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ただいまの、その日まで

【舞視点】


 雪が舞っている。

 余韻が肌に触れている。

 スマホを右手にぶら下げて、私は屋上に立ち尽くしていた。


「……よかった」


 活動休止のライブ配信。

 けれど。最後の配信にはならなかった。

 またいつか、きっと夢咲葵と弓波侑杏はどこかに訪れる。

 そう考えるとホッとする。これでよかったのだと実感する。

 唯も笑っていた。屈託の無い笑顔で、顔を赤くして、可愛かった。

 そしてなにより──。


『私ね、舞が恋人でよかった』


 唯の言葉を思い出す。

 やばい。その印象が強すぎて思考が回らない。

 唯が、私の名前を呼んだ。舞と、そう呼んだ。


「……舞。舞」


 私の名前。それを呼ぶ、唯の声。

 記憶を探って思い返す。

 その響きを抱きしめるように、大切に呟いてみる。

 あぁ。これはやばそうだ。


「好きだー」


 赤くなる顔を誤魔化すように、空に声を飛ばす。


 唯は今、友達と楽しくやっているのかな。

 そう思うと、ちょぴっとだけ嫉妬する。ほんと、ちょぴっとだけ。

 唯との待ち合わせ時間は11時。今の時刻は10時前。

 まだそれなりに時間はあった。


「そうだ」


 私は一つを思い付く。

 明日はクリスマス。けれど最近は忙しくて、何もプレゼントを準備できてなかった。


 駅は近い。

 隣接するモールで、何かを探そうかな。と思考する。

 思い立ったが吉日ということで、制服に付着した雪を払い除け、校内に舞い戻る。

 自習に勤しむ生徒に満たされたピリついた教室に潜り込み、無意識に肩を強ばらせながら自分の席に向かう。とその時、小声で「おかえり」と声をかけられた。

 無論、恵である。


「……どうも、ただいま」


 私は苦笑を添えて返事をする。

 他の人に聞こえないくらいの、ほんっとに小さな囁き声で。

 恵もまた私の耳に軽く顔を寄せ、こんなことを言ってきた。


「よかったよ、さっきの配信。こっそりとスマホで見てた」

「それは……えっと、ありがと。唯が頑張ってくれたお陰だよ。私じゃ少なくとも、あの結論には辿り着けなかったと思うから」

「そうだね、いやーほんとよかったよ。……というか、今からどこか行くんだよね? 唯ちゃんとデート?」

「しっ。小声とは言え教室内なんだから、そんなデートとか、発言に気を付けなさい」

「あ、ごめん。……ま、ともかく、どこに行くとしても、行ってらっしゃい」

「ん。行ってくる」


 軽く、小さく、手を振る。

 荷物を持った私は教室を出て、玄関を抜ける。

 粉雪が降っていたが、特に気にせず、正門にやってきたところで立ち止まった。

 灰色の景色に、街の明るさが混じっていて。少なくとも、良い景色だった。

 私は大きく息を吸う。お腹を膨らませて、限界になったところで、ようやく吐き出す。

 身体の中に溜まっていた悪い成分が、みるみるうちに消えていく感覚を覚える。

 私は再び前を見る。


「……はぁ」


 私の未来には、嫌なことなんて一つも無かった。

 ようやく、全てが終わった気がした。

 そして、始まりの予感がした。



       ※



 10:50.


