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6-3 消えた令嬢

     ◇


 それは、その日の夜のこと――。


「――レティシャがいない?」

 湯浴みを済ませ、そろそろ休もうかというころ。

 部屋を訪れたライラの言葉に、ミーアはそう問い返していた。


「湯を浴びられて、先に部屋に戻ると言っておられたのですが……私が部屋に戻りましても、お姿が見えなくて」

「別荘内は――すでに探した、ということですね」

 彼女を探す過程で、最初にミーアの部屋を訪ねるというのはありえない。


「はい……一応、お嬢さまの立ち寄られそうなところは探し、警備の方に見られていないか、それとなく確認したのですが――」

 目撃されていたのは、少なくとも浴室から部屋までの間にとどまっており、使用人宿舎のほうには行っていなかった。

 上階や、大人たちの遊興スペースにも、近づいた様子はないとのこと。


「――このことは、まだお父さまたちには話していませんね?」

「は、はい……ミーアお嬢さまに確認いたしまして、それでも見つからなければ、ご報告に上がるつもりでした」

 それは重畳――あまり話をおおげさにし、騒ぎになっては、彼女が戻ってきたときに困るだろう。


(さて――騒動になる前に、彼女を見つけなければな)

 目撃証言からして、彼女が部屋まで戻ったのは間違いない。

 警備の人間に見とがめられていないなら、玄関にも近づいていないだろう。

 だとするなら、可能性はひとつ――。


「……ここは一階です。あの子は、窓から抜けだしたのでしょうね」

「そんな――いったいなぜ、そのようなっ……」

「目的はわかりかねますが、おそらく湖に用事があったのではないかと」

 それらしい気配は夕方に確認しているし、まず間違いはない。

 あのときに気づき、気の利いた言葉をかけていればと悔やまれるが、反省するのはあとだ。


「す、すぐ旦那さま方にもご報告を――」

「待ってください。騒ぎになれば、あの子も戻りづらくなります……サラ、内密にハインを呼んでください。ライラはアラドを」

 アラドはライラの親戚であり、レティシャの専属護衛を務めている。

 ほどなくして呼び寄せられた二人は、話を聞いてはじかれたように飛びだそうとしたが、ミーアはそれを制止した。


「なぜですミーアお嬢さま、事は一刻を争います」

「気持ちはわかります、アラド。だからこそ、落ち着いてください」

 ミーアはまず、口の堅い護衛数名に声をかけるよう、二人に指示をする。

 総勢で四、五人ほどもいれば、十分だろうか。

 というより、あまりに多くなってしまうと、警備に不審がられてしまう。


「あなた方は夜の納涼に向かうふりをして、湖までの道のりを探してください。目の届く範囲で横に並び、見落とさないことを優先するように」

 レティシャが方向を誤っていないかぎり、道中で手間取っているようなら、そのローラー作戦で見つけられるはずだ。

 明かりを忘れないことと、大声で呼びかけないことは厳命しておく。


「ミーアお嬢さま、私もまいりたく――」

「いえ、私の見当違いという可能性もありますので、サラとライラは残ってください。私たちがいないことを気づかれないよう、偽装もお願いしたいですし」

 言いながらミーアは、さりげなく木刀を手にし、窓際へ近づいていた。

 当然、サラはその言葉を、鋭く聞きとがめる。


「私『たち』がいないこと――とはどういう意味でしょう、お嬢さま?」

「……ひと足早く、湖へ確認に向かう者が必要でしょう」

 湖までの道のりは、広範囲とは言いがたいが、少なくとも狭くはない。

 大人の視界で見渡し、見落としがないよう万全を期する必要はある。

 その数を減らすのでは、道中でのミスを誘発しかねない。


 ゆえに、ローラー作戦に加わらない誰かを、先行させる必要がある。

 戦える上に小柄で、警備の目に留まりにくい人物が理想だ。

「それは詭弁ですっ、お嬢さまっ!」

「騒ぎにしないためには必要なことです。じきにハインたちも追いついてくれますから、そう無茶なことでもありません」

 とはいえ――夜の林に向かうのだから、危険には違いないが。


「それこそ、動員する数を増やせばよいだけでしょう!」

「……その意見はもっともですが、時間がありません」

 こうして問答している時間も惜しく、ミーアは窓枠に身を乗りだした。


「お嬢さま!」

「この作戦は、目立たないことが最優先です。レティシャが人目を忍んだのは、誰にも知られたくなかったからでしょうし」

 ゆえに人は増やせない、けれど急を要する。

 支度も動員も必要ない自分が動くのが、合理的でもあった。


「ひとりに指揮を取らせ、ひとりを先行させればよいのです、お嬢さま!」

「そうです! 私が言うのもなんですが、お嬢さまのために、ミーアお嬢さまが危険をおかすなど、あってはならないことです!」

 二人の侍女がそう言い募ってくれるが、ミーアは申し訳なさそうに首を振る。

「……気づかれたら、私が勝手に飛びだしたと伝えてください」


 窓際に置かれた、睡眠灯代わりのランプを手にし、ミーアは暗がりの庭に身を躍らせた――。


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