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「本当に、よくこんな性格の悪い策を考えつくもんやな」
RRという女が溜め息をついた。確かに、なかなかエグいことを考えるもんだ。ハンスらしいと言えばハンスらしい。
局舎には俺とRR、そしてブロームが残った。ディムレとエムを合わせれば5人だ。オルドリッジたちがいるはずのアルバ邸には、ハンスとジャニス、ウィルソンと原田、折茂が向かっている。
エムの恩寵は発動している。つまり、外に出たらあの猛烈な頭痛と咳が出る。回復魔法をかけながら行動するのはできなくはないが、かなり難しい。
一方、こちらには半径5m以内の人間に対する恩寵を無効にするジャニスがいる。つまり、こちらは外をある程度自由に動き回れるが、向こうはそうではない。屋内に釘付けになるか、デバフを覚悟で外に出るかの二択だ。
ハンスは「オルドリッジたちを足止めしつつ、一般人に被害が出ないようにするためですよ」と言った。確かに、戦いが屋内であれば一般人が巻き込まれる可能性は薄い。そして、屋内という制限された空間では、戦闘力にたとえ差があっても何とかしやすい。そういう読みなのだろう。
俺たちが入国管理局に残っている理由は2つだ。一つは、ディムレとエムの監視。彼らは寝返ったとは言え、信用がおけるかは全く分からない。RRがいうには、「正直自由にして大丈夫とは思えへん」とのことだ。
無理矢理魔法で言うことを従わせることもできるらしいのだが、それよりは監視を付けておいた方が安全とのことだ。何より、無理矢理従わせると恩寵の威力が弱まってしまうらしい。
もう一つは、彼らの護衛だ。ディムレもエムも、単独での戦闘力はそれほどでもない。特にエムは、恩寵を使える以外はただの少女だ。
であるならば、もしマナキャンセラーなどを使うなどしてリカードなどが急襲してきた場合に守る人員が要る。そのためにRRとブロードはここに残った。俺はその補佐、というわけだ。
本隊は血の気が多く単独行動を好むウィルソンを切り込み隊長とし、ハンスとジャニスが脇を固める。回復役と防御盾として折茂と原田が加わる。そういう配置になっている。
向こうの手の内は分からないが、「ウィルソンなら多少は粘ってくれるでしょう」とハンスは言った。奇襲が成立しなくても、彼が時間稼ぎしている間にハンスとジャニスが決着を付ける。そういう考え方であるらしい。
策の筋は通っている。ただ、ハンスは終始険しい顔だった。多分、そう簡単に上手く行くはずがないと思っているのだ。だから、ここにこれだけの人数を割いた。
それはつまり、ハンスは連中が確実にここを狙いに来ていると思っているということでもある。
ブロームの目が僅かに鋭くなった。
「来たみたいだね」
「そうやな。……上か!?」
「のようだね。迎え撃ちに行く」
ここまでは想定内だ。俺が開けた穴から侵入しようとする可能性があることは、ハンスが読んでいた。幸い、感知魔法とやらをRRとブロームは十分に使いこなせる。奇襲を防いだ上で迎撃するのは簡単であるらしい。
俺も2人についていこうと立ち上がった。すると、ブロームが首を振ってそれを制する。
「君はここに残ってくれないか」
「は?」
「彼らには監視が必要だ。エムさんが恩寵の対象を屋内に向けたら、その時点で状況は圧倒的に不利になる。すまないが、頼む」
何のために俺はここにいるんだ、という言葉を何とか飲み込んだ。確かにその通りかもしれない。
しかも、こいつらの場数は俺とは比較にならない。凄腕同士の戦いに雑魚が紛れ込んだら足手まといになるだけだ。
「……分かった。ただ、何かあったら加勢する」
「大丈夫、そうはならないさ」
ブロームがふっと笑った。RRもうんうんと頷く。
