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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼5「ポルトラの紅き断罪者」
108/369

5-20


その瞬間、俺は自分に何が起きたのか全く分からなかった。


まるで腹が燃えているような熱さだ。視界は揺れ、すぐに霞んでいく。

そのまま激しい目まいとともに俺は倒れた。目の前には、俺の足がある。


……一体、何が起こった。


「か……は……」


熱さはすぐに発狂したくなるほどの激痛へと変わる。血が激しく流れているのに、ようやく気付いた。



これはかつて、「経験したことがある」痛みだ。つまり……俺はこのままだと、助からない。

そして、俺が元の空間に戻っていないということは――ハンス・ブッカーはまだ生きている。



視線を動かし、奴を探した。「朱の魔砲」で消し飛んだはずじゃないのか。


……薄れる視界の隅で、奴が跪いているのが見えた。


「なぜ……そこに……」


視線が合った。奴は微かに首を振る。


「悪かった、な……純粋な勝負には、応じてやれなかった」


右の拳にはべっとりと血糊が付いている。俺に風穴を開けたのは、奴の拳なのか。あの一瞬で20mの距離を詰めたとでもいうのか。

ただ、銃か何かでやられたわけではないと知り、微かに安堵した。純粋な戦いで負けたのなら、まだいい。


息も絶え絶えの、奴の声が聞こえる。


「強かったのは、お前だ……だが、ここで死ぬわけには、いかない」


「そう、か。……俺は、強かったか」


「ああ、間違いなく」


「……そう、か」


思わず俺は微笑んだ。そうか。やはり、アルバの見立ては間違っていなかったのか。


痛みが消え、視界が薄らいでいく。俺は再び死ぬのだ。そして、今度は多分、転生することはない。



消えゆく意識の中で、俺は前世のことを思い出していた。




俺がボクシングを始めたのは5歳の頃だ。親父が当時人気だった鶴岡兄弟の影響で俺にボクシングをやらせたのだった。

親父は鶴岡兄弟の父親に憧れていた。どんなチンピラでも、息子を世界王者に育てればのし上がれる。定職に就かず母親にも早々に愛想を尽かされていた親父は、そんな下らない夢を俺に押し付けたのだった。


俺はよくわけも分からず、近くのボクシングジムに通わされた。


会長は寡黙な人だった。元々は世界挑戦まで行った、職人肌のボクサーであったと入門して10年ほどして知った。

俺にとって救いだったのは、親父は俺をジムに預けるとそのまま放任したことだ。会長は俺の家庭事情を悟ったのか、無口ながら親身になって俺を育てた。人間として俺を育ててくれた親は、会長とその奥さんだったと言って間違いない。お


そして、俺には才能があった。キッズボクシングの大会で何度も優勝した。そして、沖縄の名門高校に特待生として入学することになった。

その頃には、親父はどこかに消えていた。俺の保護者で「両親」は、会長夫妻だった。それは今でも変わらない。


ボクシングは楽しかった。ただ、暴力そのものが好きだったわけじゃない。強烈なパンチを紙一重でかわし、当てるスリルと快感。そして、勝つことによって「強いとは何か」に近付けるという実感。その全てが好きだった。

俺は負け知らずだった。高校でも幾つかタイトルを獲得できた。このまま勝ち上がり、オリンピックに出て、プロになって世界王者になる。そんな道筋がぼんやりと見えて始めていた。


そこに、「あの男」が現れた。


「あの男」は1歳上だった。アメリカからの留学から戻ってきた「怪物」という話は聞いていた。プロの名門ジムが既にスカウトしているという話だった。

そして、あいつがプロ転向前に肩慣らしで出た日本選手権で――俺は負けた。全く手も足も出ないままのKO負けだ。ボクシングで負けたのは、それが最初で最後だ。


悔しさのあまり、1週間ロクに物を食えなかった。そして、「二度とあいつには負けない」と思った。強くなるためには何でもする。そう、心に誓った。


俺がプロに転向した時、あいつは既にスターになり始めていた。まだ現役だった鶴岡兄弟の兄をデビュー3戦目で瞬殺しそれに拍車がかかった。

鶴岡兄弟はヤクザの支援を受け、黒い噂が絶えなかった。そんな彼らの片割れを倒した「あの男」は、瞬く間に国民的英雄になった。


俺は一刻も早く奴に追い付きたかった。会長に無理を言って、格上相手の「噛ませ犬」を進んで買って出た。アメリカにもメキシコにも渡り、その全てに勝ってきた。

そして、ラスベガスで俺は2団体統一王者相手に番狂わせを起こした。確かに強かったが、「あの男」に比べれば大したことはない。あいつに勝って、自分が強いことを証明する。それが、俺の唯一最大の目標になっていた。



そして、遂に日本人同士の4団体統一戦が組まれることが決まった。その日の夜のことだ。



「……よう」


ジムから出てマンションに帰ろうとした俺を、薄汚い浮浪者が呼び止めた。勘違いしたチンピラに絡まれることは少なくない。俺は目を合わさないようにして通り過ぎようとした。


