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7.5-5 収穫

     ◇


 レティシャの様子次第では、滞在を一泊だけにし、その際にはミーアだけが生家に泊まろうと考えていたのだが、その必要はなさそうだった。

 これにて無事、今回の滞在は二泊三日となるわけだが、すぐに二人そろって生家に泊めてもらうわけにはいかない。


 もちろん両親は夕食の際、ぜひそうしろと誘ってくれたのだが、明日はお世話になるからと約束し、その日は伯爵家の宿舎を利用することにした。

 そうした理由のひとつは、お風呂だ。


 連泊によって、水や燃料の負担をかけまいとしたのもそうだが、まずはレティシャに、村での入浴に慣れてもらっておこうと考えたのである。

 それを教える際、ライラはもちろん、サラやミーアまで加わり、大変な騒動になったのだが――レティシャはすぐに、やり方を理解してくれた。


 もっとも、事前学習が必須だったかといえば、必ずしもそうではない。

 費用の問題についても、あとから男爵家で補填するなりすれば、いくらでも対応できただろう。


 宿舎で入浴を済ませ、また実家へ向かい、泊まらせてもらう方法もある。

 夏場が暑い地域ではあるものの、夜になればその熱気は薄れ、非常に過ごしやすくなるのが特徴だ。

 残暑も過ぎようというこの季節ならなおのこと、夜間に少し歩いたくらいで、入浴が無駄になるほど汗をかいたりもしない。


 ではなぜ、熱烈な誘いを遠慮してまで、初日は宿舎を利用したか――。

 その理由は、翌日の予定に関係していた。


     …


「――まったく、ミーアは言いだしたら聞かないんだから」

「申し訳ありません。ですが、レティに経験させてやりたかったもので」


 そんな風に謝りつつ、ミーアは畑の畝にしゃがみ、野菜を収穫していく。

 朝から数時間という収穫作業ではあるが、しっかりと休憩を挟みさえすれば、さほど苦になることはない。

 そうして順調に作業を進めるミーアから、少し離れたところで、慎重にイモを引き抜いたレティシャが、うれしそうに顔を上げた。


「あ――お姉さまっ、取れましたっ! いかがでしょうっ!」

「うん? ああ――立派に育っているな。その調子で、残りも頼むよ」

「はいっ、お任せくださいっ♪」


 麦わら帽子をかぶり、畑にしゃがみこんで、生い茂る緑の中に手を突っ込む令嬢の姿を、彼女の侍女はハラハラと見守っていた。

 そんなライラには申し訳なく思いつつも、やはり収穫の経験をさせたのは、正解だったと感じている。


 ミーアが経験してきた、村での暮らしを感じてもらうこと。

 いつも食している食べ物が、どのように得られているかを知ること。

 ともに作業し、レティシャのことを村の皆にもよく知ってもらうこと。


 彼女も笑顔で、周囲がそれを微笑ましく見守っている状況からも、狙いは成功したと見ていいだろう。

 朝早くからの収穫に参加すべく、前夜に夜更かししてしまわないよう、実家に泊まるのを避けたかいはあったというものだ。


「――妹をダシにしてるけど、本当はミーアが手伝いたかっただけでしょ?」

「めっそうもありません。あの子の感性を磨くため、申し訳なく思いながらも、収穫に参加させていただいた次第です」


 隣で作業する姉の言葉に、すぐそう返しはするが、建前が通じたかどうか。

 妹の成長を願うのは事実だが、そこに収穫作業が加わったのは偶然であり、また未必の故意でもある。

 この時期が収穫シーズンであることは、当然ミーアにはわかっていた。

 そのタイミングで帰省すれば、高確率で作業に加われるであろうことも。


 自分の勝手――と言っては、きっと怒られるとは思うが。

 そうして家を離れたことで、すぐに家族の負担が増えるようなことには、なってもらいたくなかった。

 もっとも、こうして見れば、そんなものは杞憂だったとわかる。

 担当区画には、いくつもの家が参加する形が取られており、ミーアひとりがいようといまいと、さして苦労は変わらない。


(無理に参加してしまったせいで、逆に連携が乱れているかもしれないな――)

