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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼5「ポルトラの紅き断罪者」
105/369

5-17


「……考えがあル」


目の前にいる、小熊のような何かが怪訝そうに僕を見た。


「考え?」


「あア。その前に、マリアと少し話をさせてくレ」


怯えきっているマリアに、僕は微笑んだ。極力優しく、不安を抱かないように。


「……お兄ちゃん?」


「身体の調子はどうだ?」


「うん……平気。それより、ここから逃げないと!!皆死んじゃう!!」


「大丈夫。死にはしないよ」


そっとマリアを抱き寄せ、その長い髪を撫でた。セックスの時、こうやって頭を撫でられるのを彼女は好んでいた。

彼女を性処理の道具としてではなく、一人の女の子として抱いたのは、僕だけだった。「撫でられてるとね、大切にされてるって感じがするの」と、エビアに来るまでの船中で彼女が笑っていたのを思い出す。


マリアは、僕の肩へと鼻先を埋めた。泣きそうになるのをこらえ、僕は髪を撫でる右手に魔力を集中する。


がくっ


マリアの身体が、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちそうになった。僕はそれを抱きかかえ、その場に横たえる。


「……そう、死にはしない。僕以外は」


「何をしたっ!?」

 

僕はユウに振り向き「彼女は生きてル」と告げた。この身体の本来の持ち主は、ポルトラでも有望な騎士であったらしい。彼が持っていた催眠魔法の知識を借用すれば、このぐらいは他愛もない。


空気が清浄なものに変わった。マリアの恩寵が切れたのだ。ここから先は、時間との勝負だ。僕はユウに告げる。


「僕が時間稼ぎをすル。その間に、その恩寵を使って逃げロ」


「時間稼ぎだ??相手がどれだけ格上か分かってんのか??しかも3人だぞ??そもそも、そんなことをしたらお前は……」


「お前は死ぬ、だロ?分かってル、どちらにしても僕は助からなイ」


「……!!!」


「僕はもう、10数人を殺していル。あのハンスとかいう眼鏡は、量刑を軽減してくれるようにすると言ったが……そんなことはできないはずダ。そのぐらい、僕でも分かル」


エビア大陸での転生者の扱いは散々聞かされていた。そして、この身体の持ち主――ルード・クラークソンの知識からも、転生者がどうなるかは把握していた。

罪を犯していた場合は、祓い手により魂を抜かれるか、さもなければ死。罪を犯していないか、社会に重要な寄与をした場合でも、イーリス教会の厳重な管理の下で諸々の自由を制限される。

それも「完全憑依前」の話だ。「完全憑依後」なら、受肉対象が余程の悪人か、この国にゆかりのない人間でない限り――魂を抜かれるか、殺されるかしかない。


僕に待つ運命は、多分前者だろう。魂を抜かれた転生者は、記憶や自我を全て消された上でイーリス神によって転生されるという。ハンスが言う情状酌量とは、つまりはその程度でしかない。

どちらにせよ、僕がマリアと共に生きることは、もうあり得ない。それだけのことを、僕はした。オルドリッジに騙されたとはいえ、自分とマリアの自由のためにやったことだ。後悔はない。


ユウは溜め息をついた。こいつも転生者らしいが、人間の身体ではない。転生者の不自由さは、嫌と言うほど分かっているのだろう。


「……消されるぐらいなら、ここで散る、というわけか」


「そうダ。僕は、前世でも多くの人を殺していル。のうのうと幸せに生きられないことは分かっていタ。

だが、マリアは違ウ。この子には、生きる権利があル。彼女はまだ、誰も殺してないはずダ。まだ、生きられるのだろウ?」


「……多分な」


ユウが不意に険しい顔になる。誰かがこちらに駆けてくる気配がした。


「ここから先は、僕に任せロ。マリアを、頼ム」


「分かったっ」


ユウは小さな身体でマリアを背負うと、さっき開けた穴へとジャンプした。まるでトランポリンのような弾力で、部屋の床がたわむ。自分の身体に接している物体を、思うような材質に変えるというのがあいつの恩寵なのだろう。


そして数秒後、僕たちの入っていた牢の前に、黒髪のおかっぱ頭と、ブロームが現れた。おかっぱ頭――ダミアン・リカードは肩を竦める。


「あらら、逃げられたか」


深刻そうな様子はない。ここに来たのは、確かもう一人いたはずだ。そいつが脱出を阻んでいるということか。


ブロームが首を振る。


「君が犠牲になっても、結果は同じだ。エム・ルーアンは回収させてもらう。ここで投降するなら、君も見逃してやっていい」


「そのつもりなんて、ないだろウ」


「フフフ」とリカードが笑った。


「いやいや、ブロームの言葉は本当だよ。こっちも人手不足なんだ。貴重な人材を無駄にしたくはない」


「どうだカ……」


僕は国を出る前のファッジを思い出していた。あの日から少しずつ目は虚ろになり、遂には無気力な人形かロボットのようになっていた。

薬を盛られたのだ、と僕は直感した。元の世界にも、人を急激に廃人へと堕とす麻薬は複数存在する。犯罪者で構成されるロシアの部隊にも、似たような顔つきの人間が何人もいたのをよく覚えている。


多分、あれは僕とマリアの末路だ。所詮、使い捨てにされるための駒。そこに自由なんて、初めからなかった。


僕は銃を自分の頭に向けた。リカードとブロームの顔が、驚きで僅かに歪む。


「おいおい、何をする気だよ??」


「見ての通りダ。お前たちに殺されるぐらいなら、自ら死を選ブ」


「そんなことをしても何の意味もないだろ」


呆れたようにリカードが言う。同時に、ブロームが手に持っていたロッドを振り下ろした。


「ぐおっっ!!?」


全身が鉛のように重くなる。……立っていられないっ。

その場に崩れ落ちた僕に、嘲笑うようにリカードが右手の掌を向けた。


「挟撃を防ぐため、ここで足止めのつもりだったんだろうけどね。生憎、レベルの差が大きすぎたね。

ユウとかいうあの忌々しい熊は、ギルがなんとでもするだろう。僕らは君を始末して、その上でゆっくりギルに加勢させてもらうさ。じゃあ、さよなら。ソウルドレ……」



僕はまだ指が引き金にかかっていることに感謝した。よかった。まだ運は尽きていないらしい。

いや、「僕の」運はとうに尽きている。残っていたのは、マリアの運だ。



僕の恩寵、「感染する死」の力は触れた人間の身体を乗っ取り、捨てた身体をゾンビとして使役するというものだ。メインとして使っているこの身体も、もう何体目なのかよく覚えていない。元の「ディムレ・ブルージュ」がどんな人間だったかすら思い出せない。

とにかく、僕は魂がなくなり命を失った肉体を使役することができる。そして、その肉体は人間の限界を超えた能力を発揮する。脳のリミッターが解除されているからだ。



そして、それは自分が今入っている肉体であっても、例外じゃない。これが死体になれば……僕は理性と未来と引き換えに、超人的な身体能力を得ることができる。



死体になったところで、こいつらは倒せないだろう。そのぐらいの力量差があることなんて、初めから分かっている。

だが、足止めなら果たせるはずだ。その間に、ユウがマリアを連れて逃げ切ってくれることを、僕は願うしかない。



僕は目を閉じて、薄く笑った。



さよなら、マリア。……君だけでも、自由を手にしてくれ。



引き金を引く。バンッという音と共に、強い衝撃が眉間に走る。



そして、僕の――マルク・ユルチェンコの命は、終わった。





「ぐおおおおおおおおっっっっ!!!!!」



次の瞬間、入国管理局の地下に獣の咆哮が響き渡った。




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