表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/43

5-1 レティシャとリュナン


 リュナンもある程度は事情を聞いていたようだが、そこに加えて、ミーアは自身の目的も説明していく。

「お父さまには感謝しているが、元の身分もあるからな。後継などには関わらず、どこかよい家にお仕えできれば――と、そう思っているんだ」

 あまり敬語で接しては、レティシャとの関係も推察されかねない。

 そう考え、レティシャがリュナンにそうしているように、ミーアも対等の言葉づかいで接することにしておいた。


「そのために、いまはメイドや侍女の仕事を教わっていてな。日頃からこの格好でいるほうが、合理的というわけだ」

「な、なるほど……えぇと、将来の展望があるというのは、いいことですね」

 さすがに突拍子もない話だったか、彼は困惑したそぶりを見せるが、こればかりは事実だから仕方がない。


「ですが……ミーア従姉さんはおきれいですし、社交界に出ても引く手あまたかと思いますよ。あまり出自にこだわる必要はないかと」

「ふふ、口がうまいな、リュナンは……まぁ、お世辞として受け取っておこう」

「そ、そんなつもりでは……本当に、そう思いますし」

 貴族ならではの社交辞令かと思ったが、赤くなった少年の顔を見るに、それだけではないのかもしれない。

 もしかしたらレティシャも、よくそのように言われているのだろうか。


 そんなことを思いながら彼女に目を向けると、驚くほどの敵意があった。

 頬をふくらませ、彼の腕にしがみつくようにしながら、吊り上がった目がミーアを睨みつけている。

(あっ――なるほど、そういうことか……)

 少なくとも二人は、ただの従兄妹というわけではないらしい。

 リュナンからは親愛の情を、レティシャからはそれ以上の好意を感じていたが、その関係もおそらく、さらに踏み込んだものなのだろう。


「そ――そういえばレティシャ、君におみやげがあったんだ」

 察したミーアはすぐに話題をそらし、用意してきた袋を渡す。

「さっき町に出て、店で教わったんだが……この時期にぴったりだそうだ」

「これって、花の種……どうして――あっ」

 中を確認したレティシャの顔は、わかりやすくパッとほころんだ。


「き、気に入ってもらえると、うれしいんだが……」

「え、と……そ、そうね……う、うれしいわ、お義姉さま」

 姉妹らしい会話など初めてだ、ぎこちなくとも仕方はない。

 けれどリュナンは、そこではなく花の種に注目していたようだ。


「これは――マリーゴールドですか。よかったね、レティ」

 どういうことだろうと考えていると、彼がこちらに笑みを向ける。

「お店で聞いたと言っておられましたが、本当は、レティの好きな花だってご存じだったんですね」

「――ふふっ、さてどうかな?」

 もちろんそんなわけはないのだが、本音を隠し、不敵に微笑んでおく。

 これで少しは、関係が良好な姉妹に見えただろうか。


「さて――もう遅いし、種を植えるのは明日にしたほうがいいな。リュナン、そのときは手伝ってやってもらえるだろうか?」

「はい、もちろん……レティも、いいかな?」

 顔を覗き込まれたレティシャは、恥じらうように頬を染め、コクリとうなずく。

 それを見届け、ミーアはきびすを返した。


「では、私はこれで。出発までは滞在するのだろうから、ゆっくりとくつろいでいってくれ、リュナン」

「はい、ありがとうございます」


 なんとか怪しまれず、乗りきることはできただろう。

 二人の楽しそうな会話を背に、ミーアは満足しながら、屋敷に足を向けた。


     …


 それからしばらくし、夕食の時間を迎える。

 やはりというべきか、食事の場にはもちろん、ミーアも同席していた。

 おそらくはバカンスまでの数日、加えて避暑地でも、こうした令嬢生活を送ることになるのだろう。

(おかしい、逆に難易度が上がっているような……なぜだ……)

