5-12
「お目覚めのようね」
入国管理局の空き部屋にディムレとエムを運んで30分ほど。先に目覚めたのはディムレの方だった。
「……あんた、何者ダ」
「感謝なさい。ユウの嘆願で、すぐには祓わずにおいてあげたわ」
確かに俺は殺さないように提案はしたが、ジャニスは初めから生かすつもりだったようだった。ハンスが「尋問に入る」と言った時も、精々俺に意見を求めたぐらいだ。
2人の様子は普段通りに見える。仲直りはしたのだろうか。
ハンスは多分、真実を明かしたのだろう。俺の推測通りなのかどうかは分からないが、もしそうだとしたら簡単に受け止められることじゃない。
それでもジャニスは、極力普段通り振る舞おうとしている。何やかんやで大した奴なんだな、と俺は思った。
ディムレがジャニスを睨み付けて叫ぶ。
「だから、何者だって言ってるんだヨ!」
「ああ、その分だとやはり説明は受けてないのね。私は、ジャニス・ワイズマン。貴方たちの運命は、私が決めるわ」
ディムレがギリッと歯がみをした。しばらくして「どうしたことダ」と唖然としたように呟く。
ジャニスが「ウフフ」と嘲笑った。
「貴方、今何か発動しようとしたでしょ?無駄よ。私の半径5メド以内にいる転生者の恩寵は、全て無効になる。そういう体質なの」
「……クソッタレガ」
ハンスがディムレのところに来てしゃがみ込む。そして、「ちょっといいですか」と薄く笑った。
「お前たちに話すことなド、何もなイ」
「そうですか。ですがよろしいですか?何もしなければ、貴方の愛するこの子の命はここで奪われる」
「マリアに手を出すナッ!!!」
叫ぶディムレに「クックック」とハンスが嗤った。
「カマをかけてみたのですが、やはりそうでしたか。心配しなくても、善悪の区別もつかない子供を殺すことはどしませんよ。貴方たちの沙汰は、教会が決めます」
「僕たちは、自分の意思でここに来タ!ただ自由が欲しかっただけダ!!」
ハンスの表情が、一瞬曇った。
「……6年前と、同じ台詞ですね」
「ハ?」
その言葉がディムレに向けられたものじゃないというのは、すぐに分かった。ジャニスは「そうね」と短く答える。
「……あの時は、貴方が間違っていた。あそこで『彼』を殺していれば、被害は出なかった」
「ええ。……ただ、今回も同じとは限らない。違いますか」
「そうね。何より、彼からはまだ訊かなければいけないことが沢山ある」
「6年前?」と、俺は思わず口にしていた。何か自分の知らないところで話が進められている気がして、少しイラッとする。
ハンスが俺の方を向いて苦笑した。
「前にポルトラに来たことがある、と言いましたね。その時、一人の転生者を私たちは取り逃がした。危うく大惨事になりそうなところを、アルバの協力を得て鎮圧した……ここまではご存じでしたかな」
「確か、それっぽいことを言ってたな」
「ええ。彼は、メジアの貧しい国の出身でした。自由を求めてエビアに密航したと、その時は聞いていた。密航の際に暴れて何人かを傷付けてはいましたが、そこまで危険な存在とも思えなかった。
偶然別件でポルトラにいた私たちに協力依頼が来た時も、そこまで深刻な感じではありませんでした。厳しい身の上を聞かされたこともあり、私は『その場で浄化することなく、教会に任せる』という決断をしてしまった……しかし、それは間違いだったわけですが」
「間違い?」
コクン、とジャニスが頷く。
「あの子――マイカ・ブルージュは噓をついていたのよ。本当だったのは、『自由に生きたい』というその一点だけ。
あの子が狙っていたのは、自らの国を作ること。何らかの形で体液を摂取した相手を『自分と同じ自我を持つ存在』として乗っ取る。そこにいるディムレと近い能力だけど、より悪質だった。そして、ある程度数が揃ったところで……彼は一斉に蜂起した。
結局ハンスとスティーブが動いて鎮圧したけど……転生者は信用ならないというのを、その時強く思ったわ。彼らの言い分を聞いても、私たちとは交わらない。ならば、容赦なく処すのみ」
彼女の視線が、眠ったままのエムに向けられた。表情には、気のせいか哀れみのようなものが浮かんでいる。
「……6年前の私なら、例えそれが幼女だろうが少女だろうが、躊躇わずここで浄化に動いたでしょうね。でも、今回は違う。ハンス、なぜ貴方が躊躇ったか、今やっと理解できたわ」
