表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/43

2-6 義妹の葛藤

     ◇


 レティシャを見えないところへやり、男爵や夫人から幾度も説得されたが、ミーアは頑として首肯しない。

「いまは彼女のケアを優先してください。私のことをご心配くださるなら、周りが落ち着いてからでも十分ですので」

 無理でも気遣いでもない、ミーアの純粋な本音だった。

 後悔からか、両親が表情を歪ませているのは申し訳なく思うが、レティシャへの気配りが足りなかった、そのペナルティだと思っていただこう。


 とはいえ男爵家としても、わざわざ養子に迎えた娘を、普通の使用人と同じように扱えるわけもない。

 令嬢としての私室、家具もぬかりなく用意されており、さらには自分につく予定だったという、侍女もあてがわれることとなった。


     …


「お初にお目にかかります、ミーアお嬢さま。本日よりお嬢さまのお世話と――その、指導担当を仰せつかりました、サラと申します」

 ブラウンヘアをボブカットにした、落ち着いた雰囲気の少女である。

 見た感じ、年のころは高校生くらいだろうか。

 ミーアも精神的には成人に近いはずだが、幼年期を過ごしても社会経験が増えないためか、さほど精神的な成長の自覚がない。

 目の前のサラとは、同い年くらいの感覚で、親近感がわいた。


「これはご丁寧に。いたらぬ点が多かろうとは思いますが、どうぞ遠慮のないご指導を……よろしくお願いいたします、サラさん」

「お呼び捨ていただいて結構でございます、お嬢さま」

 硬い物言いは、緊張からくるものだろうか。

 先の玄関ホールで、ミーアがあんな発言をしたのだから、無理もない。

 破天荒な、扱いにくい令嬢だと思われていそうだ。


「では、お言葉に甘えまして……よろしくお願いします、サラ」

 手遅れかもしれないが、なるべく妙な印象を与えないようにと、できうるかぎりの笑みを浮かべておく。

 それが功を奏したかはわからないが、軽く息を吐いた彼女は、先ほどよりも少し力が抜けた様子だった。


「ところで――本当によろしいのですか、お嬢さま?」

 なにをと問い返すまでもない、ミーアの立場のことだろう。

「ええ、二言はありません。レティシャ――お嬢さまには、もっと両親と触れ合う時間が必要でしょうから。それに私も、手に職をつけておきたいですし」

「……変わっていらっしゃいますね、ミーアお嬢さまは」

 どう扱ったものだろうか――という、彼女の戸惑いが見てとれた。


 たしかに、普通の令嬢ならありえない振舞い、やや俗な考え方だろう。

 しかし平民上がりのミーアにしてみれば、なんらかの技術をもって安定した職に就くのは、いたって普通の考え方だ。

 できうることなら剣技のほうで、職を探したいところではあるが。


 ミーアがそんなことを考えているうちに、サラのほうでは、教育プランを考えてくれていたらしい。

 内情がどうあれ、ミーアの立場の半分は、令嬢としてのものだ。

 そちらの勉強もおろそかにせず、空き時間でサラに付き合い、仕事を教えてもらうことになる。

「本日の私の仕事は、お嬢さまのお世話となっておりますので。まずはお荷物の整理と、今後のために採寸をさせていただきます。どうぞ、ご協力のほどを」

「あ、はい……よろしくお願いします」

 戸惑ってはいたようだが、彼女は案外、こうした指導が好きなタイプなのかもしれない。


 そんな彼女とともに、荷ほどきをするが、それほど多い荷物ではない。

