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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼5「ポルトラの紅き断罪者」
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5-23



私――マリア・ソトコワは、12歳の誕生日のことを忘れはしない。



私のパパは社長だった。ニッケルとかいう金属を作っているんだと聞いていたけど、それが何かはよく分からない。ただ、とってもお金持ちなのは小さな私にもよく分かった。

パパもママもお兄ちゃんも、皆優しかった。欲しいものは何だってもらえたし、友達もたくさんいた。本当に、幸せだった。



あの誕生日までは。



その日、家には色々な人が来ていた。私の誕生日パーティーには、パパの仕事の友達もたくさん呼ばれていた。

ママは「あなたのお披露目の日なのよ」ととても嬉しそうにドレスを選んでいた。社交界、というものに私がデビューするということらしい。私も、とても楽しみだった。自分の未来が輝いたものであることを、ちっとも疑ってなかった。


とんでもなく大きい誕生日ケーキが私の前に運ばれてきた。ろうそくが12本立っている。皆がニコニコと、私が火を吹き消すのを待っていた。



その時、隣にいたパパの顔が驚きと恐怖で歪んだ。



「逃げろっ!!!」



激しい銃声が、ホールの入口の方から響いた。パパが血飛沫を上げながら倒れていく。私は銃弾の中を身を低くして走りに走った。

向こうには裏口に通じるドアがある。そこから逃げられれば……


私は全力で裏口へと駆ける。家を出られると思って裏口のドアを開けた時、私は絶望した。


「おっとお嬢ちゃん発見」


熊のような男が、防弾チョッキと機関銃を持ってそこに立ちはだかっていた。そして乱暴に私を組み伏せ、ドレスを引きちぎった。

口に大きな掌を当てられ、銃声と絶叫が家の中から響く中……私の処女は、奪われたのだった。



そこからの記憶は曖昧だ。人間、あまりに忘れたいことは記憶の底に押し込めてしまうらしい。


私は、なぜか殺されなかった。救ったのは痩せた軍服の男だった。後から知ったけど、そいつは政府に雇われた傭兵部隊の幹部であったらしい。

私を助けたのは、かわいそうだからとかそういうんじゃなかった。あいつが、私を「道具として利用する価値がある」と考えたからだと、すぐに気付いた。


私は、女として魅力的だったらしい。まだ熟れていない、未熟で、蠱惑的で、それでいて絶対に抵抗しない肉人形。あいつは私をそういうものに仕立て上げようとした。

男を悦ばせるありとあらゆる手管を私は仕込まれた。抵抗すれば薬を打たれた。その繰り返しのなか、私の人間性は失われ――本当の人形のようになっていった。


私はあいつの「道具」として、あいつの「得意先」の元に送り込まれた。政府の高官だとか、富豪だとかに奉仕するためだ。中にはあのパーティーにいた人もいたみたいだけど、そんなのはどうだってよかった。

私は、ただ生きているだけの人形。そして、壊れたらそこで捨てられる。そういう運命なのだと諦めていた。


やがて、あの戦争が始まった。あいつは私を戦場へと連れて行った。現地にいる軍人の偉い人に奉仕させるためという。乱暴に扱われようが、感じもしないセックスで苦痛を感じようが、もはやどうでもよかった。



皆、死んじゃえ。



そう思っていたある日、その願いは叶えられた。


私たちがいた軍事拠点は空爆され――痛いとか苦しいとか感じる間もなく、その場にいた全員が木っ端微塵になったからだった。



気がつくと、私はあのお爺さんに出会っていた。幾つか能力を選べと言われ、私は躊躇わず「閉じ込められた苦痛」を選んだ。私に近づく人間は、これで全員苦しめられると思ったからだ。

