表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/43

4-6 これは趣味です

     ◇


 屋敷に戻ったミーアはまず、外出着からメイド服に着替えなおす。

 ところでサラは、なぜこんなに上機嫌で、鼻歌を奏でているのだろうか。


「あの……サラ、なにかいいことでもありましたか?」

「それはもう、今後もお嬢さまをお叱りする許可をちょうだいしましたので。それを想像するだけで、胸がすくような思いでございます」

 着替えを手伝うサラに微笑みかけられ、ミーアは背筋に冷たいものを感じた。

「そ、そうですか……はは……」

「叱られたくなければ、心おだやかに過ごされますよう――はい、できました」

 姿見の前に立たされ、前後の仕上がりを確認する。


「……いつもありがとうございます、サラ」

「いいえ。お嬢さまのためでしたら、この程度は苦労もございません」

 いつも以上に慇懃な態度が、ジワリと恐怖を感じさせる。

「あの……やはり、怒っています――よね?」

「まさか……お嬢さまに対してそのような感情、抱いたこともございません」

「いえ、ですが――」

「ございません」

「……はい」

 これ以上の追及は許さないとばかりに、ピシャリと言いきられては、ミーアも押し黙るほかない。


「――それよりも、お嬢さま?」

「は、はいっ、なんでしょうかっ」

 思わず慌てふためくと、そんなミーアの反応が珍しかったのか、サラは不思議そうに首をかしげていた。

「レティシャお嬢さまは、まだ庭園にいらっしゃるとのこと――先ほどのおみやげを、お渡ししに行かれてはいかがでしょうか」

 もう夕刻とあって、ミーアが手伝える仕事は残っていないだろう。

 サラの仕事もミーアの世話だけなのだから、あとはいわば、ミーアの自由時間ということだ。

「……そうですね。では少し、行ってきます」

「はい、お気をつけて」

 とはいえ、屋敷の敷地内では、そう事件は起こらないだろう――。

 そう思いながらミーアを見送ったサラは、ふと部屋から庭園に目をやり、おやと小さく声をもらす。


 庭園にはレティシャともうひとり、同い年くらいの少年の姿があった。


     …


 庭に出たミーアは、慣れた足取りで彼女のもとに――レティシャが世話をしている花壇のスペースに近づき、そこで足を止める。

(あれは――誰だ?)

 レティシャの隣に立ち、親しげに話しかけている少年。

 アッシュブロンドの髪は艶があり、夕日の中でも淡い輝きを放っている。

 その瞳は、鮮やかな緑色だろうか。

 レティシャを見つめてやさしく細められ、語りかける雰囲気といい、彼女を慈しんでいることが見て取れる。


 対するレティシャも、これまでミーアが見たことがない反応だ。

 貴族令嬢や、義妹としてのそれではない。

 ただの、どこにでもいる少女としての明るい笑顔を見せ、目の前の少年に気安く甘えている――そんな姿だ。


(レティシャお嬢さまがあんな顔を……何者なんだ、あのおと――少年は?)

 建前上のミーアは使用人であるから、外から帰っても出迎えないようにと、屋敷の皆には伝えられている。

 それゆえ、帰ってから誰かと話をしたりはしなかったのだが、いま思えば、なにやら慌ただしい気配があったかもしれない。

 そう、まるで――急な来客をもてなすため、支度に奔走しているような。


(服装からして、貴族なのは間違いない……あれが来客か)

 その容姿をジッと観察するが、特に見覚えはない。

 しいてあげるとするなら、緑色の瞳――両親、そしてレティシャにも共通する色合いである。

(お二人の子……いや、年齢が合わない。彼のほうが年上に見えるしな)

 ならば親戚だろうか、そんなことを思ったところで、不意に目が合った。


(しまった……)

 いまさら目をそらすこともできず、ミーアはお辞儀をする。

 それに気づいた彼は、レティシャの耳に囁きかけ、注意を促した。

 すぐさま彼女はこちらを振り返り、少年に見えない位置で顔をしかめる。

 事情はわからないが、非常にまずいことをしたらしい――そのことに気づくも、すでに手遅れなのはレティシャも理解したのだろう。

 彼女はあきらめたように肩を落とし、視線でミーアを呼びつけた。


     …


 どことなく落ち着かない雰囲気でたたずんでいると、ややあってレティシャが手でミーアを示し、口を開く。

「リュナン、紹介するわ……この人が、義理の姉よ……えっと――」

(姉っっ!)

