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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼5「ポルトラの紅き断罪者」
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5-21


ヴォン


視界が再び切り替わった。白一色の殺風景な景色が、煉瓦造りのポルトラの街並みへと変わる。微かに、港町特有の潮の匂いもした。


「……これは」


僅かに右手を動かす。身体が、軽い。……どういうことだ。


「100倍速」を使った後、私は瀕死になる。全身の筋繊維はズタズタになり、魔力は尽き、免疫力も極限まで低下する。

放っておけば死ぬほどの代償を支払っての、「一撃必殺」。それが私の「切り札」――「100倍速」だ。


だから、こうやって普通に動けているのはあり得ない。これは、どういうことだ。


「ハンスッ!!!」


ジャニスが駆け寄り、私の胸の中に飛び込んできた。「大丈夫だ」と告げ、そっと髪を撫でる。


涙を滲ませ、ジャニスが私を見上げた。


「無事なのねっ!?」


「ああ。……私が消えてから、どのぐらいの時間が経った?」


「多分、1分もないわ。アルバは?」


「彼は……私が殺した。それは間違いない」


「でも、死体が……」


辺りを見渡すが、上半身と下半身が千切れた彼の遺体はない。そこで、私は彼の恩寵の性質をようやく悟った。

あれは一種の転移魔法なのだ。時間も空間も全く違った異空間に、射程内に入った人間を自分ごと飛ばす。そして、どちらかが死ねば脱出できる――それが「紅き断罪者」の力だったのだろう。

そして、こちらに戻ってきた時には入った時の肉体が再現される。だから私は、「100倍速」の反動から回復していた。そう考えた方が適切なのだろう。


実際、類似の古代魔法は存在する。


恩寵の多くは、失われた古代魔法を模している。彼の恩寵も、「処刑空間」と呼ばれる禁術のそれに酷似していた。大量の囚人を、死体を処理することなく処刑するために使われていたものであるらしい。処刑人がすぐに次の業務に移れるようにするために設計されたものだと、古代魔法書にはあった。

なぜここまで酷似しているのかは、私には分からない。ただ、今考えるべきことはそれではない。


「それについては後で説明する。それより、クリップスが危ない。オルドリッジたちは、そっちに向かったらしい」


「……え??」


「今から間に合うかは分からない。何が狙いなのかもだ。ただ、とりあえず博士に連絡を……」



ドウッッッ



空気が急に「揺れた」。この感覚は……以前にも体験したことがある。背中に一斉に冷たい汗が流れた。



3年前、ミミの時もそうだった。極度に多量の魔力が放出されると、それは一種の衝撃波となって辺りに伝わる。

転生者の「覚醒」で生じやすい現象とは聞いている。ただ、ディムレもエムも「完全憑依」済みだ。「覚醒」はその前の段階でなければ起きないはず……


物凄く、嫌な予感がする。


私は考えるより先に駆けだした。ここから入国管理局までは1kmほど。普通に走ったのでは3分はかかる。

「時を統べる者」の効果時間は、「2倍速」でも私の体感時間で2分。もし使えば、着いた時に再び恩寵を使える余力はほぼないだろう。苦しいが、力を温存するよりほかない。


私の上方を、ジャニスが飛行魔法で飛んでいくのが見えた。あれなら時速40~50キロは出る。私より着くのは早いはずだ。


「頼んだっっっ!!」


「できるだけのことはするっ!!貴方も早くっ!!」


「分かっている!!」


もっと速く走ろうと思えば走れるが、スタミナは温存しておかないといけない。アルバの恩寵の効果で体力が元に戻っていなかったらと思うとゾッとした。


空気のひりつきがさらに激しくなる。しばらくすると上空に誰かが飛んでいるのが見えた。原田……ではない。あれはっ!!?


