6-4 お義姉さま
◇
自分が湖に向かっている間に、二人が必要な人員をそろえ、武器とランタンを用意し、ローラーを始めてくれることが理想だ。
そんなことを思いながら、ミーアは夜の草原――そして林を駆け、湖近くまでたどりつく。
室内靴が頑丈で動きやすいものだったため、時間はさほどかからなかった。
ただ、就寝前ということもあり、服装は薄手の寝間着である。
ネグリジェとまでは言わないが、いかにも令嬢が好みそうな、愛らしく華やかな衣装であるため、ヒラヒラとして落ち着かない。
「どこかで襦袢か、浴衣のようなものを用立てるべきかな――うん?」
やがて林道が開けると、月明かりに浮かび上がる湖のきらめきが見えた。
そのほとりには、ミーアと同じように持ちだしたのであろう、ランプの光がチラチラと揺れている。
片目を閉じて慣らしていた暗闇に目をこらすと、その付近でレティシャが、懸命に地面を見まわしていた。
しばらくそうしていた彼女は、やがてふと思い立ったように顔を上げ、桟橋のほうへ走り、ボートを覗き込む。
それから、ややあって――。
「――あっ、あった!」
なにを探していたかはわからないが、目当てのものが見つかったらしい。
頃合いかと見計らい、ミーアは湖に向かってゆっくりと坂を下り、ランプを揺らして彼女に声をかけた。
「――探し物は見つかりましたか、お嬢さま?」
…
誰かに声をかけられるなど、まるで想定していなかったのだろう。
桟橋から戻ってきたところで、ビクリと身を跳ねさせたレティシャだったが、すぐさまミーアの顔に気づき、声を震わせた。
「ぇ――あ、あなたっ……どうしてここにっ……」
「ふふっ……お嬢さまがいなくなれば、見つけるのが私の役目ですから」
そんな風におどけて見せるが、彼女はまともに取り合わず、視線をはずして想像をめぐらせ、小さくため息をもらす。
「わかった、ライラね……じゃあ、お母さまたちにも――」
「――大丈夫、まだ報告はしていないよ。騒ぎになる前に戻れば、ライラに叱られるだけで済むはずだ」
そう言ってミーアは、彼女に手を差し伸べた。
「夜の林は危険だ。なにもなかったからよかったようなものの、きみになにかあれば、皆が悲しむ……さぁ、一緒に帰ろう」
わずかに逡巡するレティシャだったが、言われたことで周囲を意識し、怖くなったのだろう。
おとなしく手を握りかえし、ミーアが歩きだすと、黙って従ってくれた。
「私が先導するから、レティシャは周りを気にせず、またそれをなくさないようにだけ、気をつけておくといい」
湯上がりとはいえ、彼女も寝間着で外出するつもりはなかったらしく、ガウンとケープの中間のような上着を羽織っている。
そのポケット部分にしまったらしく、ランプを持つ手でそこをかばいながら、特に反論もせず、黙々とついてきてくれた。
そうして湖畔を抜け、再び林道に戻ったあたりで、彼女はポツリともらす。
「……リュナンが作ってくれたブローチを、探しにきてたの」
その声は小さかったが、ミーアの耳にははっきりと届いていた。
「……うん」
「ここにきて、林を散歩していたとき……きれいなドングリを見つけたから。宝石みたいって言ったら、それならってリュナンが――」
木片をコインの形に削り、そこにくぼみを作って、ドングリをはめ込んだ――手製のブローチにしてくれたという。
(ほう、器用なことをするじゃないか……)
聞くかぎりでは、非常に手際もよく、レティシャも見惚れていたらしい。
ミーアは短く相槌を打つばかりだったが、彼女の声ははずんでおり、とても楽しそうに思えた。
おそらく、両親にも話していないのだと思うが――その一方で、素敵なプレゼントを自慢したかったに違いない。
「ずっとつけていたいけど、お母さまたちに見せるのももったいなくて。それでこっそり持ち歩いて、眺めてたんだけど――」
そうしてはずんでいた声が、不意にトーンを落とす。
「ボート遊びの途中で、落としちゃってた、みたいで……あんなに、大事にしてたのに……」
おそらく、湖に落ちかけたレティシャを支えたときだろう。
ひどく怯えていた彼女には、落とし物に気づく余裕もなかったはずだ。
あの精神状態では仕方がない――そう慰めたいところだが、彼女が悔やんでいるのは、そこではないように思う。
「……すまないな。帰り際に探していたのを、私が邪魔してしまったのか」
「そっ……そんなこと、ないわ……私が、ちゃんと言えばよかったのに」
意外なほど素直な反応ではあったが、もちろん茶化したりはしない。
ほんの少しだけ手に力を込め、握った手をしっかりと――けれどやわらかく、やさしく包み込んだ。
レティシャは悪くないと、言い聞かせるように。
「……リュナンに、知られたくなかったの。せっかく作ってくれたのに、なくしたなんて知られたら……嫌われるかもしれないって、怖くて――」
だからつい、口をつぐんでしまった――ということらしい。
「そう思うのは自然なことだよ、誰もレティシャを責めはしないさ」
帰ったら叱られるのは間違いないが、それは怒りではなく心配からだ。
そして、騒ぎになる前に帰れば、彼に知られることもない。
彼女が十分に反省するなら、この話はここだけのものとなる。
「……ただ、ライラにはしっかり謝ったほうがいい。お風呂から戻ったらレティシャがいなくなっていて、気が気ではなかっただろうからな」
「うん……そうするわ。でも――」
「でも?」
そこで言葉を切った彼女は、覚悟を決めるように、軽く深呼吸をし――。
「でも――お、おね……お義姉さまも、だわ」
こちらを窺うような口調で、そう口にした。
「――――――えっ」
思わず手を離してしまいそうになり、慌てて力を込めなおす。
「い、いま……」
「っ……お義姉さまも、謝ったほうがいいわ……ここにくることを、サラが許したはずないもの。きっと、勝手に出てきたんでしょう?」
「う……まぁ、そうだが……いや、そのとおりだ」
ライラと同じく、サラも心配はしているだろうが、あのやり方では相当に立腹していてもおかしくない。
自分を諌めてくれと言った矢先にこれでは、信頼も地に落ちていそうだ。
「……私の場合、これまで何度も謝っているからな……さすがにもう、簡単には許してもらえそうにないよ」
「あら、それは大変ですこと」
肩をすくめるミーアを、クスクスと笑ってレティシャがからかう。
そう振る舞えるくらいには、彼女も調子を取り戻してくれたようだ。
そのことに安堵しつつ歩みを進め、林道の終わりも見えてきたころ――。
「――――レティシャ、止まるんだ」
「え……お義姉さま?」
『それ』は、暗がりから這い寄ってきた。