 渋々ながらも彼女が姉と呼んでくれた事実に、心が躍った。

 とはいえ、浮かれている場合ではない。

 姉とは言ってくれたが、名前がわからなくては先方も困るだろう。


(……というか、もしかしてレティシャお嬢さまも、名前を覚えてくれていないのでは……いや、まさか、そんなわけが――)

 紹介するのをためらい、言い淀んでいるだけだ。それはそれでつらいが。


 心の汗をぬぐったミーアは、レティシャの言葉を継ぐように、スカートをつまんで膝を折る。

「――はじめまして、リュナンさま。稀有な縁により、ミルロワ男爵家に引き取っていただきました、ミーアと申します。よろしくお見知りおきください」

 長女の――とは、さすがに名乗れない。

 そこが気になったのか、少年はしばしボーッとしていたが、やがてハッとなり、慌てて胸に手を添え、頭を下げた。

「レイクス伯爵家次男、リュナン=レイクスと申します。ミーア従姉さんのことは、ルフィーナ叔母さまより伺っていました。お会いできてうれしいです」

(レイクス……それに、お母さまが叔母さまか……なるほどな)

 少年――リュナンは、レティシャの従兄になるらしい。

 それも伯爵家の子息だとは驚いたが、言われてみれば納得できることもある。


 たとえばミーアを引き取りにきたとき、ロアンはレイクス伯爵領まで出向いており、少なくとも復路では、王都街道を使っていない。

 領境を跨いだはずだが、それをとがめられていないのならば、両家はそれだけ近しく、親しい間柄にあるということだ。

 伯爵の妹が男爵夫人であり、一時期は女男爵も認められたということは、そもそもミルロワ男爵家自体が、伯爵家の傍流であるとも考えられる。

 そこまで考えると、訪問の理由も、特に物々しいものではなさそうだ。


「こちらこそ、お会いできて光栄です。そのように貴族としての礼まで取っていただき、感謝にたえません」

「あはは……これは、僕も今年で9歳になったものですから。先日ついた家庭教師に教わったばかりで、試してみたかったんですよ」

 嫌味なく爽やかに微笑むリュナン少年は、線が細いものの、美形といってよい端正な顔立ちだろう。

 レティシャがあのような顔になる理由も、わからなくはない。


「バカンスでは、両家が避暑地で過ごすことになりますので。僕は毎年、先に男爵家へまいりまして、レティと一緒に向かうようにしているんです」

 今年は手違いで、早くついてしまいましたが――と、リュナンが苦笑する。

 使用人たちの慌ただしさは、それが原因だったようだ。


「そうでしたか。それはレティシャも毎年、楽しみにしているでしょうね」

 もちろん、お嬢さまなどと敬称はつけない。

 わざわざ姉として紹介したということは、侍女扱いしているのを、親戚に知られたくないということだ。


(わかっているさ――姉さんに任せておけ、レティシャ)

 使命感に駆られつつ、キリリと表情を引きしめるミーアだったが、リュナンはそんな従姉を見つめ、小さく首をかしげる。

「ところで――ミーア従姉さんは、なぜそんな格好を?」

「あっ」


 完全に失念していた、そのことに思いいたると同時に、リュナンはどこか責めるような目をレティシャに向けた。

「レティ、まさか――」

「ち、違うのっ、これは、そのっ……」

 レティシャが顔色を変え、言い訳をひねりだそうとした、そのとき――。

「誤解なさらないでください、リュナンさま」

 ミーアはなに恥じることなく、堂々と胸を張って彼に告げる。


「これは――ただの趣味です。どうかご理解いただきたい」


 それを聞いた義妹と従弟が、同じようにポカンと口を開き、目を丸くしている姿に、ミーアは小さく笑いをこぼした。

 趣味なら仕方ない

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