジがやろうとしていること。それはミミを使い「世界を作り替えること」――つまりは「革命」だ。