「うちらは相手を無力化することについては専門家や。ブロームと仕事をするのは4、5年ぶりやけど、まあ問題ないやろ」
RRは精神魔法、ブロームは重力魔法の使い手らしい。言葉から判断するに、確かに鎮圧には向いた人物ではあるようだ。ここはプロに任せることにしようか。
「……分かった。何かあったらすぐに頼む。それと、くれぐれもリカードには気をつけてくれ。あいつは、殺しても生き返るから」
「わかっとる。安心せえ」
にっとRRが笑い、部屋を出て行く。それにブロームもついていき、ドアを閉めた。
俺はふうと息をつく。安心だ、とは言わない。ここに来ているのがリカードなら、その脅威は十分知っている。
だが、彼らは反セルフォニア陣営で5人いる「特級」のうちの2人だ。ジャニスと同格なら、きっと何とかするんだろう。
俺はディムレとエムを見た。ディムレは不安そうに震えるエムに「Все должно быть в порядке」とロシア語で何か声をかけている。
「……ディムレ、残しておいた死体は」
「この隣の部屋ダ。2人用意してル。ただ、腐敗が進んであまり意味がないかもしれなイ」
「分かった。いつでも動かせるよう、準備だけはしてくれ」
もしRRとブロードが負けたら?その時は俺がやるしかない。ただ、正直自信はなかった。ましてこの2人を守りながらは、不可能と言ってもいい。
ならば、時間稼ぎの準備だけはしておく必要がある。ディムレが協力的なのは、この点では救いだった。
5分ほど時間が過ぎた。コツコツ、と足音が聞こえる。1人だけだ。
身構えた俺に「入るよ」と男の声が聞こえた。ブロードだ。
「終わったのか?」
「ああ。全て済んだよ」
穏やかな微笑みとともに、ブロードが現れた。
……何かおかしい。
俺は僅かに身体を引いて、ブロードに訊いた。
「RRは?」
「彼女なら上だよ。入ってきた連中は戦闘不能だ。問題はない」
ゆっくりとブロードが近づいてくる。彼がさりげなく俺の肩を叩こうとした瞬間、彼の後ろから2体のゾンビが襲いかかってきた!?
「ディムレっ!!?」
「逃げロ!!!そいつハ、多分……」
次の瞬間、ゾンビはベシャンと床に這いつくばって潰されていた。どういうことだ?
ブロードの表情から笑みが消える。
「裏切るつもりなのか?」
「裏切ったのハ、お前の方だロ!!?」
瞬間、空気が異常にいがらっぽいものに変わった。激しい頭痛と胸の痛みがする。エムが恩寵を発動したのだ。
ブロードが俺を鋭く睨んだ。……ディムレではなく。
その意味に気付いた時、俺は戦慄した。
……まさか。今日来るオルドリッジ側の援軍とは……!!!
「クソがっっっ!!!!」
俺はすぐさま飛び退き、ディムレとエムの方に向かった。そして「錬金術師の掌」を発動する。床がゼリーのように柔らかくなった。
ぐにょん
俺たち3人は、ゼリーになった床を突き破り下に落ちていく。その先にあるのは、違法入国者を収容する地下牢だ。石の床に叩き付けられ、「ぐおっ」と呻く。
「下かっ」
ブロードの声がする。その瞬間、ディムレが携帯していた銃を、穴の下から上に向けて放った。
「させなイッ!!!」
……まずいっ。この状況は、全く想像もしていなかった。もちろん、あのハンスですらこの状況は読めなかっただろう。
オルドリッジの援軍は、ジェイソン・ブロームだった。どういう経緯か分からないが、恐らく最初からあいつはオルドリッジと通じていたのだ。
多分、RRはもう死んでいる。上から侵入した刺客2人も健在だろう。この状況で、俺たちはここを脱出しなければいけない。
どうすればいい??叫びたくなる衝動を俺は必死に抑えた。ここは俺が何とかしなきゃいけない。頼れるのは、自分しかいない。
だがどうするか。このままここにいてもジリ貧だ。何とかして脱出しなければ……
その時、ディムレが俺を見た。
「……考えがあル」