 自分は令嬢、自分は令嬢――。

 そんなことを言い聞かせながら、歓談に耳を傾け、微笑を絶やさない。

 令嬢生活とは、かくも過酷なのである。


 その歓談の中でわかったことがいくつかあるが、最も重要なのは、レティシャとリュナンが婚約関係にあるということだ。

 彼には兄がいるため、その兄君が伯爵家を、リュナンが男爵家を継ぐ形になれば、両家とも安泰なのだろう。

 こんな小さいうちから――と、貴族社会に思うところはあったが、本人の意思も確認してあるというなら、ミーアが口をだすのも野暮だ。

(まぁ……レティシャのほうは、特に乗り気のようだしな)

 リュナンのほうは、まだ親類としての親愛の情を超えていないようだが、それでもレティシャを大事に思っていることはうかがえる。

 このまま育ち、仲むつまじい夫婦になるというなら、なにも言うことはない。


「先ほどもお伺いしましたが、従姉さんはそれでよろしいのですか?」

「ああ、もちろんだとも。後継にはレティシャと、その伴侶となるならリュナンがふさわしいと思う。私はよそへ働きに出られれば、それで満足だ」

 なんの含みもなく、素直にそう答えるが、両親は思うところがあるのだろう。

「うぅん、ミーアにだけ苦労をかけるのもなぁ……」

「そうねぇ、付き合いのある家に、年の近い子はいたかしら――」

 ひょっとすると、自分の縁談もなにか考えているのかもしれない。

 そんなことになってはたまらないと、ミーアは牽制するように口を開いた。


「……お父さまは、私をどこかへ嫁がせたいのでしょうか?」

 そのつもりで引き取られたのですか――といったニュアンスをにじませると、男爵は慌てた様子で首を横に振る。

「そ、そんなことはないよ、ミーア! 君さえよければ、いつまでいてくれてもいいんだから、なぁっ?」

「え、ええ、もちろんよ!」


 軽い牽制のつもりが、思った以上に慌てさせてしまった――。

 そのことを反省しつつ、冗談ですよというように唇を緩める。

「それはなによりです。とはいえ私も、妹夫婦のもとにいつまでも身を寄せてはいられないでしょうから、やはり働きに出たいですね」

 言いながらミーアは、義妹たちにも目を向けた。


 曖昧に微笑むリュナンの心境は読めないが、レティシャのほうは照れているのがわかりやすい。

 ただ、義姉の言葉でそう反応するのを認めたくないのか、それを隠すように、食事に集中して見せている。

「気が早いですよ、ミーア従姉さん。レティもそう思わない?」

 リュナンが水を向けるも、レティシャはどう答えてよいのかわからず、チラリとこちらを見ただけだった。

「すまないレティシャ、少しからかいすぎたかな」

 その反応はあくまで照れによるものだと、従弟に印象づけておく。

 気づかれたかはわからなかったが、彼もそれ以上を追求することはなく、代わりにミーアへ目を向けた。


「そういえば……従姉さんは平民出身と聞いていましたが、それにしては振舞いがおきれいですよね。さっきのカーテシーでも感じましたけど」

「んんっ……そのさっきも聞いたが、リュナンは本当にお世辞が好きだな」

 みっともなくないようにと意識してはいるが、基本的には正しい姿勢、正しい順序を守っているだけだといえる。

 それを反復することで覚え込ませただけで、言ってしまえば所作やマナーというものは、正しくついたクセと同じだ。

 ミーアにとっては、ただの慣れでしかなく、そうすべきことをそうしている――という意識しかない。

 そのこと自体、苦手な者にとっては驚嘆すべきことなのだが。


「そういうリュナンこそ、正式に習い始めたばかりだと思うが、動きがなじんでいるじゃないか。身体の軸にもブレがないし――」

 そこまで言ったところで、はたと気がついた。

 先ほどからの言葉づかいもそうだが、振舞いの端々に礼節が見て取れる。

 所作にそれらが現れる理由について、ミーアは少なからず覚えがあった。

「――レイクス伯爵家は、武家のお家柄でしょうか?」

 その視線を夫人に向けると、あらと驚いたように口を押さえる。

「そういえば、そういう話もしていなかったわね」


 聞けば、先祖が過去の戦で大きな武功を上げており、その功績もあってレイクス伯爵家は、王国南部の武門をまとめる棟梁でもあるという。

