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7-4 ドストライク

     ◇


 その日は、熱や痛みがぶり返してはよくないだろうと、医者の処方した薬をもらい、おとなしくベッドで一日を過ごすことになる。

 とはいえ、あくまで大事を取っただけであり、昼ごろには痛みも完全に引いていたため、明日には完治しているだろうと考えていた。


 もちろん――完治したからといって、ここまでの状態になった娘、あるいは姪を好きにさせるほど、夫人たちは甘くないのだが。


     …


 そうして迎えた翌日のこと――。


「はじめまして、ミーア。レイクス家長男の、アーネストだ」


 食堂へ向かうことも許してもらえず、部屋で朝食を済ませてしばらく休んだところで、一同とともに部屋を訪ねてきた男性は、そう挨拶をした。

 実際には前夜に訪れていたそうだが、ミーアやレティシャが眠っていたこともあり、紹介されるのが今日に回ってしまったらしい。


「は――はじめまして、アーネスト……従兄さま。ミーアと申します……このような格好でご挨拶する無礼を、お許しください」

 寝台に座ったまま、服は寝間着のままで男性と対面するのは気恥ずかしいが、先方からすれば自分は10歳の少女に過ぎない。

 赤面しそうになる火照りをごまかしつつ、従兄の姿を観察する。


 線の細いリュナンとは違い、無骨な印象のある、立派な体躯の男性だ。

 広い肩幅に高い背丈、鍛えられた筋肉の隆起は、着衣越しにも感じられる。

 この肉体であればなるほど、多くの武技に長けていたとて、不思議はない。


 リュナンが母親のエイプリルに似ているというなら、こちらは父親のトラルディによく似ている。

 髪色や瞳の色はもちろん、まとっている武人としての雰囲気までが、まさに瓜二つというところ。

 ただ――伯爵はどちらかといえば飄々とした、ユーモラスな性格をしているが、アーネストは聞いていたとおり、非常に真面目そうな印象を受けた。


 無骨な武人といったたたずまいながら、瞳は伯爵によく似てやさしげで、誠実な人柄を感じさせる。

 精神年齢がいまだに17歳なミーアにとって、19歳のアーネストは外見も印象も、ありていに言ってドストライクだった。

(……いや、なにを考えているんだ、私は)


 まだケガと熱のダメージから、回復しきっていないのかもしれない。

 自分は10歳、相手は19歳――その事実を再認識し、よしとうなずく。

 うなずきはするが、気恥ずかしさは増していたため、肩から羽織った薄手のショールを、そっと身体の前面にもかけておいた。


 そんなミーアをジッと見つめていた彼は、やがてフッと唇を緩める。

「父上の言っておられたとおりだ。十年は剣の道を歩んできたような――芯のある、力強い目をしている」

「……ありがとうございます。これからも怠らず、邁進したく思います」

 10歳の、初対面の少女にかけるような言葉とは、とても思えない。

 けれど、外見の愛らしさなどを褒められるよりはよほど、ミーアにとってはうれしい言葉に違いなかった。


「……どうして、そんな言葉で口説けてしまうのかしらね」

「だめよ、ミーア! こんなつまらない男に引っかかるなんて!」

「そ、そのようなつもりはありませんっ! 断じて!」

 両夫人の言葉にハッとして、ミーアが慌てて首を振ると、彼は苦笑する。


「母上、たしかに自分はつまらない男ではありますが……息子に対し、あまりなおっしゃりようではありませんか」

「だったらまず、休暇には初日から参加することね。でなければ、ミーアの隣に立つ権利はあげられないわよ」

「ちょっとエイプリル義姉さん、それは私のセリフよ! 私の娘なんだから!」


 なるほど――今日のからかいのネタは、この方向で行くらしい。

 二人の前で、これほど明確な弱みを見せてしまうとは、なんたる不覚か。


 羞恥やらなにやらで、いたたまれなくなっていると、キャアキャアと盛り上がる二人をよそに、アーネストがベッド脇へ膝をつく。

「母上はいつもこの調子でな……なにか困ったことがあれば、なるべくはっきりと言うほうが、通じるとは思う」

「いえ、そのような。伯母さまには、ここにきてから大変よくしていただいて……困るどころか、感謝することしかありません」


 多少盛ってはいるが、嘘ではないので大丈夫だろう。

 ミーアの言葉を聞いて、伯母はあらーとうれしそうに破顔する。

「そんな風に言ってくれるなんて――さすがね、ミーア! やっぱりこのまま、うちにもらって帰りたいわ……ねぇルフィーナ、アーネストと交換しない?」

「だめですっ!」

 そう声を上げて割り込んでくるのは、かわいいレティだ。


「アーネストお従兄さまより、お姉さまがいいです! 私の大事なお姉さまを、差し上げられません!」

「おっと……大丈夫だよ、レティ。伯母さまの冗談だ」

 ベッドへ飛び乗るようにしがみついてくる妹を支え、頭を撫でる。

 ついぞ触れたことのなかった彼女の髪は、フワフワと綿菓子のような甘いやわらかさを感じさせ、指を通せば絹糸のようにスルリと流れた。


「本当ですか、お姉さま? 私のことがお嫌いになって、伯爵家の養子になったりなどは――」

「しないさ。かわいいレティと離れるなんて、耐えられないよ」

「~~~っ、お姉さまぁっ!」


 うっとりと瞳を細め、抱きついてくる妹を見ているだけで、心が蕩ける。

(あぁ――これはだめだ、かわいすぎる)

 同じ妹だというのに、自分とは雲泥の差だ。

 無骨な自分の性格が恨めしい――こんな愛想のない妹では、自分の姉たちも、甘やかしがいがなかったことだろう。


 そんな姉たちの分まで、甘やかしがいのある妹をかわいがっていると、従兄が感心したように息をもらした。

「レティとも、うまくやれているようで安心した。二人の長所は異なるが……だからこそ、相性がいいのかもしれない」


 ここにいたるまでの紆余曲折を知らなければ、そう見えるのかもしれない。

 だが、それを説明するのも無粋というものだ。

 現状の自分たちが、そうした相性のよい姉妹に見えるというなら、それがなによりの幸いである。


「そのように言っていただけると、姉として自信が持てます」

「ご安心ください、お姉さま。私にとっては、お姉さま以上に素敵な方なんていませんから……いまも、これからも、最高のお姉さまです!」


 そんなレティシャの言葉に、一同は思わず笑いをもらし――ひとり事情を知らぬアーネストだけは、はてと首をかしげるのだった。


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