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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼5「ポルトラの紅き断罪者」
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5-18


エムをおぶって地面をゴムに変え、1階に向けてジャンプする。幸い、元いた部屋にブロームは既にいなかった。奴は地下に向かっている可能性が高いとは分かっていても、正直ほっとする。


俺は地下牢に通じる穴を見やった。ディムレはここで死ぬつもりだ。正直、人が死ぬのを見過ごすのは絶えがたい。ここにエムを置いて、奴に加勢しようか一瞬考えた。


だけど、奴と共闘してもリカードに勝てる自信は全くなかった。戦闘経験で大幅に上を行くであろうあいつらを相手にして、全員無傷で生き延びられるとは思えなかった。

だとしたら、あいつの決断は合理的だ。ここで躊躇っている余裕なんてない。


幸い、エムはかなり軽かった。意識を失った彼女をおぶりながら動くのはきついが、ここから少しでも離れた場所に移動するぐらいはできるはずだ。



……その考えが甘いことは、すぐに分かった。



「おーっとかわいいかわいい小熊ちゃん発見」



入国管理局の入り口に立ちはだかったのは、背の高い長髪の男。確か、ハンスに殴られ首があり得ない方向にねじれていた奴だ。


「……生きていたのか」


「死ぬほど痛かったわよお?シャキリのおじ様に治してもらわなきゃ、数分ももたなかった。ダミアンきゅんには感謝しかないわぁ」


ハンスはこいつが生きているかもしれないとは言っていた。しかし、実際にこうやって相対すると驚くしかない。あの状態から人は生き延びられるのか??

それも魔法のおかげなのか。それとも恩寵によるものなのか。どちらにせよ、反則としか言いようがない。


「どけよ」


俺はエムを下ろし、短剣を抜く。こいつの能力がどういうものかは分からない。戦って勝てる自信もない。だが、やるしかないのだ。


男は「あらら怖い怖い」とおどけた。


「全く、あたしは平和主義者なのよ?そんな物騒なものしまって頂戴な」


「おかま言葉使ってんじゃねえよ、気持ち悪ぃ」


「強い言葉を使うのは怯えてる証拠よ?ほら、遠慮せずに来なさいな」


長髪の男はニヤニヤしながら手招きする。間違いなく罠だ。近づいたら何かしらの恩寵が発動するに違いない。そしてそれは、多分一発で致命傷を負うものだ。

そのぐらいは俺にも分かる。前世での経験上、この手の駆け引きにはある程度慣れていた。


構えたまま、俺はジリジリと距離を詰める。「錬金術師の掌」の効果範囲は、ざっくり俺を中心に半径2m。そこまで入れば、こいつのいる床をゼリーに変えて下に落とすことができる。

問題は、向こうの恩寵の射程だ。それより長かったら、一か八か勝負に出るしかない。そもそも、いつまでディムレが足止めできるかも分からないのだ。


そう思っていると、不意に肌がヒリヒリとしてきた。……何だこれは??


クフフ、と男が笑う。奴まではまだ5mほどあった。何をされているかは分からないが、ここが奴の射程距離か!?

俺は地面をゴムに変える。一気に飛びかかり、ケリを付けるしかないっ!!



飛びかかろうとしたその刹那。足の裏に、激痛が走った。



「ぐあああっっつ!!?」



たまらずその場に崩れ落ちる。……一体、こいつは何をしたっ!??


男はにやつきながら俺に近づいてくる。


「ざーんねん。あたしの『快楽の臨界点』の前では、地面を蹴る感覚ですら激痛になる。あたしはダミアンきゅんみたいな魔法の達人でも、スティーブのような最強の武芸者でもない。だけど、誰もあたしには勝てない。この前みたいに、不意を突かれない限りはね」


奴はポケットからビー玉のようなものを取り出し、俺に投げつけた。咄嗟に「錬金術師の掌」を使いながらガードした瞬間、全身にとてつもない激痛が走った。

それに耐えられず、俺はその場に崩れ落ちる。


「うがああああっっっっ!!!」


「あら、今ので失神しないのかしら。そういえば、あなたの恩寵って触れた物を自分が意識する素材に変えてしまうってものだったっけ。ガラス玉を粘土か何かに変えたのかしらねえ」


