幕間5-1
「……」
ポルトラを出てからジャニスはずっと無言のままだ。あまりに、あの街では色々なことが起きすぎた。
私もただハンドルを握る。正直疲労はあるが、そんな弱音を口に出せる余裕はない。一刻も早く、クリップスに向かわねばならない。
*
エムはRRに預けた。言葉が基本的に通じない彼女だが、精神感応魔法の達人であるRRならば彼女を保護できるとの読みだ。
RRは人の感情をある程度操作できる。「暴走」対策の観点からも、RRがストッパーになることは望ましいと言えた。
エムの沙汰はまだ決まっていない。ただ、彼女の記憶を呼んだRRによれば、情状酌量の余地ありとして厳重な監視下で育てられることになるだろうとのことだ。
原田と折茂は一度RRたちとミアンに戻るという。人型義体のテストも兼ねていたらしく、教会上層部に報告義務があるらしい。
折茂は「モブリアナに憑依していた時に比べ、若干出力が弱い程度でいい感じ」と言っていた。やはり獣人よりは魂が馴染みやすいということなのだろうか。
気がつけば日が落ち始めていた。そろそろ近場の宿場町で休憩しなければいけない。そう考え始めていた時、移動電信機が震えた。車のスピードを落とし、路肩に停める。
「もしもし」
「俺や。今どこにおる」
ウェンリーだ。声からは疲労の色が見て取れる。
「今……シーブルの近くだ。クリップスに着くのは、どんなに飛ばしても明日の夜になる。そっちはどうなった」
「あー……いい知らせと悪い知らせ、2つある。どっちから聞きたい」
「悪い知らせだ。いい知らせの方はおおかた見当が付く。撃退に成功した、そんなところだろう」
「まあ、ご名答や。向こうはこっちを攻撃したら、すぐに退いたわ。こっちに備えがあることを知って、深入りせんかった感じやった」
「問題は悪い知らせだ。何があった」
少しの間を置いて、深い溜め息が聞こえた。
「レナード博士とミミって転生者が消えたわ」
「……は!!?」
助手席のジャニスが叫び、私の電信機をひったくる。
「どういうことなの!??」
「俺も詳しくは知らん。前線でダミアン・リカードって奴の相手していて手一杯やったからな。現場にいたのはダーヴィン副院長と、その弟子のリバースって奴や。今、副院長に代わるからちょい待ち」
しばらくすると、「話は聞いたわね」と沈んだ副院長の声が聞こえた。その声色が事態の深刻さを物語っている。
「何があったんですか」
「襲撃すら陽動だった、ということ。守備隊がオルドリッジたちにかかりきりになっている間に……ポーラの顔をした転生者が、いつの間にか深層のレナード博士の研究室に入っていた」
「……そんな馬鹿なっ」
「私だってそう言いたいわよ。転移魔法で入ってきたにしても、あまりに精度が高すぎる。とにかく、あいつは銃を突きつけてミミと彼女の『元々の身体』を引き渡すように言った。それがここから撤収する条件だ、とも」
「まさか、目的は……ミミ??」
「そうだとしか考えられない。ミミは恩寵を発動しようとしたけど、マナキャンセラーでかき消された。詰んだ、と思ったわ。オルドが機転を利かせてくれなかったら、本当に終わってた」
「どういうことですか」
「へへへ」という笑い声が向こうから聞こえてくる。そのままジャニスの会話相手はオルドへと代わった。
「俺がオリジナルの身体を運ぶ手伝いをすると申し出たんや。意識のない身体は女の子であっても十分重いからな。
んで、俺が研究室のドアを開けた。後は分かるな?」
「……いや、全然」
「おま、説明したやんか!俺の恩寵は『夢幻の扉』。自分の行ったことのある場所の部屋の扉につなげることができるってもんや。
んで開いた先は、防衛線の司令部ってわけや。どや、この見事な機転!あたっ」
「本当すぐ調子に乗るわね」と再び副院長に代わる。
「結論から言えば、ポーラは取り逃がした。すぐに煙のように消えてしまったわ。どういう理屈か分からないけど、逃げられたのは間違いない。
そして、研究室に戻るとレナードとミミちゃんが消えていた。『しばらく身を隠す』という殴り書きを残して、ね」
「身を隠す……?どこに?」
「それは分からない。私たちが研究室を離れたのは2、3分だからそう遠くには行っていないはず。ただ、誰かが魔術学院から脱出したという目撃者が誰もいないのよ」
「……転移魔法……はないか。ポーラ先生の偽者は使えるみたいな感じだけど」
「レナードはミミちゃんを色々調べてた。その中で、『彼女の恩寵の本質は違う所にあるんじゃないか』とは言っていた。それが何かは聞かなかったけど、ひょっとしたらそれを使った可能性はあるわね」
「恩寵の本質?悪意を反射するってものじゃないんですか?」
「私もそう思っていたけど、どうももっと厄介なものみたいね。あるいは、セルフォニアもそれを狙っているのかもしれない」
ジャニスが「まずいわね」と呟く。ミミが初めからの狙いだったのか。
ただ、そうなると解せない点が一つ出てくる。私はジャニスに代わるように伝え、電信機を手にした。
「一つお聞きしたいのですが、彼らはミミとミミの身体両方を引き渡すように言ったわけですよね。つまり、ミミが元々の身体に入ることを前提としている。その狙いは何でしょう?」
「元々の身体に戻ることで、恩寵の力が高まる可能性は十分あり得るわ。そして、彼女を洗脳すればそれを自由に使える可能性がある……?」
「それだ」
ミミを本来の身体に受肉させた時に何が起きるか、恐らくはオルドリッジは知っている。そして、それこそが奴の本当の狙いだったというわけか!
問題は、それが何かはさっぱり分からない。知っているのは、今のところ彼女と一緒に消えたレナード博士だけだ。
彼はほとぼりが冷めれば戻ってくるだろうか。博士の寿命は1カ月と少ししかないはずだから、そう長くは消えていないはずだ。
ミミの義体の寿命も確か近い。彼女の再受肉のためにも、近いうちに姿を現さないといけないだろう。
「……待つしかないですか」
「それはそう。ただ、厄介なのは元々の肉体なのよ。保管容器から一時的に出してしまったから、放っておくと数日ももたないかもしれない」
「そうなのですか??」
「もう一度保管容器に戻すと、正直何が起きるか分からない。何から何まで異例ずくめな案件なのよ。危険はなるべく犯したくはない、というわけ。
ただ、手早い解決法はある。誰かの魂が一時的にあそこに入ってしまえばいい」
「……え?」
「もちろん、魂が定着する1カ月が制限時間よ。それを過ぎたら、その人物は基本的にミミちゃんの身体の中でずっと生きていくことになる。
もちろん、定着しちゃってもその人の魂を吸魂魔法で消せばそれで済む話ではあるんだけど。そもそも、そんな都合良く宙に浮いている誰かの魂なんてないでしょうし」
私はジャニスと顔を見合わせた。
「……適任者が、一人います」




