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Vtuberの姉妹が百合営業をしたらガチ百合になってしまった話  作者: 沢谷 暖日
第二章 70パーセントの百合に20パーセントの嫉妬と10パーセントの本音を加えたらどうなるのか編
9/32

白羽姉妹の休日

 ファーストキスはレモンの味らしい。

 いつか見た百合漫画には、そう書いていた。

 しかし現実になってみると、キスは背徳感と罪悪感の味。

 ほっぺただからノーカンってことに、神様はしてくれそうに無かった。


 結局、あの後は眠れなかった。

 洗面台で顔を洗いながら、何をしてんだ私って、自問している。

 なぜ。あそこで私は、唯の頬に唇を添えたのか。

 その行動で得られたものがあるとしても、分からなかった。

 最近は、どうも分からないことが多い。分かろうとしていないだけかもしれない。


 顔を拭いた後に、唇を撫でてみたら、唯の頬の感触は残っていた。

 柔らかい。けど少しだけひんやりとした感触。

 なんて言えばいいのか。私の唇が頬を包み込んでいる感覚、とでも言えばいいのか。

 兎も角は。とんでもないことをしてしまった。それだけは分かる。

 好きなのか、と問われると違う。違う? うん、違う。

 恐らく唯の影響で、私もシスコンになりつつあるだけなのだ。

 と。言い訳がましく、言い聞かせ続けていると、時間はかなり経過していた。


 バイトの時間を迎えて、そのまま新聞配達に赴く。

 マフラーを巻いて、手袋を着けて、厚いコートを羽織る。

 自転車に跨って、いつものルートを回った。ペダルは少し重かった。


 やがて新聞配達が終わる。

 達成感は割とあった。

 伸びをして身体を反らす。

 上に見える空はまだ暗く、けど奥の方は薄い。

 時計を確認すれば、まだ七時にもなっていなかった。


 自転車を家に戻して方向転換。

 私はそのまま、堤防に向かった。

 理由は特に無い。強いて言うなら、家に入るのが気まずく感じたから。例えるなら、家に帰れば親に怒られると分かっている小学生が、意味も無く寄り道をして、時間稼ぎをする様なものだった。

 つまり。意味のある行動では無かった。


 数分弱で堤防沿いに辿り着く。

 風は少し強く、服の隙間から入り込む冷気が肌を巡る。

 寒いのに。不思議と肌に心地良かった。

 朝のランニングをする面々に頭を下げられ、下げ返しながら。

 ただ、とぼとぼと歩く。けど、やはり。その際も、私の頭はキスの事が支配していた。


「キス……」


 とんでもない二文字だと思った。

 弓波侑杏との配信で『私、侑杏ちゃんのほっぺたにキスしたよー!』って言ってみたら、と空想してみる。

 恐らくコメントは盛り上がる、投げ銭も沢山貰えて、登録者も増える。

 そしたら新聞配達も程々に、Vに専念できそうなものだけど。

 でも。私の中の何かが擦り減ってしまう様な気がしてならなかった。


「…………」


 奥から陽が顔を見せてくる。

 白くも見える光は、徹夜の私には少し痛い。

 そろそろ帰ろうかと、(きびす)を返した。


「ただいま」


 家に辿り着き、部屋のドアを開いて、私はそう口にした。

 閉じられたカーテンの奥からぼんやりと差し込む、温かな光。

 ベッドの上で眠っている唯が照らされて見えた。


 隣に並んで、唯の髪に手櫛を入れる。

 髪は絡まることなく、スッと流れた。

 こんななんでも無いことが、少しだけ特別に感じる。

 そう思うと同時に、焦点が合うのは唯の頬で私は咄嗟に目を逸らした。

 薄っすらと存在する眠気に任せて、私は横たわり目を瞑る。


 ──あぁ、私。何やってんだろ。



       ※



 ──ピンポーン♪


 意識が戻ったのは、インターホンの音が入ってきた時だった。

 無意識に身体を起こして、無意識にスマホを開く。時刻は13時前。

 隣に唯はいない。こんな時間だ、起きているのも当然と言える。

 それより、インターホンの音が聞こえた。宅配便でもきたのだろうか。

 しかしどうも。起きる気が起きない。


 あぁでも。唯が来客に応答してくれるだろう。

 部屋の外から聞こえる足音が、それを教えてくれた。

 目をゆっくりと閉じた私は、再び寝る体勢に入る。


「あーごめんなさい。もうちょい待って!」


 唯の明るい声が飛んでくる。

 友達なのかな。遊びにでも行くのだろう。

 夜はコラボ配信らしいけど、それまでに帰って来れればいいんだけど。

 思いながら、私には大して関係の無いことだと、さして気にならなかった。


「今から行きますー!」


 子機に呼びかけ、ピッと電源を落とす音が聞こえる。

 続く慌ただしい足音と、玄関のドアが開き、鍵が閉められる音。

 数秒後に聞こえるは、家の前を通過する、二人の話し声。

 一人は唯で。もう一人は──あれ? もう一人は。

 聞き覚えのある声に、私はベッドから跳ね起き、カーテンを勢いよく開ける。


 既視感と共に私は目を見開き、唯の隣に並んだ人物を凝視する。

 眼鏡をかけた、長い髪を軽く巻いた一人の女性。

 そして。高校で一番仲の良い、私の友人。

 及川(おいかわ)(めぐみ)、その人物が、唯の隣に並んで、楽しそうに、笑い合って、見つめ合って、距離を詰めて、「唯ちゃん」と呼んで、それに「どうしたの」と呼ばれた人物が答えて、歳の差を感じさせないくらい仲良さげに、笑って、笑い返されて、笑って、笑い返されて、それを繰り返しながら、私の視界から消えるまで、本当に楽しげな、そんな様子で。一緒に歩いていた。

 途端に。私の中に住み着いている奇妙な虫が、私の心を蝕む。


 変なモヤモヤが広がって。

 よくない考えが私を襲う。

 なぜこんなことを思い付いたのか。

 自分が恐ろしくなりつつも、でも止まれない。


 少しだけ。後を尾けてみたいと思った。

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