7.5-7 来年も、また次の年も
◇
ゆっくりと眠っている妹のため、朝のパン作りを手伝い、焼きたてパンでの朝食を済ませ――。
弟子たちに鍛錬の指導をしたのち、日が高くなる前にと、いとまを告げる。
『また来年――帰ってくるころには、父さんとお父さまが、少しでも仲良くなっていればよいのですが』
そんなミーアの言葉に、父が苦虫を噛みつぶしたような顔で、努力はすると答えたのが印象的だった。
…
そうして帰路についた馬車の中で、ミーアに頭を預けるレティシャは、まだ少し眠たそうにしている。
「……男爵領までは、まだ遠い。休憩の時間には起こすから、それまで眠っていてもかまわないぞ」
「ありがとうございます、お姉さま。でも、まだ大丈夫です」
そう答えるレティシャだが、やはりミーアに頭を――もとい、身体まで預けた状態で、寝入ろうとするような体勢だ。
とはいえ、彼女がそう言うなら、無理に寝かしつける必要もない。
もう少し話していたいのだろうと考え、なるべく寝やすいようにと肩を抱き、囁くように話を続ける。
「――二泊三日とはいえ、少し慌ただしかったからな。疲れたろう?」
「それは少し……ですけど、心地よい疲れかと。お姉さまのご家族も、村の方たちも親切にしてくださって……とっても楽しかったですから」
「……そうか。それならよかったよ、連れてきたかいもあった」
馬車の揺れから守るように、彼女の頭をそっと支え、やさしく撫でた。
「でも――皆がよくしてくれたのは、レティがいい子だからだ。私は知り合いに妹自慢ができて、この上なく幸せだよ」
「わ、私も……お姉さまの妹だと、多くの方に知っていただけて――もう、天にも昇るような心地ですっ……」
それはさすがに、言いすぎではなかろうか――。
そんな風に思いはするものの、彼女の表情は実際、心から満足している様子だったため、無粋な言葉はしまっておく。
「来年以降は、ひとりで帰ることになるかと思うと、少し寂しいな……」
「でしたら、お姉さまっ!」
今年、レティシャが同行したのはあくまで、彼女を安心させるためだ。
そのイレギュラーをずっと続けるわけにもいかないと、自分に言い聞かせるように口にしたところで、間髪を入れずに彼女がそう声を上げた。
「来年からもぜひ、お供させてくださいませっ! お姉さまのご家族も、そのように言っておられましたし!」
たしかに――思い返してみれば、父も母も、さらには姉も。
来年以降も、レティシャが同行するという前提のもと、別れの挨拶を口にしていたように思う。
そこを察したのか、それとも村をよほど気に入ったのか――あるいは。
「ふむ……私としては、レティが望むなら断る理由はないよ」
「あ――ありがとうございますっ!」
うぬぼれでなければ、自分との旅を楽しみにしてくれている、という解釈でいいはずだ。
そんなミーアの返事に、妹の声も明るくはずむ。
「来年は私も、パン作りをしてみたいです、お姉さま」
「うん、父さんに話してみよう。私も手伝うよ」
「お姉さまとの共同作業……はいっ、ぜひ!」
次回からは収穫シーズンを避ける予定だから、今朝のように、疲れから熟睡してしまい、朝が遅くなることもないだろう。
「ネリスお義姉さまには、刺繍をお教えする約束もしましたから……三人でおしゃべりしながら、ひとつの作品を仕上げるというのはいかがでしょう?」
「う、うーん……私は、皆の鍛錬もあるから……どうだろう」
「そちらはハインに任せて、私たちとご一緒してくださいませ❤」
「そ、そうだな……じゃあ、そうしようか……」
いつになく押しの強い妹に屈し、針を握る覚悟を決めるほかなかった。
ミーアとの互角稽古を見せたせいか、村の少年たちはハインを尊敬するようになっており、自分で指導するより、彼らの士気も上がりそうではある。
はなはだ、不本意なことではあるが。
(まぁ、そもそも私は師範代ですらないのだから、勝手な指導も許されていないわけで――それはそれとして、帰ったらハインとは本気で稽古するとしよう)
そんな物騒なことを考えていると、腕の中のレティシャが不意に脱力する。
「――っと、レティ?」
「それから……それ、からぁ……んぅ……」
「……おやすみ、レティ」
どうやら、来年の約束を取りつけたことで、安心してしまったようだ。
頭を傾け、スヤスヤと寝息を立てる彼女の身体を、自分に預けさせる。
「……私たちも少しは、姉妹らしくなってきたかな?」
空いた手でひざ掛けをかけてやりながら、思わずそんなつぶやきがもれた。
男爵家に入ろうと決めた当時は、ここまでの平穏を迎えることになるとは、さすがに想像もしていない。
人生とはわからないものだ――そんなことを思いつつ、ミーアも目を閉じる。
あとは、この平穏な日常がいつまでも続いてくれて、将来はどこか、よい働き口でも見つけられたなら最高だ。
そんなことを思っているうち、馬車の揺れに眠気を誘われ、ミーアの意識も次第に、まどろみへと落ちていく。
やがて訪れる学園生活。
それが、自身の日常に大きな変革をもたらすことなど、知るよしもなく――。
不穏ですが、待っているのはたぶん百合展開




