7-7 新しい家族
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そうして療養を終え――残った数日の余暇を楽しんだミーアは、家族とともに避暑地をあとにする。
待ち受けるのが猛暑の男爵領だと思うと、この高原が名残惜しくもあるが、やがてはここも猛暑に呑まれるのだ。
爽やかな思い出を抱き、またここで過ごす日を楽しみにしながら、慣れ親しんだ地で暮らすのが粋というものだろう。
長距離の移動を経て、帰りついた男爵領はたしかに猛暑ではあったが、さほど気にならなかったのは、それまでと心持ちが違ったからかもしれない。
その変化についてはきっと、屋敷の使用人たちのほうが、より強烈に感じたはずだ。
「お姉さまっ! お荷物をほどくのを、手伝わせてくださいっ!」
別荘から帰る道中も、馬車の中でミーアにべったりだったレティシャは、もちろん屋敷に帰ってからも、その態度を変えることはない。
自室に荷物を置いた彼女は、すぐさまミーアの私室を訪ね、なぜかサラと押し合う形でミーアの荷物を開こうとしたりしていた。
「……自分の荷物はどうしたんだ?」
「ライラがほどいてくれていますっ」
「そうか……うん、そういうものだな……」
現代日本であれば、ミーアは姉としてレティシャを叱るべきかもしれないが、ここでは彼女のほうが正しい。
サラがレティシャを押しのけてでも、ミーアの荷物を自身の手でほどこうとするのは、そこに使用人としての矜持があるからだ。
ライラもまた、自分の主にそれを一任されていることが誇らしく、レティシャが手伝おうとしたなら、逆に傷ついてしまうだろう。
「……レティシャお嬢さま。お嬢さまのお荷物は、私が責任をもって開き、片づけますので。お手をだされませんよう、お願いいたします」
「だって、無理にでも手伝おうとしないと、お姉さまが私を侍女にしてくださらないものっ」
「……お嬢さまの侍女は私なのですから、当然ではありませんか?」
「私も侍女にしていただきたいのっ、二番目でもいいからっ!」
かように――。
ミーアがお嬢さまとしての生き方に思いを馳せている間も、レティシャはなにかと姉に尽くしたがり、サラの仕事を奪おうと張り切っていた。
バカンスについてこなかった使用人たちは、いったいなにがあったのかと、心配しているようだが、本人はいたって真剣そのものである。
だからこそ、サラの逆鱗を撫でくりまわしているわけだが。
「レ、レティ……それより、庭を案内してもらえないか? ここにきてから、あまり行ったことがないからな……詳しい人間に、色々と教えてもらいたいんだ」
「はいっ、ご一緒させてくださいっ!」
そう声をかけると、レティシャはすぐに、ミーアの腕に抱きついてくる。
サラに謝罪するような視線を向けると、彼女はなんともいえない表情を浮かべつつ、ペコリとお辞儀で見送ってくれた。
なんとかメイドの機嫌を損ねずに済んだと安堵しつつ、奇異の視線を向ける使用人たちにも見送られ、二人は庭へ足を運ぶ。
見知っている花、聞いたことのある花、聞いたこともない花――。
妹の口にするそれらの解説を聞きながら、ミーアが向かっていたのは、出がけに彼女が種を蒔いた一画だ。
「……おや、もう芽が出ているんだな」
「はい。この子は芽立つのが早く、本来なら間引きをしながら、元気な子だけを残すんですけど――」
言いながらレティシャはかがみ込み、まだ小さな芽を、愛おしげに撫でる。
「私のスペースを、もう少し広く取らせていただいて――この子たち全部、立派に咲かせてあげたいと思っているんです」
「そうか……やさしいな、レティは」
隣にかがみ、そう言って彼女の頭をそっと撫でると、うっとりと細められた瞳がミーアを見つめ返した。
「だって、この子たちは――お姉さまが授けてくださった、大事な子ですもの❤」
「…………そ、そうか……うん、ありがとう」
なぜか深く追求してはいけない気がして、そう返すに留めておく。
生まれた命を大切にする彼女の心は、このまま美しく守られなければならない。
(私にはもったいないくらいの、すばらしい妹だ……大事にしなければな)
こうした会話をするのも、いまだけではない。
この先もずっと、彼女とはともに、姉妹として歩んでいけるのだ――。
「レティ――」
「はい」
「……いたらぬ姉だが、これからもよろしく頼むよ」
「もちろんですっ! 私のほうこそ、いたらぬ妹ですが――」
勢いよく立ち上がり、パタパタとスカートをはたいた彼女は、どこで覚えてきたのか、スカートをつまんで膝を折り――。
「末永く、よろしくお願いいたします――私の、大切なお姉さま❤」
そう言って、優雅なカーテシーを披露した。
花を子供に例える、とても美しい手と顔と心をした少女