そう言うと、奴は気持ちの悪い笑みを浮かべながら倒れている俺の近くにしゃがんだ。


「まあ、迂闊には攻められないわねえ。ここであなたを蹴ればあなたは痛みでショック死するかもしれないけど、あたしも多分ただじゃすまない。足を溶かされたりなんかしたら、さすがにシャキリのおじ様でも治せないしね。

ダミアンきゅんとジェイソンのおじ様が来てから、あなたは確実に殺すことにするわ」


「くそっ、たれが……」


「錬金術師の掌」を発動して、奴のいる部分の床をゼリーに変えようかと一瞬考えたがやめた。あまりに距離が近い。それをやったら、俺やエムごと下に落ちてしまう。

だが、このままじゃ確実にジリ貧だ。ディムレがどんな手を使って足止めするのかは分からないが、奴がリカードたちを倒すのは望み薄に思えた。



まずいっ!!!焦りだけが広がっていく。



その時、下から銃声と、獣のような咆哮が聞こえた。



「えっ、何??」


男が戸惑ったような声をあげる。すると、「うおおおおっっっ!!!?」というリカードの絶叫がすぐに聞こえた。


「何よ、何があったというのよ!??」


男の注意が俺から逸れた。恩寵を解除したのか、激痛が不意に和らぐ。その一瞬を利用し、俺は転がって僅かに奴から距離をとった。



この距離なら!!



「え、うえっ!!?」



間抜けな叫び声とともに、奴が下に沈んでいく。「錬金術師の掌」を使い、奴の足元の床をゼリーに変えたのだ。


「ちょ、ちょっと!!?」


奴の姿が見えなくなる。「ギルッ!!手出しするなっっっ!!!」とリカードが再び絶叫した。


俺は再びエムの身体を担いだ。意識のない彼女の身体は重いが、ここから離れないと話にもならない。

彼女を引きずるようにして入国管理局の局舎を出る。門までは10数mほど。ここを抜ければかなり状況は楽になる。


門を出るまで残り2、3mほどのところで、爆音が後ろから響いた。思わず振り向く。

局舎の入口の辺りが、白い煙か何かで覆われていた。


そしてそこから……あの「ギル」と呼ばれた男が駆けてくるのが見えた。



「見つけたわよおおお!!!」



しまった!!驚きで、反応が僅かに遅れた。ギルはあっという間に間合いを詰めてくる。

エムを落とそうとしたが間に合わないっ!!あの恩寵の効果範囲でダメージを少しでも食らったら……


足元をゴムに変えて跳躍する準備をして、俺は目をつぶった。……間に合ってくれっ!!!