 カバンの中にある唯へのプレゼントを眺めて、満足げに頷く。

 買い物の描写は全カット。特に大したこともなかったのでしょうがない。

 プレゼントには、そこそこ有名なブランドのアイシャドウパレットを購入した。

 唯の可愛さを理解している私なので、このアイシャドウが似合うのも間違いないと思う。

 玄関のところでそんなことをニヤニヤと考えていると、不意にポッケのスマホが震えた。

 唯からのラインだ。


『お姉ちゃん、終わった。校舎裏のとこで待ってる』


 時計を見る。

 予定時間より少し早かった。

 心臓の動きがこれまた少し早くなる。


『おっけー。今からいくね』


 そう送って、私は歩みを進める。

 唯に会えることに嬉しさも覚えながら、けれど緊張している。

 混濁と入り混じった心臓を私は片手で抑えながら、早足で唯の場所に向かった。


「…………」


 廊下は聖夜祭の色で彩られていた。

 ざわめきが耳に飛び込み、通行人の肩が触れる。

 三年の教室のピリついた空間が嘘かのように、そこは明るい空間だった。

 唯の教室の横を通りながら中を見れば、言っていた通り映画を上映していた。

 あとで一緒に唯の教室に行くのもいいかもしれない。

 と。そう思った時にはすでに、一年の廊下を通り過ぎていた。


 私は早足を緩める。

 校舎から出た瞬間、冷気が私を包み込んだ。

 校舎の裏に回り込むとすぐに、存在感ある唯が離れたところにいた。

 壁にもたれながら、頭部に小さな雪を積もらせている。

 スマホに目を落としていた唯は、横目でチラと私を捉える。

 かと思えば、唯の目は再びスマホの方に向けられた。

 唯の耳はほんのりと赤くなったと思えば、じわじわと赤の密度を上げていく。

 照れ臭さを感じているのだろう。気付いてないフリをしていて、愛おしかった。

 私は一息を吐いたのちに、片手を軽く上げ「唯」と彼女の名前を呼ぶ。


「……お姉ちゃん」


 唯は準備していたのか、すぐに言葉を返した。

 そしてスマホをしまい。その行動から一拍遅れて、俯きがちに私を見た。

 『舞』と名前を呼んでくれないことに、若干ながら寂しさを覚えた私は、茶化すように言ってみる。


「あれ? さっきは私のこと、舞って呼んでくれなかったっけ?」

「あ……え、っと。ちょ。ちょっとまだ、名前呼びは勇気がいるというか……」

「えー、残念! めっちゃ嬉しかったのにー」

「だ、だって! 恥ずかしかったんだから、しょうがない……よね?」

「上目遣いが眩しい! その上目遣いに免じて、名前呼びは保留で許しましょう!」

「でも……ち、近いうちに、絶対名前呼びにするから!」


 唯が刺すような目で私を見る。

 ほっぺたが赤く恥ずかしそうにしながらも、真剣な表情だった。

 私は軽く笑い「いつまでも待つよ」と答えて「じゃ、回ろっか」と手を差し出す。

 けれど唯はその手を繋がず──。


「約束は?」


 と、そんなことを不機嫌気味に言った。


「え? 約束? ……あ!」


 私は言われた言葉に頭を回し、そしてすぐにハッとした。


「ハグ、ね!」


 そうだ。

 屋上での別れ際、ハグの約束を交わしたじゃないか。


「そうだよ。お姉ちゃんから言ってきたのに、なんで忘れるの」

「いやーあはは。最後の名前呼びの衝撃が強すぎて色々と飛んでしまってた」


 後頭部をポリポリと掻きながら、私は笑う。

 唯は呆れたように「お姉ちゃんらしいね」と笑い返してくれた。

 そして一拍か二拍ほどの間を置いて、私は唯の可愛らしい体に腕を回す。

 唯は「いきなりじゃない?」と私の中で楽しげに笑いながら、抱き返した。

 触れた雪の温度を感じないほど、とても熱い。それはきっとお互い様で。

 しばらくして、身体に空気を与えるように距離置き、そして顔に手を添えてキスをしてみる。

 キスは予定には無かったのだけど、唯は何も言わずに私を受け入れた。

 時々チラと辺りに視線が無いか確認しながらっていうのが、少しアレだったけれど。

 それでも私は──あるいは私たちは、幸せに包み込まれていた。

 三限終終了のチャイムがなるまで、ずっと、ぎゅっと。



       ※



 聖夜祭を楽しむ唯の横顔は、今年一の可愛さだったと思う。

 結局あの校舎裏での出来事の後、幸せを覚えたまま二人で聖夜祭を回った。

 もちろん唯のクラスも見に行ったし、一緒にお昼も食べたし。

 変哲も無くただただ平穏な時間だったけれど、素敵な時間だった。

 最後には講堂で申し訳程度にキリストへの感謝をしたのだけど、けれどやはりクリスマスという日が私たちの時間を作り出したのも間違いなかったので、私は割と感謝していた。


 聖夜祭の余韻に浸りながら帰路に就く。

 道中で晩御飯を購入したが、どれも唯の大好物だ。

『映画を見て。美味しいものを食べて最後にチョコケーキを食べる』

 一方的に交わしたそんな約束を思い出しながら、私はこっそりと大きなイチゴのショートケーキを購入し、食後にそれを出してやった。

 唯はキラキラと目を輝かせ、美味しそうにそれを頬張っていた。

 そんな唯の表情を見て、もうプレゼントを貰ったような、そんな心地に至る。

 そして一日の締め括りに、一緒の布団で幸せな想いで眠りに就く。

 布団の中で、また、キスをしていた。


 翌朝。

 朝の光が瞼に当たっていたことを知覚し、私は目を覚ました。

 ぼんやりと視線を横に向けたが、その場所に唯はいなかった。

 その代わりと言ったように、そこには小さな小包が置いてある。

 寝起きで回らない頭でも、そこにあるものが何か、理解は容易だった。

 そして。自分もこうしてれば良かったのかな、と若干数ミリの後悔を覚える。


「もう。貰えないと思ってたのに……」


 唯がサンタの代わりとして、プレゼントを置いてくれたのだ。と思う。

 私は童心に戻った心地でそのプレゼントを開封してみる──と。


「ふふっ」


 唯が選んだプレゼントのチョイスに思わず笑みが溢れる。

 そこにあったのは、私が唯に買ったのと似たようなコスメだったからだ。

 こんなところでも私たちはやっぱり姉妹なんだなぁ、もう一度笑う。

 次の行動でベッドから起き上がり、カバンから唯へのプレゼントを取り出す。

 さ。私もプレゼントを渡さないとな。なんてそう思いながら一歩を出した時──。


「…………」


 なんとなしに、私のデスクが目に飛び込む。

 デスクトップパソコン。キーボード。マイク等々の周辺機器。

 朝の強くも優しい光が、それらに覆うホコリを暴いていた。

 配信をしていたその場所が、懐かしいもののように映る。

 刹那、様々な思い出が走馬灯のように頭を巡り出した。


 私がVtuberを始めた日。

 初めて高評価が得られた日。

 初めて登録者が得られた日。

 初めてファンができた日。

 百合営業をするようになった日。


 確かにそれらは、大切で、素敵な思い出の数々で。

 だから。これからも、きたる日まで大切に保管しておこうと決意する。


 私は向き直り、リビングに向かう。

 私の二歩目は、一歩目よりも遥かに軽やかだった。


「唯、おはよう。これ、プレゼントだよ」


 さよなら侑杏、葵。

 そしてただいまの、その日まで。

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