2-2 男爵の手紙
◇
さて、どうしたものか――。
父はまだ不機嫌なままで、母は懸命になだめている。
事情がわからないからか、ネリスはそこに触れず、店番をしている状況。
つまり――姉と共用の部屋で、ミーアはひとりきりだ。
「……あの調子では、破り捨てられる可能性もあるからな」
やむなくミーアは封筒を開き、先に中をあらためることにする。
結論から言うと、少し衝撃的な事実ではあったが、ミーアとしては納得できる内容ではあった。
(なるほど、だから私の髪と目は……)
父母の髪と瞳を組み合わせれば、きっとネリスのような子になるだろう。
だが、ミーアの黒髪やダークブラウンの瞳は、その二人からは生まれない。
だからといって、二人や姉からの愛情を疑ったことはなく、それを気に留めたことはなかったのだが――。
ミーアの本当の父親が男爵であり、娘として引き取りたいと申し出ている――というこの手紙は、おそらく真実なのだろうと理解できた。
…
手紙を読み進めていくと、男爵の人となりや、どうしてこのような境遇になったのか、という経緯にも触れられている。
現在の男爵――ミーアの実父は元商人であり、爵位はざっくりと言えば、金で買った形になるらしい。
しかし、それだけの資金を手にできるほどの商会を築くまで、彼にも並々ならぬ苦労があったようだ。
事の起こりは十年と少し前、つまりミーアが生まれるより前になる。
そのころから商人として活動していた実父は、手がけていた仕事に失敗し、商売が立ちいかなくなった。
当時から仕えていたというあの老紳士と実父は、借金のカタとして、別の商会へ身を寄せることが決まる。
ようするに無給の丁稚、下働きとして奉公することになったのだ。
そのときに妻を巻き込まないよう、なけなしの現金を渡し、別の場所で身を隠すよう言い含めたのだという。
けれど彼女は、当時すでに身ごもっていた。
町から離れ、この村にやってきたものの、心身が疲弊した状態での出産に耐えられず、子を産んですぐ亡くなったらしい。
その子は友人であるパン屋夫妻に引き取られ、十年もの間、娘として育てられた――それがミーアだ。
そんなある日、男爵になった実父は偶然にもミーアを目撃し、すぐさま自分たちの子だと気づいたという。
夫妻には感謝しているし、申し訳なく思うが、どうしても妻の子と一緒に暮らすという夢をあきらめられない。
養育費や謝礼については、もちろん手厚くさせてもらう。
ですからどうか、ミーアを引き取らせていただきたい――。
手紙はそう、締めくくられていた。
…
(なるほど……おおよその事情は、これで把握できたな)
当事者視点であれば、たしかに身勝手なものだと思われる。
父のあの怒りも、当然のことだ。
だが客観的に見れば、実父は困窮した状況にあり、借金取りにも追われていたことを想像すれば、妻だけを逃がしたのもやむをえない措置といえる。
なけなしの現金を渡したことも、それが事実ならば、示せるだけの誠意を示したと見てもよい。
それに、自分にはなんの付加価値もないのだから、そんなミーアを引き取りたいと思ってくれることは、純粋な親心なのだろう。
父はあのように怒ったが、男爵はきっと、悪い人ではない――。
それを思えば、男爵家にもらわれるという選択肢も、考慮の余地があった。
本音を言えばこのまま暮らしたいが、自分が家を出れば支出が減り、謝礼までもらえる。
ここまで育ててもらった恩返し――というわけではないが、それで家族の暮らしが楽になるというなら、ぜひそうさせてもらいたい。
もちろん反対されるとは思うが、なにも男爵家から、二度と帰してもらえないわけではないのだ。
何度か里帰りできる交渉さえできれば、いわば男爵家に奉公に出ているものと捉えられ、納得してもらえるのではないか。
(男爵家で、本当にこころよく迎えてもらえるなら――という、結論ありきの考えではあるがな)
それでもミーアは、悪い考えではないと思っていた。
こういった話でよくある展開としては、男爵家には意地悪な姉や継母がおり、彼女たちから下働きのようにこき使われるというものがある。
だが、奉公に出るつもりでいるミーアにしてみれば、それこそ望むところだ。
逆にそうした知識や技術を得られれば、どこかの家に使用人として雇われ、自立することも可能である。
(これは――悪くないどころか、じつは名案なのでは?)
思い立ったが吉日とばかり、ミーアは立ち上がると、すぐに階下へ向かった。
少しばかり機嫌がなおってきた父と、その態度にホッとしていた母に声をかけ、最敬礼にて頭を下げる。
「父さん、母さん。これまでお世話になりました――私は明日より、男爵家でお世話になることといたします」
その瞬間、父の怒鳴り声と母の嘆きの叫びが、店の外まで届くほどの大声で響きわたった――。