 実家で普段着としていた服を2、3着ほど、風呂敷に包んできただけだ。

 それらも動きやすさを重視した、トレーニングウェアとしての役割が強いため、屋敷内で着るには不相応だろう。


「……お嬢さまは、少女的な服はあまり好まれないのですか?」

「そ、そういうわけではありませんが……」

 現に、いま着ている服は少女らしい白のワンピースだったりする。

 もちろん、そういった服はこれしかないのだが。

「日頃から剣を振っていると、どうしてもこのように偏ってしまうのです」

「なるほど、剣を――えっ、振る?」

 彼女の反応はもっともだ。

 これです、とミーアが木刀を見せると、さすがの彼女も絶句する。

 平和な農村で、どうして木刀なんて振ってたの――とでも言いたげだ。


「……伯爵領は平和な土地と聞いておりますが、なぜ剣を?」

 まさか、本当に聞かれてしまうとは。

「鍛錬と、修行のためで……しいて言うなら、趣味でしょうか」

「趣味っ!?」

 言葉選びを間違ったかもしれない、サラはあきらかに引いている。

 ミーアは反省しつつ、ごまかすようにコホンと咳払いをした。


「と、とはいえもちろん、この木刀で人を打ったことは、まだありませんので」

 どうぞご安心を――と言ったつもりなのだが、彼女の視線は語っている。

 なにに安心すればいいのですか、と。

「……なにに安心しろとおっしゃるのですか、お嬢さま」

 またしても、本当に言われてしまった。

 頭を抱えてうなる彼女は、心の声がもれやすいタイプなのかもしれない。


     …


 荷物整理を終え、ついでに普段使い用のシンプルなドレスと、サラが着ているようなお仕着せの作業着――いわゆるメイド服の手配を頼んでおく。

 そのための採寸をし、予備のメイド服をミーア用のサイズに仕立てなおしているうちに、気がつくと日は暮れていた。


 そろそろ夕食の時間だな――そう考え、メイド服に着替えたミーアは、ダイニングへ向かう。

 もちろん、食事をするためではない。

 男爵たちからは、せめて夕食くらいは一緒にと申し出られたが、そちらも慣れるまでは控えるべきだと伝えておいた。

 いつか必ず、一緒に食事をしましょうと約束し、今日も含めてしばらくは、メイドとして控えさせてもらうことになる。


     …


「それでね、お母さま! 世話していたお花が、今日やっと咲いたの!」

 食事の間、両親の目を自分に向けさせようとしているのか、レティシャはずっと、これみよがしな態度で二人に話しかけていた。

 両親はそれを笑顔で聞き、楽しそうに応えてはいるのだが、時折、申し訳なさそうな視線がこちらへ向けられていることに、ミーアは気づいている。

(……あまり見ないでいただきたいが、さすがに難しいか)


 男爵にとっては実の娘が、それもようやく養子に迎えたばかりという子が、家族団らんの席からはずされているのだ。

 それは夫人にとっても気がかりで、二人が心配するのはやむをえない。

 とはいえ、そういった反応こそが、レティシャをより神経質にさせ、ミーアへの憎さを助長しかねないのだが――。


「あっ――いけない、落としちゃったわ」

 そんなことを考えていると、不意にレティシャがそう口にする。

 見れば、握っていたナイフを取り落としたようだ――おそらくわざと。

「そこのメイド、取り替えてもらえるかしら?」

 彼女の視線を追うまでもなく、自分のことだとわかる。

 なんらかの嫌がらせはあると思っていたが、こういった行儀の悪いことは、さすがに感心できない。


(……とはいえ、私が口にだすわけにはいかないな)