「ぎゃんっっっ!!??」



男の拳が俺に届こうとした、その刹那。奴は見えない壁にぶつかったかのように後方へ弾けた



門の方に振り向く。そこにいたのは……



「原田っっ!!!それに、その子は……」



原田はふうと息をつき、ロッドを構える。


「間に合って良かった。間一髪だったな」


金髪の子は、ミミの人間だった頃にそっくりだ。だが、髪の色が違う。顔立ちも少しきつめな感じだ。


「その子がエムって子?怪我は?」


「多分ない。あんた、確か……」


「もう忘れた?折茂久美よ。クリブマンではモブリアナの身体に憑依してたけど」


そうだった。クローンだから当たり前と言えば当たり前だが、ミミによく似てるからどうにも調子が狂う。


原田の見えない壁に弾かれたギルが、「ぺっ」と血の混じった唾を地面に吐く。


「……ダミアンきゅんにそっくりね、あなた。そっちがオリジナルの身体なわけか」


「動くなよ。ハンスさんとジャニスさんが来るまでは、大人しくしてもらう」


「……スティーブが負けた?」


一瞬の間を置いて「そうだ」と原田が答えた。その流れる汗から、俺はそれがブラフだと悟った。

向こうは向こうでヤバいことが起きている。ハンスは犠牲を極力少なくするために、彼らをこっちに寄越したのだ。


「……冗談よね?」


「ああ、はったりだよ。本当なら、こっちにはワイズマンとブッカーも来ているはずだからね」


管理局局舎から、ゆっくりと2人の人影が現れる。服がボロボロになりそこかしこに返り値を浴びたリカードと、そこまで酷くはないがあちこちが紅く汚れているブロームだ。


「ダミアンきゅん、無事だったのね!あなたがやられるはずはないと思っていたけど」


「残機を2つ減らした。あのゾンビ野郎、自殺でリミッター外すなんてな……僕も油断した」


「2機も?驚いたわあ……」


ブロームがふうと溜め息をつく。


「君の性格は話には聞いていたけど、慢心しない方がいいな。当代一の才能を持っているのに勿体ない」


「何とでも言えよ。まあ、あんたがいてくれて随分助かったけどね。……さて、これでまた3対3だ」


急にズキン、と背中が痛くなった。さっきギルにやられたダメージか?


「いや、3対2だな。そこのユウは……ギルにやられたダメージもあるんだろうが、もう限界だ」


「限界……?」



その瞬間、さっきの数倍の激痛が走った。



「……ぐああああっっっ!!?」



どういうことなんだっ!?今はあいつの射程圏外のはず……


ブロームが俺を見て、静かに、冷たく告げる。


「激しい戦闘と恩寵の連続発動。人間の身体でもまあまあしんどいが……その身体は義体だろう?」


「な、何を……」


ブロームが物憂げに首を振った。



「君の身体は、もうそろそろ寿命なんだよ。もう満足に動くことは、できない」



……そんな馬鹿な!?リミッターを外してまだ2週間も経っていない!!この身体には、あと2~3週間の余裕があったはずだ!!


「どうして、という顔をしているね。義体開発には、僕も関わっているんだ。特に、制御機構周りは」


「……なっ!?」


「人間でない獣人の身体に無理して魂を入れると、種族の違いから来る相性の悪さから魂の力が一気に消耗される。それが制御機構を解除した場合、寿命が短くなる理由だ。そして、それは恩寵を使えば使うほど消耗が早くなる」


「そ……そんなことは……」


「ジャニス・ワイズマン、そしてレナード博士も言っていなかったと言いたいんだろう?ワイズマンはもちろん、レナード博士もこの辺りの話は知らないんだ。魂と肉体の相互作用については、『祓い手』である僕の方がずっと詳しい。

そして制御機構を付けた本当の理由がこれなんだよ。恩寵を自由に、本来の力のまま使えば――君はあっという間に死んでしまう。それでは転生者の保護にならない」


リカードが溜め息をついて苦笑した。


「とっとと殺せばいいのに、本当に君は善人だねえ。いや、ある意味善人だからこそ残酷なのか。敵になぜ死んでいくのか説明して、絶望を与えるわけだからね」


「僕にそのつもりはない。ただ、事実を告げないと公正でないと思っただけだ。それに、君のそっくりさんが恩寵を展開している。あれは確か、物理・魔法を両方とも遮断する魔法盾だろ?そっくりさんの体力が尽きるまでは、僕らは動けない」


「しかも女が僕のパチモノを回復させている――か。まあ、そのうち女も力尽きるだろうから、このまま放っておけば僕らの勝ちというわけか」


「……そういうことになるな」


「やっぱりブローム、君が一番残酷だよ」


リカードが嘲笑う。俺は身体を動かそうとしたが、背中の激痛でろくに動かせない。



……打つ手は、ないのか。



その時、エムの目が開いた。



「……большой брат?」


彼女は辺りを見渡している。「チッ」とリカードが舌打ちをした。


「起きちゃったか……まあいいや。エム、こっちに来な」


「Где брат твой?」


「何言ってるか分からないんだよ。あのRRって女、生かしておけば良かったかな」


「……Что это за кровь?Ты действительно убил своего брата!!?」


エムの髪の色が、白から黒へと変わる。赤色だった瞳の色は金色になり、ゆらりと起き上がった。リカードが怪訝そうな表情を浮かべる。



……とてつもなく、嫌な予感がした。



「原田っ!!!恩寵を解除しろっっっ!!!」



俺は力を振り絞り絶叫した。エムが涙を流しながら、右の掌をリカードの方に向ける。



次の瞬間。



ドシュッ



リカードの頭部は、一瞬のうちに溶けて消えていた。




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