「リカード!!?」


私が叫ぶより先に、先を行くジャニスが奴に襲いかかる。その刹那、黒い光線のようなものが彼女に向かっていくのが見えた。


「えっ」


ジャニスはそれをギリギリのところで交わす。すると、無数の黒い矢が2人に浴びせかけられるのが見えた。


「ジャニスっ!!!」


もう余力を残すなど言っていられない。私は「3倍速」で入国管理局へと向かう。

すぐに門が見えてきた。そこには、冷や汗を流しながら魔力盾を展開している原田と、倒れているユウを治療する折茂の姿がある。


「どういうことだっ!!?」


「大声を出すなっ!!奴の注意がこっちに向くっっ!!!」


「奴??」


原田の視線の先には、長い黒髪と金の目をした少女がいた。黒いオーラのようなものを纏っているのが、肉眼でも確認できる。



……あれは、かつてのミミが、大量殺戮を行った時によく似ている。



イーリス教会は、その現象をこう呼んだ。「暴走」と。



ギロリ、と「エムだったもの」がこちらに視線を向ける。黒い魔力の矢が、マシンガンのように降り注いだ。


「ぐっっ!!!」


原田が恩寵を使ってそれを遮断する。しかし、その表情から彼の限界が近いのも見えていた。


「ユウはどうしたっっ」


ユウが辛そうに身体を起こす。身体は無傷のようだが、表情が見るからにキツそうだ。


「俺のことは……構うなっ。早く、エムを、止めろ」


上空を見るとリカードが「あはははは!!!」と高笑いしている。


「お前がやったのかっっっ!!!」


「違うよ、しかし実に助かったっ!!2人を逃がすため囮になったはいいが、逃げ遅れちゃってねえ。おっとお!!」


黒い矢をひらりと避けて、奴が嘲笑う。


「その分だとアルバは死んだかな?まあお陰でエムの注意が分散されたから、逃げやすくなったよ!!ある意味ついてるね、僕は」


そのまま一気に上空へと飛ぶ。そしてニイと邪悪な笑みを奴は浮かべた。


「じゃあ、僕は失礼させてもらうっ!!また会おうっ!!万一、生き延びられたらね!!」


シュンッ、と昨日のように奴は消えた。そして、憎しみをたたえた目で「エムだったもの」がこちらに再び視線を向ける。


「я никогда не прощу тебя(絶対に許さない)……」


原田が私の方を見た。


「あの黒いビーム、当たったら一発アウトだ。どこであろうと、当たったらすぐに全身に毒が回って死ぬ。リカードも2回ぐらい『死んでる』」


「恩寵の変質、か」


ミミの時もそうだった。「暴走」した転生者の恩寵は、凶暴な性質のものに変わる。ミミの場合、他社からの悪意や攻撃を倍返しする「ハムラビの定め」は、世界そのものを憎悪する魔力の塊を放つものへと変質していた。

それを封じるため、当時の私は「100倍速」を使った。認知できない超高速の接近しか、彼女に対処する手段がなかったからだ。


今回もそれでやるか?しかし、病を与えるエムの恩寵の性質からして、近付くことそのものがかなりリスキーである可能性は高い。私は躊躇した。


「討伐」――殺すだけなら、何とかならないわけじゃない。近くにある石か何かを手にして、「20倍速」か何かで投げつければいい。時速2000キロ超の石が直撃すれば、それはかすったとしても十二分な致命傷になる。

だが、正気を失っている彼女を殺すのには正直気が引けた。何より、彼女はただ利用されていただけだろう。十数人を殺していたディムレはともかく、彼女には救済の余地が十分にある。


エムが上空のジャニスに視線を向ける。あれはいつまでも避けられるものじゃないっ!


私は咄嗟に叫んだ。


「Идите сюда!!!(こっちだ!!!)」


エムが再びこちらを見る。降り注ぐ黒い矢に、原田が「これ以上はきついっ!!!」と声を絞り出した。もはや、猶予はないっ。


その時、「……ハンス」とユウが声を上げた。


「何だっっっ!!?」



「俺が、囮になる」




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