 男爵家がその傍流だというのも事実で、港の管理や水軍、海軍などの世話をする役割を、一部ながら担っているそうだ。

 その伯爵家に生まれたということは、リュナンも幼いころから武器を取り、身体をそのように鍛えられているのだろう。


「――といっても僕は、母に似たのか武才に恵まれなくて。兄のほうは父に似て、剣の扱いもそれ以外も、本当にすばらしいんですけど」

 口調は卑屈なものではなく、心から長男を尊敬している様子だった。

 兄や姉のすぐれた才覚に憧れる気持ちは、ミーアにもよくわかる。

 だからといって自身を否定するのが、間違いだということも。


「……謙遜することはない。動きや身体に鍛錬の成果が出ているということは、武と真摯に向き合っている証明だ。誇るべきことじゃないか」

 そうした褒められ方に、経験がなかったのだろうか。

「あ……ありがとう、ございます……」

 リュナンは落ち着かない様子で、表情を緩めながらも、懸命にその反応を戒めようとしている。

 年相応の少年らしさと、一人前の貴族たらんとする意識を内包した、そんな姿に見えた。


(まだ9歳……これから、いくらでも伸びてくるだろうな)

 それはリュナンだけでなく、さらに年若いレティシャにしてもそうだ。

 成長を楽しみにし、二人のほうを見ていると、夫人がいたずらっぽく笑う。

「ふふっ……レティシャもリュナンみたいに、剣を習ってみる?」


 礼儀作法にも通じるものがあるし、ためになるかも――と。

 そんな冗談まじりの言葉だったのが、当人にとってはそのかぎりではない。

 義姉と比較されたように感じたのか、レティシャの顔にサッと陰りが差す。

 それを目にしたミーアは、とっさに口を開いていた。


「――その必要がありますか、お母さま」

 思わず口にした、自身の声の硬さに少し驚きつつも、そのまま続ける。


「私が見るに、レティシャは無骨な礼節より、やわらかくたおやかな気品が磨かれているかと思います。私がけして、持ち合わせないものです」

 これは気遣いでもなんでもなく、本心からそう思っての言葉だ。

 武道を通じ、礼節を学ぶことは可能だろうけれど、そも武道自体にも、向き不向きというものはある。

 花を育て、それを愛でるというやさしい趣味を持つ彼女なら、そちらから学ぶ感性をこそ大事にするべきだと、ミーアは感じていた。


「それにレティシャは、私が教わって覚えたものを、すでに手にしつつあります……きっと、お母さまの所作を見て学んだのでしょう」

 ミーアの所作とて、型どおりに見れば夫人のそれと変わらないが、受けるやわらかな印象は、レティシャのほうがなじんで見える。

 家庭教師をつけずともこれなら、本格的に学んだ彼女は、どれほどのレディに成長することか――。

 そうした期待も込め、ミーアははっきりと告げた。


「……剣を習うより、お母さま直々のご指導をいただくほうが、何倍もためになるかと思います。レティシャもそれを、望むことでしょう」


「――そ、そうね……そうだわ。ごめんなさいレティ、考えなしだったわね」

 夫人にも、もちろん悪気があったわけではない。

 おそらくミーアと食卓をともにしたことで、つい気分が昂揚し、そのように口走ってしまっただけだろう。

「……ううん、いいの。ありがとう、お母さま」

 完全に気にしていない――というわけにはいかないが、そう返したレティシャの顔からは少なくとも、先に浮かんだ一瞬の陰りは消えていた。


「本当にごめんなさい。お詫びというわけじゃないけれど……あなたのために、必ず時間を作るわ。勉強だけじゃなく、大事なお話をたくさんしたいものね」

「お母さま……うんっ、楽しみにしてるっ」


 和らいだ食卓の空気にホッとしつつ、ミーアは頭を下げる。

「申し訳ありません、また差し出口を……」

「そんなことないわよ、ミーア。いまのは本当に……はぁ、私ったらダメね」

 自己嫌悪する夫人の肩を、男爵が慰めるように撫でていた。


「……従姉さんは、やさしい方ですね」

「そんなことはないさ。私はいつも、自分勝手だよ」

 従弟の小さな囁きに、ミーアは肩をすくめてそう返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 百合らしくない気がする
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