「……あのねぇ、ミーア?」

 そんなことを考えていると、腰を伸ばすために立ち上がっていたネリスが、困ったような顔でこちらを見下ろしている。


 もちろんそれは、ミーアのことが迷惑だったというのではなく――粗忽な妹の悩みを、どう解決してやろうかと苦慮しているような。

 そんな、やさしい表情だった。


「ミーアのお手伝いはね、もちろんうれしいんだよ」

「姉さん……はい」

「でもね――誰かがいないことなんて、それこそ病気とかケガなんかで、いつだって起こるんだから。それくらいの調整は、村の中で計画できてるの」


 姉の苦言は、とてもわかりやすいものだ。

 わざわざ収穫期にやってこないで、もっとゆっくりできる時期に、労働力としてではなく、村の子として帰省してこい――ということ。


「レティシャのことがあるから、今回は大目に見るけど……ミーアはもっと、村のみんなを信じてあげなさい」

「はい……すみません。私などが、気を遣う必要はありませんでした」

「んんっ……えっとね、そういうことじゃなくて――」


 またなにか、姉の意図を汲めなかっただろうか。

 そんなミーアに、遠回しに言っては通じなかろうと、ネリスはあきらめた様子で傍に近づき、そっと囁いた。


「――みんな、ミーアのことはずっと気にしてたんだよ。心配もしてたし、いつ会えるのかなって楽しみにしてたの」

 正直なところ、その発想はなかった。

 思わず目を見開いたミーアに、いたずらが成功したような笑みを浮かべ、ネリスの手がポンポンと背中を撫でる。


「レティシャに経験させてあげるのもいいけど、ミーアこそ……この村にいるときは、あのころみたいに過ごしてよね。村のみんなと一緒に、ね?」


 目から鱗とは、このことだろうか。

 自分を、村の一員として見ていなかった自身の視点に気づき、ミーアはその不覚を恥じる。

 パン屋の娘として、子供たちの友人として、村の子供として――。

 多くの人に愛され、かわいがられていたことを、いまさらながらに思いだした。


「……本当に、そのとおりです。私は、私を見失っていたようですね」

「なんだか難しいこと言うわねぇ、相変わらず」

 ミーアの持って回った物言いに、ネリスは苦笑する。


「今年はもういいから、しっかり手伝っていってちょうだい。それで来年からは、遊びにくる気分で帰っておいでよ。みんな待ってるからね」

「はい……ありがとうございます、姉さん」


 本当に、素敵な――すばらしい姉だ。

 レティシャに対して自分は、このような姉でいられるだろうか。


「――お姉さまっ! ご覧になってくださいっ!」

 考えていた矢先、妹の声にハッとさせられ、そちらに目を向ける。

 彼女が両手で掲げるカゴには、こんもりとイモが積まれていた。

 うれしそうなレティシャの笑顔と、元気な振舞いを、やはり周囲の温かな笑顔が見守っている。


 その反応が、ミーアの妹に対してのものなら――。

 自分がレティシャの姉として、恥じない姿を見せられている結果ならば。

 少しは、姉として胸を張れるかもしれない。


「……うん、がんばってくれたな。ありがとう、レティ」

「はいっ! お姉さまのほうは、まだお済みではありませんか?」

「ああ、見てのとおりだよ」


 駆け寄ってきた彼女をねぎらいつつ、自身の任された長い畝を示すと、レティシャは心得たとばかりにうなずく。

「でしたらぜひ、私にお手伝いさせてくださいませっ」

「――そうだな。すまないが、少し頼めるか?」


 いつもなら遠慮していたであろう申し出だが、反射的にうなずいていた。

(私のように、気遣いからではない――素直な、心からの言葉だ)

 ただ純粋に手伝いたい、役に立ちたいと思ってくれている。

 そんな妹のやさしさが誇らしいのは、姉としての感情だろうか。


「……姉さん」

「んー?」

「……妹とは、よいものですね」

「ふふっ、なぁに?」


 レティシャを見ていると、自分の世界が広がり、心が豊かになっていくようだ。

 そんな万感の思いをつぶやくミーアを、姉がクスクスと笑う。


「自分はすごいんだぞーって、お姉ちゃんにアピールしてる?」

「そうではなくてですねっ!」

「あははっ、わかってるって」

 作業を続けながら、彼女が少し身体を傾け、身を寄せた。


「――私も、ミーアが妹でいてくれてうれしいよ」

「……ありがとうございます、姉さん」

「帰ってくるの、ずっと楽しみにしてたんだからね?」

「はい――毎年、必ず帰ってきますので」


 自分でも、男爵家に行く前に考えていたことだ。

 奉公に出ている気持ちでいて、また帰ってくればいいと。

 どちらか一方だけが、自分の家、自分の故郷ではない。

 両方を愛し、大事にすればいい――それができる自分は、なんて幸せなのか。


 この生で得られたこの縁を、いつまでも大切にしていきたい――。

 ミーアは改めて、そう胸に刻むのだった。


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