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7-5 もう一回言ってみなさい

     ◇


 さて――ミーアとアーネストの初対面も無事に済ませ、親戚一同がようやくそろって休暇を過ごそうかという、その初日ではあるが。

 ミーアがこの調子では、全員がいつものように休暇を楽しめるわけもない。


「――それじゃあ、アーネストもきたことだし、男連中は森にでも出かけていらっしゃい。今年はリュナンも連れて行くといいわ」


 そこへ、容赦なくそんな言葉を浴びせたのは、もちろん伯爵夫人だ。

 たしかに、長男がくれば狩りに行くというのは決定事項ではあったが、男たちも――とりわけ男爵など、その予定は取りやめるつもりだった。


「エイプリルさん、無茶を言わないでくださいっ! ミーアが床に伏せっているというのに、私だけ出かけるわけにもいかないでしょう!」

「そうだぞエイプリル、ハンクの気持ちも考えてやらないか。まぁ――そうなると私も、出かけられんことになるがな」

 男爵の言葉にすかさず追従し、伯爵はその視線を長男へ向ける。


「――というわけで、アーネストよ」

「はい」

「お前はリュナンとともに、私たちに代わって狩りに行くといい。リュナンにとっては初めての狩りになるからな、手ほどきをしてやれ」

「承知しました。ではリュナン、行こうか」

「行くわけないでしょう! 兄さんも初対面とはいえ、もっとミーア従姉さんの気持ちを考えてください!」


 そんな自家の男たちの言葉を聞き、伯爵夫人はこめかみに青筋を浮かべつつ、やさしく瞳を細めた。

「――男衆全員で行ってきなさい、と言ったのよ。むさ苦しい男どもが、家の中でうろうろしていたんじゃ、ミーアだって落ち着かないでしょうからね」

「そういうことよ、ほらあなたも!」

 さらに悲壮な顔をする男爵を、妻が叱りつける。


「ル、ルフィーナ、せめて今日だけでも……ミーアが心配なんだ」

「そう言って、昨日もなにかと部屋を訪ねていたでしょう!」

 男爵夫人の指摘は正しく、男爵は部屋から動けないミーアを何度も見舞い、本や花や飲み物を置いていった。

 もちろん、ずっと部屋にいたレティシャがそれを受け取り、父は入室前にシャットアウトされていたのだが。


「そういうことであれば……私も、見学くらいなら問題ないかと思いますし、狩りに同行させてもらえたりは――」

 ケガによる発熱もおさまり、すでに一日の休養も取った。

 さすがに万全とは言いがたいが、大事を取って寝かされているだけで、周辺の散策ができるくらいには回復している。

 そう思い、おずおずと申し出たものの、即座に鋭い視線が向けられた。


「――よく聞こえなかったわ。もう一度言ってもらえるかしら、ミーア?」

「……いえ、なんでもありません」

 伯母の目はとてもやさしく微笑んでいるが、その奥に剣呑な光が覗いている。

 母がチラリと視線を向けると、レティシャとサラが慌てた様子でベッドに取りすがり、ミーアの身体を押さえつけた。


「いけません、お姉さま! そんなことをされて、悪化でもしたら――」

「レティシャお嬢さまのおっしゃるとおりです。本日のところ――いえ、滞在中はどうか、おとなしく養生なさってください」

「わ、わかりましたから……そんなに押さえつけずとも、逃げたりはしません」

 そう返すものの、窓から脱出した前科のためか、二人の警戒は消えない。

 ミーアは観念したように力を抜き、ヘッドボードに頭を預ける。


「なるほど――ミーアは狩りに興味があったのか」

 狩りの話題が上がったことに、いまの会話で合点がいったようだ。

 アーネストのそんな言葉に、ミーアは肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。

「はい。おてんばなもので、お恥ずかしいかぎりではありますが」

「いや、恥じることはない。武家の傍流ならば、誇るべきことだ」


 彼の言葉が建前でないことは、その真摯なまなざしからも感じられた。

 自分でも、令嬢らしからぬと思っていただけに、アーネストの誠実な言葉は、なによりもミーアの心に響く。

「あ……ありがとうございます、従兄さま」

 頬が熱くなるのを自覚しながら、ミーアはうつむきがちに、そんな囁くような声を響かせた。


「うん――だが、今日のところは安静にしておくといい」

 ベッド脇に彼が膝をつき、大きな手が頭を撫でる。

「今年は無理でも、来年や再来年……狩りの機会は、いくらでもある。帰ったら話を聞かせてあげるから、それで我慢してもらえないか?」

「我慢などと……お気遣い、ありがとうございます」


 年の離れた――とはいえ、精神的には少し年上であるだけの従兄に諭され、さすがにミーアも恥じらいを覚えた。

 もとより、聞き入れられると期待してのお願いではなかったが、あまりに子供じみていたと反省する。

「無事にお戻りになるのを、心待ちにしております――どうか、ご武運を」

「ああ、任せておけ。精のつく獲物を捕ってこよう」


 この時期の良質な獲物といえば、繁殖期を前にたっぷりと栄養補給をしているであろう、牡鹿だろうか。

(いや――牡鹿は、レイクス伯爵家の家紋にもなっていたな)

 林の中でも何度か見かけたが、守り神としての役割もあるのだろう。

 住みわけがされているとすれば、森にいるのはもっと別な動物のはずだ。


(イノシシは、一般に秋から冬が美味とされているが――それはあくまで、脂身の多さや旨さについてだ)

 夏場のそれも、繁殖を終えて痩せた時期を過ぎ、春の終わりから初夏にかけては肉をつけ始めているものもいる。

 あまり太りすぎていないため、ジビエでありながらあっさりとした味わいが楽しめると、そうした評判もあるようだ。


 大型の獣にこだわらず、時期的にあまり肥えていないハトやウサギにしても、実はこちらの世界の料理とは相性がいい。

 血や骨を、フォンやソースの材料にしてしまえることで、味の濃厚さは保たれたまま、くどさもない一品に仕上がってくれる。

 また、付近の実りが充実していることから、そもそも彼らは痩せてすらいない――という可能性もあった。

 猛暑に入れば、動物たちも夏バテ気味になり、食欲は落ちるかもしれないが、この時期の山は涼しいため、彼らもしっかりと栄養を取ることになる。


(さて――従兄さまたちは、なにを獲ってくるのだろうな)

 狩りの成果を楽しみにし、ミーアは頬を緩める。


「お父さまに伯父さま、それにリュナンも、気をつけてくださいね」

 本人からそのように言われては、男たちもこれ以上、駄々をこねて居残るわけにはいかないようだ。

「仕方あるまい――ミーアがそう言ってくれるなら、我々も行くとしようか」

「……いい子で待っているんだよ、ミーア。くれぐれも、安静にね」


 いまだ心配そうな男爵の反応に、ミーアはクスリと笑う。

「ええ、もちろん。レティもいてくれますから、無理はいたしませんし――きっと、できないでしょう」

 かたわらの妹をやさしく撫でると、彼女の表情はふにゃりとほころんだ。


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