「見えすぎるのも嫌なものです。ただ、私があの時騙されたのは、私の未熟さ故によるものですが」
「……それはこの際、いいわ。とにかく、今彼らを浄化し、消すことは得策じゃない。それはディムレ、貴方に同情したからとかでは、断じてないわ」
ハンスは頷くと、もう一度奴に話しかける。
「分かるとは思いますが、ここで貴方たちを消すことは容易い。しかし、そうしないのは貴方たちと組んでいる相手が簡単ではないからです。
取引を致しましょう。貴方たちがこれに応じるならば、教会に寛大な処分を申請致します。外に転がっている死体は恐らく貴方たちに依るものでしょうが、それにもある程度目を瞑りましょう」
「……取引、だト??」
「ええ。聞いているとは思いますが、エビア大陸において転生者は一定の条件を満たさぬ限りは生きられません。
多分、貴方は生き延びられるとしても、相当に厳重な条件の下で生きることになる。罪人に自由などあり得ない。転生者である貴方は、良く御存知のはず。
ただ、少なくとも彼女は――情状酌量の余地ありと見なされるはずです。彼女の恩寵による直接の死者は現状いないか、いても精々1人か2人。ならば、ある程度の自由を与えられる可能性がある」
「お前……なぜそう言い切れル」
ハンスが俺たちの方を振り向いた。
「ここにいる2人……ユウと原田は転生者だからですよ。まあ、彼らには代わりに私や教会の下で動いてもらうことになっていますがね。
貴方がシャキリ・オルドリッジやポーラ・ジョルディアに何を吹き込まれたかは知らない。ただ、エビア大陸も言うほど転生者に厳しい土地ではなくなりつつある、ということです。
さて、改めて問います。彼女の未来のために、私たちに協力して下さいますか?」
ハンスが穏やかに笑いかける。その表情に、俺は思わず引いた。
こいつは全て見透かした上で言っている。もちろん、ディムレに拒否権などない。葛藤はするだろうが、辿り着く結論は同じだ。
ディムレは眠っているエムを見ては「クソッ」と溜め息をつき、唇を噛み、「Не глупи!」とロシア語で何かを吐き捨てる。そうやって葛藤しているのを、ハンスは無表情で見下ろしていた。
そうしているうちに、エムが目を覚ました。「マルク……?」と誰かの名を呼ぶ。ディムレの本当の名前なのだろうか。
「マリア……」
「Мы живы?」
「да. Я все еще жив……Мария, ты хочешь быть свободной?」
「конечно. Я сделаю все для этого」
再び、ディムレが「クソッ!!」と叫び涙を流した。俺には何を言っているのかさっぱり分からないが、ハンスだけは「そういうことですか」と呟いている。
「ハンス、彼らの言葉が分かるの?」
「ええ。『どんなことをしてでも生きたい』と。……ならば、貴方の結論は決まっていますね?」
ディムレが驚きの表情を浮かべた。
「お前……ロシア語が分かるのカ?まさか……お前……」
「私の素性に対する詮索は無用です。貴方に再度問います。『ダー』か、『ニエット』か。いかがですか」
「да(ダー)、ダ……」
フフ、とハンスが笑う。
「よろしい。では、貴方がたの計画を、一通り吐いてもらいましょうか」
「……分かっタ。だが、僕たちを必ず守ってくレ。それだけは約束しロ。あいつらは、お前たちが考えるより、遥かに強イ」
「……百も承知ですよ。まずは、援軍がいつメジアから来るか。ここから聞きましょうか」
「……第1陣は、もう来ていル。いや、来ているはずダ」
「……どういうことです?」
ハンスの顔が怪訝そうなものに変わった。援軍が既に、ポルトラに来ているだと??
ジャニスの顔にも緊張が走った。もしそうだとすると、前提が全く変わってしまう。
「聞き捨てならないわね。そもそも、港は封鎖されているし、私たちが来てから船なんて入っていないはず。援軍なんて来る余地が……」
「僕も詳しくは知らなイ。カルディナルからの援軍の本隊は、2日後に来るはずダ。ただ、セルフォニアから2人か3人、こちらに『送られてくる』とは聞いタ」
「……『送られてくる』??セルフォニアからの入国なんて、余程の理由がない限りできるわけが……」
「詳しく知らない、と言っただろウ?ただ、シャキリははっきり言っていタ。『念には念を入れて、『白光』を呼ぶと。
そのうちの一人の名前は覚えていル。確か……ダミアン・リカード、ダ」