 姉として注意できるならともかく、いまは従者の立場だ。

 こういった際に躾けるのは両親か、あるいは乳母というところだろう。

「お嬢さ――ミーアさん、私が」

「いえ、大丈夫です」

 サラがとっさにかばってくれようとするが、ミーアはそれを制する。


「失礼いたします、お嬢さま」

 足元にひざまずき、テーブルの下にころがったナイフを拾うと、頭上から愉快そうな笑い声が聞こえた。

「ふふん、早く取り替えてきてちょうだい」

 言われるがまま厨房へ向かい、新しいナイフと交換する。

 その背後では、さすがに見とがめたのか、夫人の叱責が響いていた。


「レティ、失敗するのは仕方がないけれど、それを悪びれないのはよくないことだわ。ましてやテーブルマナーは、貴族として重んじるべき礼儀なのよ」

 あのように偉ぶるより、恥じるべきこと――。

 そう言い含めたあたりでミーアは戻り、レティシャの手元に食器を置いた。

「お待たせいたしました、お嬢さま」

「っ……ふ、ふんっ、遅いのよっ」

 忌々しそうにミーアを睨み、ナイフを引ったくるようにつかむレティシャ。

 それを見た夫人は、さらに目を吊り上げた。


「レティ! 使用人に対して、そのように偉ぶってはだめ! 彼女たちは雇われてくれているだけで、所有物などではないのよ!」

「……そのとおりだよ、レティ。私たちが快適に暮らせるのは、皆がそのように働いてくれるからだ。いつでも、感謝の気持ちを忘れてはいけないんだよ」

 夫人の荒らげた声に、ビクリと身をすくめたレティシャを、男爵がやさしく、けれど厳しい言葉で諌める。

「……はい」

 なにかを言いたそうにしながらも、レティシャは顔をうつむかせ、キュッと唇を結んだ。


 彼女自身、きっとわかっているのだろう。

 これまでメイドに対してはきっと、ミーアに向けたような態度は取っていない。

 それが間違ったおこないであると、幼くも聡明な彼女はわかっているからだ。

(たしかに、わざと食器を落としたのはいただけないが、それでも――)

 ミーアという、よそからやってきた義姉に対しての反発はあれど、彼女はけして、小さな暴君などではない。

 彼女の態度がそれを感じさせるからこそ、ミーアはレティシャを嫌いになれない――どころではなく、愛らしく思えるのだ。


 また――その一方でミーアは両親に対しても、感心や見直したという言い方は失礼だが、見くびるような印象を抱いていたことを自覚し、反省する。

 先の注意だけを見ても、彼女を甘やかすだけでなく厳しくも接し、立派な淑女に育てようとしていた。

 そもそも叱るというのは、とても疲れる、多大な労力をともなう行為である。

 二人の言葉は、その疲れる行為を何度も繰り返してきた、経験から紡がれた言葉だった。

 けして娘の、よい子たらんとする姿ばかりを見てきたわけではない。

 たしかに触れ合いは少なかったかもしれないが、それでも二人は、まぎれもなくレティシャの両親だった。


(お父さまたちには、あとで謝らなくてはな……私のような若輩者が、なにを口はばったいことを……)

 親どころか姉になったこともない、人生経験も年齢も劣っている自分が、上から目線で育児を語ったことが、恥ずかしくてならない。

 身を焦がすような羞恥に焼かれながら、食器を渡したミーアは一礼し、また先ほどのように壁際に下がって待機する。


 両親から目を向けられても、もう気にはならなかった。

 二人がどれだけレティシャを見ており、愛しているかを知ってたいまでは、その視線が申し訳なさではなく、ミーアへの慈しみだと理解できるから。

 それで義妹が不快感を覚えることに後悔はあるが、事態を招いたのは自分なのだから、なんとか責任を取らせてもらうしかない。

 彼女がストレス発散したいのであれば、あとでいくらでも受けとめよう。


 ミーアがそんな覚悟を決めているうちに、レティシャは食事を終えていた。

 先ほどの叱責がこたえたのだろうか、終えたというより、途中で切り上げたというような状態に見える。

「……ごめんなさい、食欲が。お部屋に戻ります」

 去り際にミーアを睨みつけはしたものの、彼女はしょんぼりと肩を落とした様子で、侍女をともない、部屋に戻ってしまった。

 だがそれは、両親からの叱責で気分を害したということではない。


「……ずいぶんと反省していらっしゃいましたね、お嬢さまは」

「そうね。少し時間を置いたら、私が話しに行っておくわ」

 ミーアが指摘するまでもなく、やはり夫人は娘の機微に気づいていた。

 そのことに安堵するとともに、自分がここにいることのいびつさも感じる。

 彼女を不安定にしているのは、間違いなく自分の存在なのだから。


 ミーアがくるまでは、メイドたちにも愛される令嬢だったレティシャ。

 それがいまや、周囲もどう扱えばいいのかと、距離感をつかめずにいる。

(私はいっそ、距離を置くべきか? だが、逆効果になる可能性もある――)