とにかく、一人になりたかった。2年間、私には一切の自由がなかった。まずはそれを取り戻したかった。


そして、いつの日か――あの幸せだった時間に戻りたいと思った。パパはもちろん、ママも、お兄ちゃんも死んでしまったのだろうと薄々悟っていた。

それはとても悲しかったけど、私にはもうどうすることもできなかった。二度と幸せな時間は帰ってこない、と諦めていた。


だけど、転生した今ならば。そして、この力をもってすれば――それは実現できるかもしれない。

その望みのためなら、私は何だってやる。そう、心に決めたのだった。



転生してから、私はたくさんの人を殺した。ファッジというデブの元についたのも、自由をそのうち得られると思ったからだ。

それは甘い考えなのかもしれない。でも、転生前の私と違って、今の私には力がある。あの2年間のことを思えば、何だって耐えられる。



そう思って数カ月。私は彼に出会った。ディムレ――いや、マルク・ユルチェンコだ。



彼はお人よしだった。今まで生きてきた、誰よりも。私が、彼の同情を誘うために作った、「貧しい農村の生まれ」という噓の身の上もあっさりと信じ込んだ。

本当の身の上を明かさなかったのは、危害を加えられると思ったからだ。彼はロシアを強く憎んでいる。その敵国のオルガリヒの娘と分かれば、切り捨てにかかるかもしれない。結果から言えば、それは杞憂だったのだけど。


彼は最初、利用する対象でしかなかった。「免疫」のために抱かれたのも、それが彼を味方に付けるのに都合がいいと思ったからだ。

恋人になったふりをしたら、彼の態度は私にさらに甘くなった。本当に、単純な人だ。目的を達したら、切り捨てられるのに。


だけど、マルクと話しているうちに、共通点が2つあることに気付いた。理不尽に対する強い憎悪と、自由を求める心。

そして、この人は本当に私を自由にしてくれようとしている。その心の熱さは、本物だった。

何より、彼は死んだお兄ちゃんに少しだけ似ていた。顔立ちがとかそういうのではない。お兄ちゃんもまた、人を疑うことを知らない、底抜けのお人よしで、善人だった。好きにならずにはいられない、そんな人だった。



いつしか、私はマルクに、本当のお兄ちゃんになって欲しいと思うようになっていた。




「はっ」


視界には青空が見えた。……私は倒れていたのだろうか。


「目覚めたようですね。吸引が短かったから、目覚めも早かったようだ」


眼鏡の男がロシア語で呼びかけた。この男も転生者、なのだろうか。


「私は……」


「『暴走』していたのですよ。被害を最小に食い止められたのは、幸甚でした」


「あいつらは??」


眼鏡が少し渋い表情になる。


「全員逃げました」


「逃げた!!?お兄ちゃんはっっ!!?」


「これから彼の元に行きます。来ますか」


起き上がり頷く。そうだ、お兄ちゃん――マルクはどうしたのだろう。意識の片隅に、黒髪の糸目の男が誰かの血を浴びていた姿があった。……あの血は。


「……お兄ちゃんは、生きてるの」


「それを確認するのです」


静かに眼鏡の男が言う。子熊のような生き物の手当をしている赤毛の女が、この国の言葉で何かを呟いた。男は頷くと、建物の中に入る。


地下に入ると、濃い血の臭いがした。


薄々、覚悟はしていた。しかし、私には……それを受け止められるだけの、強さはない。足が止まる。


「来ないのですか」


「……嫌」


「彼を『終わらせてやれる』のは、貴女だけです。私の推測が正しいならば」


「……推測?」


「ええ。状況から察するに、彼は自殺することで自らをゾンビと化した。そして、人間の限界を超えて、リカードたちと戦ったのです。

恐らくは、既に戦闘不能になっていると思います。ただ、多分まだ……『意思』だけはある」


「どういう、ことなの」


「激しい感情は、時として限界を超えた力を転生者に与えるのですよ。その条件は不明確ですが――貴女がそうだったように、彼もまた『暴走』したのだと思います。自らの命と引き換えに」


「暴走」。そういえば、私にはあのおかっぱに付いた血を見た後の記憶がない。


眼鏡の男が話を続ける。


「それを終わらせてやれるのは、多分貴女だけなのです。彼が――ディムレが確かに貴女を守れたという確信を得た時、彼は本当の意味で死ぬことができる」


「私を、守るために……」


思わず私は地下牢の通路を駆け出していた。すぐに、身体をバラバラにされた死体が目に入る。それらは……まだ微かに、動いていた。


そして、生首だけに成り果てたお兄ちゃんの口が開いた。


「……マ……リア……」


「お兄ちゃんっっっ!!!」


私はそれを抱きしめる。こんな姿になっても、お兄ちゃんは私を忘れていなかった。そして、私のためにこんなことになってしまった。

悲しさと申し訳なさと愛しさが、私の中に溢れた。



「うわああああああっっっ!!!!」



お兄ちゃんが、微かに笑う。



「ヨカッ……タ……」



そして、彼は目を閉じた。





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