5-16
気配を殺しながら私たちはアルバ邸に向かう。ポルトラの英雄らしからぬ質素な家だが、決して小さくはない。前世で習った、立てこもり犯対策を応用できるはずだ。
「本当に俺が好きにやっていいんだな?」
念を押すようにウィルソンが私を睨んだ。小さく頷く。
「ご随意に」
ジャニスがチラリと私を見た。読心魔法である程度心が読める彼女には、私の意図は伝わっているはずだ。
作戦はこうだ。ウィルソンがまず表玄関から突入する。無策のように見えるが、この男は自らの肉体に対して絶対の自信を持っている。彼にとっては、この無策こそ最善の策なのだ。
ウィルソンのやり口は、人並み外れて屈強な肉体を、増強魔法でさらに強化するというものだ。肌は文字通り鋼の硬度となり、魔法への耐性も跳ね上がる。
どんな転生者であろうと力押しで潰し、そして確実に殺す。それがウィルソンという男だ。「凶獣」という二つ名は、大半の案件において彼が転生者を見るも無惨な形で殺害してきたことによるものでもある。
ウィルソンは策を弄することを好まず、常に単独で動きたがる。今回も、イーリス教会最上部からの指令がなければ来なかっただろう。故に、彼にはこちらの本当の意図は伝えていない。
ザイン・ウィルソンは囮だ。彼にオルドリッジの注意が集まっているその時に、アルバ邸の2階から私とジャニスが侵入する。さらに裏からは原田と折茂。
交渉人に犯人の注意が向ききった刹那を狙い強行突入する、SATの突入マニュアルを応用した手法だ。
ウィルソンが本当に1人で3人を相手にできるなどとは思っていない。いかにあの男でも、オルドリッジやアルバを1人で相手にできるわけがない。
それでも、粘ることはできる。少なくとも、数分以内に致命傷を負うことはない。ウィルソンにその自覚はないだろうが、囮としてあの男は間違いなくうってつけだ。
もちろん、こちらの存在を悟られては元も子もない。昨日の失敗で、向こうの感知魔法の射程はあらかた把握した。アルバ邸から半径10m。その中に入らなければいい。
転生者であるオルドリッジたちが、時間差での3方面からの突入に備えている可能性はもちろんある。ただ、その場合はウィルソンの突入に対する対応が弱くなるはずだ。数的にもこちらが優位にある。問題はないはずだ。
その甘い考えは、いきなり崩れた。
「……エムの恩寵が、消えた」
ジャニスのその呟きに、空気が一気に冷えたのが分かった。
「何ですって」
「私の周りにいるから気付かなかったでしょうけど、空気が清浄なものに戻ってる。入国管理局で、何かあった」
「ユウに加えてRRとブロームもいるのに?確かにリカードは相当な相手ですが、手の内は割れているはず……」
「でも間違いなくエムは今恩寵を使ってない。効果を反転させたのか、それとも殺されたのか……かなりマズい」
私は逡巡した。このまま行くべきか、退くべきか。
数秒考え、私は原田と折茂を見た。
「貴方たちは管理局へ!もし無理そうだと思ったら、すぐに引き返してください。くれぐれも深入りはしないことっ」
「分かった。久美、行こう」
折茂は頷くと、原田と一緒に駆け出した。これで数的優位は期待できない。
「ハンス、やるの」
「それしかないでしょう。何より……」
ニイとウィルソンが笑う。
「やめるとは言わせねえぞ?そもそも、てめえらは俺のおまけだ。あんな転生者のガキなんざ、こっちから願い下げだ」
そう、ウィルソンは止まらないだろう。頭の隅まで筋肉と転生者への憎悪で詰まっている男だ。そして、この男は自分の力を確信している。オルドリッジやアルバにやられることなど、考えてすらいない。
もちろん、彼が囮だということも伝えていない。ここでの予定変更など、彼にはあり得ないし理解もできないことだ。
アルバの家が見えてきた。ウィルソンは小声で何かを詠唱している。彼の十八番である増強魔法だ。
そしてニタアと笑みを深めると、「行くぜ」と猛烈な勢いでアルバ邸に向かっていった。
「……私たちはどうする?」
「貴女が上から、私が裏からで。2分後をメドに動きま……!!?」
その時、私たちは信じ難いものを目にする。
ウィルソンがアルバ邸に突入した10秒ほど後。赤い鎧を身に纏ったアルバがゆっくりと門を出てきた。
鎧の色は血の色と見紛うばかりの深紅。それが塗装によるものだけではなく、本物の血であると私は数瞬後に悟った。
その右手には、既に事切れたウィルソンの首があった。
「なっっっ!!!?」
アルバは冷めているのか悲しんでいるのか微妙な表情で、ウィルソンの首を地面に落とす。そしてゆっくりとこちらに視線を向け、懐から銃を取り出した。銃口は、ジャニスに向けられている。
「少し、期待外れだったよ。頭と技が、足りなさすぎた」
「……読んでいたのか」
「この事態は想定していたよ。俺1人で十分だと、謝花さんが言っていた通りだった」
「謝花……?」
「ああ、オルドリッジさんの本名だ。彼ならもうここにはいない。第一の目的は完遂された。後は、あんたたちを俺たちが排除すれば完璧だ」
「第一の目的……??」
アルバは静かに笑う。しかし銃口はジャニスの頭部から微動だにしていない。「動けば即座に撃つ」と言わんばかりだ。
それより、オルドリッジが既にいないというのはどういうことだ?ポルトラの反乱を主導するためにここに来たんじゃないのか??