 色々と考えさせられるが、結局は現状が最適と思われた。


 両親に言っておいてなんだが、ミーア自身、レティシャのことをなにも知らず、妹との接し方すら知らない。

 なればこそ、知ろうとするしかないのだ。

 妹との触れ合いについては知識がなくとも、ミーアは幸いにも、これまで二人の姉から愛されてきたという経験がある。

 塞ぎ込んだときや困ったとき、彼女たちがミーアを、結月を、放っておいたことは一度もなかった。

 うっとうしいくらいに傍にいてくれ、それで自分は救われてきたのだ。

(彼女との正しい関係を作るのは、それからだ――)

 ようやく少し、自分の振舞いの方向性が、見えてきたように思える。


「騒がせたね――ともかく、ミーアにも食事を頼めるかな」

「かしこまりました。お嬢さま、こちらへどうぞ」

 男爵が声をかけると、サラが即座に動き、ミーアを食卓へ導いた。

「あ、あの、ですが――」

「途中からで申し訳ないけど、一緒に食べようじゃないか。私たちはこれから、家族になるんだから――ゆっくりと、だけどね」

「そうよミーア、遠慮なんてしないでちょうだい」


 戸惑いながらも席につくミーアに、両親がそう声をかける。

 さらには、椅子を引いてくれたサラが、そっと耳打ちをした。

「――お嬢さま。これもメイドのお勉強です、学んでくださいますね?」

「う……はい、わかりました」

 そのような言い方をされては、ミーアにはぜひもない。

 素直に給仕を待つことにした娘の姿に、夫人はクスクスと笑う。

「サラはミーアの扱いが上手ね、お姉さんみたいよ」

「おそれいります、奥さま」


 どうやら自分は、またしても新たな姉を手に入れてしまったようだ。

 しかし夫人に言わんとすることは、なんとなくわかる。

 落ち着いた雰囲気に加え、所作にもそつがなく、いかにも姉らしい貫禄を感じさせるのだ。

(そ、そうか……私に足りないのは、こういうところ……)

 メイドとしてだけでなく、姉としても、彼女から学ぶところは多そうだ。


 そんなことを考えながらの会食――もとい団らんは和やかに進み、張りつめていた気持ちが少し緩んだのを、ミーアは感じていた。

 その途中で話がおよび、趣味について語ったところで、死角に立つサラが思わず頭を抱えたことには、まるで気づかなかったが。


     …


「――お嬢さまが、普通のご令嬢とは違う、ということはよくわかりました」

 令嬢への、入浴中の世話の仕方を教わった――つまり、お風呂を手伝ってもらったところで、サラからそんな言葉をかけられる。

「まぁ、それは……元平民ですからね」

「失礼しました。普通の平民、普通の少女と異なる感覚をお持ちだということは、よくわかりました」

 怒られているわけではないと思うが、褒められてもいないことはわかった。


「やはり、おかしいでしょうか?」

「おかしいですが――私は好ましく思っております、どちらかというと」

 うむ、やはり褒められてはいない。

 髪を丁寧に拭かれながら、そんなことを思う。


「とりあえず、ひととおりの手順はこれで終わりますが――お嬢さま、本当によろしいのですか?」

「はい。せっかく習ったことですから、明日には復習しておきたいので」

 先ほどの埋め合わせもあって、夫人が話をしに行っていたこともあり、レティシャの入浴タイミングが読めず、今日のところは見送っている。

 それを明日、彼女の侍女に付き合う形で、手伝わせてもらおうということだ。


「……本当に、お嬢さまは変わっていらっしゃいます」

 その声はやわらかく、どこか気遣うような調子があった。

「それでは、ライラ――レティシャお嬢さまの侍女にも、そのように伝えておきますので。お困りの際は、私か彼女にお伝えください」

「ありがとうございます。本当に困ったときは、頼らせていただきます」

 少なくとも、レティシャの振舞いに困ることはない――。

 言外に伝えるミーアの言葉に、サラは小さく息をもらす。


 お嬢さまが大人びすぎているせいで、逆に心配になってしまいます――と。

 今後、最も苦労することになるであろう人

 同時に、最も幸せな人になるかもしれない

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