5-22
「正気かっ!!?」
ハンスが叫んだ。俺は歯を食いしばって、無理矢理作り笑いを浮かべた。
「……ああ。隙を、作ってやる。俺の寿命は、もうあまりないらしいからな」
「ありがとう」と折茂に告げ、俺は立ち上がる。彼女の恩寵のお陰で、少しは痛みはマシになった。少しなら、「錬金術師の掌」も使えるはずだ。
信じがたい、と言いたげにハンスが再び叫ぶ。
「寿命がない!?そんな馬鹿なっ」
「まあ、詳しいことは後だ。全部が終わったときに俺が生きてたら、吸魂魔法で魂を吸い出せとジャニスに伝えてくれ。
あれは、ヒットした瞬間にわずかに無防備になって、オーラも消えるんだ。リカードが食らってるのを見て、それが分かった」
「……その隙を突け、ということですか」
「あんたならできるはずだ」
あの黒いピームは、一種の「注射」なのだ。当たると彼女から毒素が渡り、そして当たった場所を腐らせる。
そして、次の「充塡」までに一瞬だけあの黒いオーラが消える。幾つもの命を持つリカードは、復活後にわざともう一度食らってその性質を理解したようだった。
俺は奴の挙動からそれを察した。ただ、オーラが消えるのは多分1秒かそこら。俺はもちろん、リカードすらそれを突くことはできない。
だが、ハンスならば。
「ジャニスッ!!」とハンスが叫んだ。上空にいるジャニスが、大きく回り込むようにしてこちらに向かってくる。エムはあのビームを出さない。「注射」である以上、射程があるのだ。
彼女が憎悪に燃えた目でこちらを見る。正気を失っているのは明らかだ。
「早く……しろよっ……!!」
原田はもう限界に達している。猶予はない。
俺はハンスをちらりと見た。
「頼んだっ」
足元をゴムのように変え、トランポリンの要領で大きく跳躍した。地面が一気に遠ざかる。
エムの視線が俺に向いた。右手を俺に向ける。この態勢では、避けようがないっ!!
……ここまでは分かっていたことだ。避けるべきは、即死。
すかさず頭をガードする。胴体に当たったら、恐らくそれは即死に近い。ジャニスが魂を吸い出す余裕もなくなる。
だが、彼女の殺意の高さから、ほぼ必ず頭を狙ってくるだろうと俺は踏んだ。両脇をがっつりと締め、衝撃に備えた。
そして。
ビリリリリリッッッ!!!
「ぐあああああっっっ!!!」
激しい痺れ、そしてすぐに猛烈な痛みと熱が両腕に走った。手が一気に黒ずみ、腐り落ちようとしているのが分かる。
毒素は腕から胴体に回ろうとしていた。そう、ここまでも覚悟していた。俺はすかさず、腐りかけていた両手で両肩に触れる。まだ毒素が回っていなかった肩が、ぐにゃりとゼリーのように崩れていった。
そして、真っ黒になった両腕は胴体から離れる。肩口から激しく出血しながら、俺は地面に叩き付けられた。
「ぐはっ」
痛みと出血で意識が一気に朦朧としていく。その意識の片隅で、何かが俺の横を通り過ぎていくのが分かった。
「よくやった」
どさっ、と何かが倒れる音がした。そして、倒れる俺の元に誰かが駆けつける気配がする。
「ユウッ!!!」
その声は……ジャニスか。すぐに抱え上げられ、治癒魔法を掛けられる。
「無茶をしてっ!!まさか、毒が回る前に自分から腕を落とすなんて……」
「治癒魔法は、いい……それより、早く、俺の魂をっ……」
ふらふらと、ハンスもこちらにやってきた。消耗が激しいのか、全身から汗を流している。
「ジャ……お嬢様。彼の言う通りにしてやってください。義体の寿命が近づいています」
「でも、代わりの義体の当てはないわよ??魂晶に封じておけるのは3日が限度……それまでにどうにかしろってこと??」
「しかしそれ以外に彼を救う術はない。彼のやったことは捨て身の特攻ではなく、生き延びるための賭けです。そうですね?」
俺は残った力を使い、ニィと笑った。毒素では死ななくても、出血多量での死期は近い。もう、残された時間はないはずだ。
「……分かってるじゃねえか」
「毒素が回りきる前に自分で切るのも考えていた筋だったんでしょう?その機転、心から称賛しますよ。貴方の身体は何とかします。安心して眠ってください」
ハンスのグローブが目の前に近づく。猛烈な甘い香り。数カ月前に嗅いだのと、全く同じものだ。
そして、俺の意識は……途切れた。
*
この時の俺は、まだ知らない。新しい身体がどのようなものであるのかを。
そして、それが引き起こす、新たな災厄も。