「それに答えるには、一つ条件がある。ハンス・ブッカー。あんたと一騎討ちがしたい」
「……何??」
「この状況、実はまあまあ膠着していてね。俺はジャニス・ワイズマンをすぐに殺せるが、そうなればあんたは全力で俺を殺そうとするだろう。負けることは万に一つもないが、しかし俺を負かすならあんただ。アルバもそう思っていたよ」
ジャニスの視線が俺に向いた。「私のことは構うな」とその目は言っている。
……だが、私にはそんなことなどできない。
「一つ聞く。一騎討ちをしたら、そちらの狙いは教える。そういうことだな」
「ああ。まあ、もちろん俺に勝てなきゃ意味はないがな。言うまでもないが、ワイズマンの命も保証しない。死ぬのがどっちが先になるか、というだけのことだ」
「……乗ろう」
「ハンスっっっ!!」とジャニスが叫ぶ。パアンッッと銃声が鳴り、彼女が後方に弾け飛んだ。
「ジャニスッッツ!!!」
振り向くと、銃は肩口の辺りに当たったようだ。朱のドレスの色が、血で見る見る間に濃くなっていくのが分かる。ただ、致命傷ではない。
「わ、私はいいからっっ……」
「次はちゃんと当てる。アルバの銃の腕前は、その剣技にも劣らないのは知っているだろう?これは警告だ」
無感情にアルバが言う。……何かおかしい。なぜすぐに私たちを殺しにかからない。
私の疑問に気付いたのか、「ククク」とアルバが笑った。昨日からずっと無表情だった奴が、初めて表情を崩した。
「俺に与えられた命令は、あんたたちの排除だ。だが、俺が望んでいたものは違う。ハンス・ブッカー。あんたとの勝負、そして勝利だ。それはスティーブ・アルバが望んでいたことでもある」
「……アルバが??」
「ああ。あいつは俺に乗っ取られることに協力した。だから俺は、『上山伸介』であるとともに、スティーブ・アルバ自身でもある。
もしアルバが俺に憑依されていなくても、あいつは謝花さんに協力しただろうな。とにかく……真実を知りたいなら、俺と一騎討ちしろ。もっとも、勝つのは俺だが」
私は倒れているジャニスをチラリと見た。傷口を押さえ、苦悶の表情で回復魔法をかけながら、彼女は小さく首を縦に振る。
「……それしかないなら、やるしかない……わ」
「……分かった」
私はグローブをはめて構えた。「そうじゃない」とアルバが苦笑する。
「ワイズマンから少し離れてくれ。そうしないと、一騎討ちにならない。何より、俺の恩寵――『紅き断罪者』の範囲に入らない」
「……私がお前を信用すると思うのか」
「心配するな。恩寵の範囲に入ったからといって、すぐに死ぬことはない。何より、あんたの知るアルバは騙し討ちなどしなかっただろ?俺もそういうのは好かないんだ」
少し躊躇った後、私は奴に向けて歩き出した。その次の瞬間。
フォン
視界が、ポルトラの通りから切り替わる。目にしたのは、辺り一面真っ白な世界。そこに、私とアルバの2人がいた。
「……これは」
「来てくれて嬉しいよ。本当に、心底」
「ここはどこだ、と聞いている」
「ああ。『紅き断罪者』が作り出した異空間だ。時間も、場所も、元の世界とは隔絶されている。言ってみれば、『処刑空間』だ。他の誰にも邪魔されず、確実にこの対象を殺すための」
「……ウィルソンも、ここで殺したのか」
「その通り。能力の解除要件は、どちらかが死ぬまで。解除されたら、発動時の世界の時間軸に戻る。流石の俺でも、あのタフさだけは少々手を焼いた」
そういうことだったのか。突入してすぐにウィルソンが殺されるというのは、ほとんど考えにくいことではあった。……それにしても。
「……種を明かしすぎだな。そんなにお喋りでいいのか」
「元の世界でもよく言われたよ。サービス精神が旺盛すぎるってね。ただ、種が割れたからといって、どっちが有利とか不利とかはない。後は俺とあんたとの、純粋な戦闘があるだけだ」
興奮を隠そうともせず、上機嫌にアルバが笑う。そして銃を地面に捨て、左手を前にした半身の構えを取った。
「……素手?」
「これが一番紛れがないし、一番慣れてるんだ。あんたも同じスタイルだろ?
アルバはあんたとずっとやりたがっていた。どっちが最強なのか、ここで決めようじゃないか」
私もグローブがある右手を前に出して構える。……向き合ってみて分かる。この男は、強い。隙が微塵もない。
「じゃあ、始めようか。時間無制限一本勝負のラウンドワン、だ」