「無視するのかよ」


いつもなら足早に歩き、適当にタクシーでも捕まえて逃げに入っていただろう。だが、その時の俺はそうしなかった。その声に、聞き覚えがあったからだ。


「……親父?」


垢の臭いをプンプンさせて、親父はニカァと笑った。


「世界王者になったんだってなあ。俺も鼻が高いぜ」


「俺の親は会長だ。あんたじゃない」


「冷てえこと言うなよ??お前には俺の血が流れている。そして、お前の物は、俺の物だ。


「……は??」


「金よこせや。……世界王者になったんだろ??」


親父の目が据わり、懐から出刃包丁を取り出した。ごくり、と俺は唾を飲み込む。


「……金ならない。俺はいつもBサイドだ。巨額のファイトマネーがもらえるのは、Aサイドになってからだ」


「だが世界王者は世界王者だ。ウン千万、いや億もらうんだろうが」


確かに「あの男」との試合のファイトマネーは5億円になると報じられていた。向こうは10億円超だが、それでも軽量級では破格も破格だ。それに心躍らなかったわけじゃない。

だが、それが俺の戦う目的じゃない。あくまで「あの男」を倒す。そしてあいつの栄誉も名声も全部奪い取り、俺が伝説として世界に名を上げる。それこそが願いだった。


俺は「くだらねえ」と吐き捨て、去ろうとした。親父が出刃包丁を構える。


「何がくだらねえんだぁ!?ああ!!?」


「俺とあんたは縁が切れてる。二度とその面見せるんじゃねえ」



その刹那、親父が包丁を構えた。その目を見て、こいつの気が触れていることにようやく気付いた。



突っ込んでくる親父を交わし、カウンターを撃ち込むことは簡単だった。ただ、わずかに反応が遅れた。

親父を殴ることを躊躇したから?……いや、殴れば騒ぎになり、俺の4団体統一戦は立ち消えになりかねない。その思いが、俺の判断を鈍らせた。



そして。



ザクッ



親父の出刃包丁が、深々と俺の腹に突き刺さった。



「てめえは、俺の物だ」と親父が早口で何度も何度も呟く声が聞こえる。燃えるような激痛に耐えきれず、俺は血だまりの中に沈んだ。親父への憎しみより、悔しさが勝った。



……俺は、「あの男」ともう一度やらずに終わるのか。強くなった自分を、あいつにぶつけることなく終わるのか。



死にたくねえ。ただただ、涙がこぼれ……そして視界が暗転した。



これが、上山伸介の最期だ。




そして俺はあの胡散臭い爺に出会い、「恩寵」と呼ばれる能力を授けられた。「紅き断罪者」を幾つかの候補から選んだ時には随分驚かれたが、俺はそれでよかった。

もう二度と、戦いを邪魔されないこと。それが俺の望みだったからだ。


受肉したスティーブン・アルバという男は、俺にとてもよく似ていた。自分の強さがどこまでのものか試したい。そう思い続けているような男だった。

3年前の敗戦を引きずっているところまで同じだった。完膚なきまでにやられた俺と違い、絡め手を上手く使われての敗戦だったらしい。そして、奴にはもう1人倒したい相手がいた。



ハンス・ブッカー。かつて共闘し、自分が恋した女を既に手にしていた男。そして、アルバが最強と認めていた男だ。



俺の元にオルドリッジが現れ、一連の計画への協力を持ちかけたのを快諾したのは、奴とやれると思ったからだ。この世界で最強の男とはどういったものか。そいつと戦えるなら、倫理観や道理などどうでもよかった。

あるいは、オルドリッジはそれすら見抜いていたのかもしれない。利用されていることは分かっていたが、それでもいいと思えた。



アルバ。あんたの思いは、俺が叶えてやる。



そう思うと、俺の中にいた奴の魂が消えるのが分かった。身体の支配権を、奴は俺に譲り渡したのだった。




ふっと意識が戻ってくる。目はほぼ見えない。最期が近づいているのは、もはや明らかだ。


やりきったか、と問われると自信はない。負けるなら、「あの男」にやられたように完膚なきまでにやられるか、魂を削り合う死闘の末だと思っていた。こんな不意討ちのような形とは想像していなかった。

だが、どういう理屈か分からないが、ブッカーは俺を倒した。微かに、奴のいるはずの方向に頭を向ける。


「……なあ……あんた、どうやって……」


俺を倒したんだ、という言葉は出てこなかった。もう、それだけの体力すら失われている。


「恩寵、だよ。時間を加速させる――私の力は、知ってるはずだ」


「まだ……上があったわけか」


「……ああ」


俺はふっと笑う。


考えてみれば、こいつは終始距離を取ろうとしていた。遠距離からの攻撃手段があるのかと思ったが、これを狙っていたのか。殴り合いに応じるつもりなど、ハナからなかったわけだ。


俺の中のアルバは満足できたのだろうか。遠のく意識の中、不意に声が聞こえた気がした。



「満足だ。ありがとう」



そうか、満足か。……羨ましいよ。



結局、俺の望みは強者と戦うことじゃなかった。「あの男」――猪狩瞬に勝つことだった。その機会は、もはや永遠にない。



急に悔しさと切なさがこみ上げてきた。俺が転生した意味は、アルバの願いを叶えることにしかなかったのだろうか。

だが、俺の望みは、どうやっても叶わない。猪狩は、この世界にはいないのだから。



すっと視界が暗転する。それが、俺の「本当の」最期になった。




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