白羽姉妹の学校生活
朝食の後は、徒歩10分ほどで辿り着く高校に二人で向かう。
高一の唯とは一階でお別れをし、私は三階の高三の教室へと歩み、入室した。
「おはよー。今日は遅かったね」
自分の席に着くなり、そんなことを言ってくるのは前の席の──名前は、及川恵。
この学校唯一の友達、と言っても差し支えない人物だ。
最近は私立の美術大学に合格し、残りの高校生活をのんびりだらだらと過ごしている。眼鏡が良く似合う文学少女──みたいな見た目の、少しおちゃらけた普通の少女。
「おはよ、恵。妹を起こすのに手こずっちゃってさ」
「ふーん。そうだったんだ」
椅子に腰を掛けながら、私は「ほんっと大変」と愚痴の様に漏らした。
スマホを覗けばホームルームの時間までは少しあったので、安堵の溜息を吐く。
「唯ちゃんって朝弱いんだね」
「そうそう。……って、あれ? 妹の名前教えたっけ?」
「いやそりゃ知ってるよ。学校じゃ結構有名人じゃない? 成績良いし、可愛いし。人当たりも良いし」
「あーそっか。なら知ってるか」
「そうそう」
恵は「ま、いいや」と手をパンと叩き「それよりさ!」と言葉を続けた。
「放課後ひま? どっか遊び行かない?」
「お、いいね。……あ、ちょまって。……あーごめん。今日は妹と勉強会をする予定だった」
「ちぇー。じゃ、また今度ね」
「りょーかい」
唇を尖らせた恵は、渋々と前の方を向いて授業の準備を始めた。
ちなみに勉強会とは、不定期で開催される私と唯との二人の勉強会である。
と言っても、まだ一回しかその勉強会は行われておらず。今日は遂に二回目。
ちなみに、勉強を教えられるのは私の方である。
特にこれ以降、それといった事件も出来事も何も発生せず。
授業は恙無く進み、お昼休みも過ぎて、放課後が訪れた。
掃除も終わって教室に戻ると、まだ四時半だと言うのに外は暗くなりかけていた。
赤々しい夕日が奥に映り、上の空は黒のインクが一粒垂れた様に、闇が広がろうとしている。
その景色に何となく風情を覚えつつ、机の中の教材をせっせことカバンに詰め込んだ。
「じゃ、舞。また明日ねー」
恵が私に別れの言葉を寄越し、私は苦笑を添えて反応する。
「明日は土曜でしょ。また、月曜日ね」
「あ。そっか。……うん。まぁ、そうなるのかな」
「え、何よ。その意味ありげな感じ」
「何でもない! じゃ、帰るわー」
「うぃー」と力無い声で、力無く手を振り見送る。
彼女もテキトーに私に手を振り返すと、やがて教室から姿を消した。
「よし」
私も帰るか、と席を立ち上がる。
まず。唯との勉強会だから、合流からだ。
多分、校門前とかにいるだろう。
そんな思考に至り、教室を出て方向転換。
しかし。その刹那。
「あ、唯」
教室の前にいる唯を発見した。
というか。ほとんど目と鼻の先だった。
どうやら私のことを待っていてくれたらしい。
白いマフラーを首に巻いて、手をすりすりして、少し寒そうだった。
「ごめん。待たせた?」
呼ぶと。唯の顔を一瞬、私を向いて。だけどすぐに逸らされてしまった。
ほっぺたを膨らませ、どうやら不機嫌気味。
問いの答えが返ってくる前に、私は答えを理解した。
「待った」
ぼそりと。
小声を私に向けてくる。
だけど視線は明後日で。そんな彼女の顔は少しだけ赤い。
まるで。恋人を待っている女の子みたいだった。
唯は寂しがり屋さんだなぁと。顔を綻ばせて。
周りの視線を確認しながら、唯の頭を軽く撫でる。
「掃除とかしてて遅れたの。ごめんね」
高三が高一にしてるって考えると、少しだけ可笑しいな。
なんて思いながら。それ以上の違和感を抱くことは特に無かった。
「……ん。ならいいけど」
私の頭なでなでが効いたのか、案外すんなり許してくれた。
全く。唯は本当にシスコンで、甘えん坊だと思う。
唯のことを容姿端麗、頭脳明晰のイメージを持っている人たちに、この姿を見せてやりたいぜ。
という心情だったけど、今の唯が甘えられるのは私だけなのだから、溜息一つと引き換えに大目に見てやることにした。
「じゃ、行こっか。勉強会」
「うん。行こう」
頷いたのを確認して、私はゆっくりとその場を歩き出す。
その歩幅に唯が合わせてきたのを確認して、少しだけ足のスピードを早めた。
二人、肩を並べて。階段を降りて。廊下を歩く。
冬の寒さに打たれながら、私たちの間に温かさを覚えて。
歩いて。学校を玄関を抜けて、部活動に勤しむ生徒の声を聞いて。
やがて訪れた校門を、よいしょと。何となく力を入れて潜り抜ける。
校門すぐ前の信号を抜けるなり、唯は私の手を握ってきた。
これも、百合理解の一歩なのだろうかと思いながら。私も手を握り返す。
姉妹で手を握るというのは、恐らく普通のことで。まぁ、この歳でってのには少し引っかかるけど。
特別感をそこから見出せというのも、かなり難しいことなんじゃないかなぁと思ってしまう。
閑話休題。
さ。今から勉強会。
向かう先は──漫画喫茶。