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4-5 サラへのお願い

     ◇


 改めて店長から礼を告げられたミーアは、この時期にぴったりだという花の種子をいくつか購入し、帰路についていた。

 水着は買いそびれたが、それはまた後日、落ち着いてからでもいいだろう。


「ふぅ……さすがに、色々あって疲れましたね」

「誰のせいだとお思いですかっ!」

 いまだ涙の跡を残すサラに叱られながら、ミーアは馬車の小窓を覗いた。

 夏の夕暮れはまだ暑いが、港から男爵邸へ向かう道は広々とした草原、丘陵となっており、心地よい風が流れていく。


 その中で聞こえるサラの言葉は、今日の事件の危うさを語っていた。

 ミーアが腕に覚えのあることを踏まえ、その上で起こした行動が、ひとつ間違えれば惨事を引き起こしたと、口を酸っぱくして苦言を呈してくれている。

「なにごともなかったからと、今後も同じとはかぎらないのです。捕らわれていればお嬢さまの身はもちろん、ほかの方々にも累がおよんだのですからっ!」


 的を射た叱責だ、彼女はなにひとつ間違っていない。

 ミーアの行動は言ってしまえば、腕に驕った蛮勇でもあった。

 あの中にもし、ミーアに勝る腕の者がいれば――あるいは、ミーア以外の者を人質にしようとしたら、結果は変わっていただろう。

 それはわかっている――けれど。

 ミーアはきっと、今後も同じことをするはずだ。


(それは正しい……サラの言葉も、私の気持ちも……きっと、どちらも――)

 ほかの手札がなく、罪なき人々に危機や苦難が迫っていれば、ミーアはやはり剣を手に、挑みかかるだろう。

 身を危険に晒されるのは、誰であろうと同じ。

 それならば自分が晒すほうが、危機を乗り越えられる可能性は高い。

 場合にもよるが、今回にかぎっては間違いなく、ミーアが立つべきだった。

 驕りや思い込みは否定できないが、それでも、この生き方をやめられない。


(それが私だ……そうでなくては、私は私ではなくなってしまう――)


 それでも、反省は必要だ。

 目の前の人を助け、自分の身を守った。

 けれど、自分を気遣う人の気持ちは、必ずしも守れたわけではない。

 心配をかけた――だけならまだいいが、それで済まなかったなら。

 自分だけでなく、気遣う人の心まで傷つけてしまうのではないか。

 この叱責は、ミーアにそのことを意識させてくれる、尊ぶべき言葉だ。


 それを遠ざけてしまえば、いつかミーアは、あのときと同じ過ちを繰り返す。

 この言葉を忘れてはいけない――遠ざけてはいけない。


     …


「聞いておられますかっ、お嬢さまっ!」

「サラ――」

 ザァッ――と強い風が吹き、その音がわずかな静けさをもたらした。

 言葉の勢いを失ったサラは見つめられ、バツの悪そうな顔をしながらも、その目をそらそうとはしない。


「そ、そんな顔をされても、無駄でございます……私がどれほど――」

「わかっています、サラ」

 馬車の座席は、いわばリムジンのような対面式だ。

 進行方向を向いていたミーアは、向かい合うサラの隣に席を移し、手を取る。


「お、お嬢さまっ!? なにを――」

「心配をかけて、本当に申し訳ありませんでした。ただ――私はこういう人間です。この先もきっと、あなたに迷惑をかけるでしょう。それ以上に、心配も」

 それは困る――とでも言いたそうな顔だが、サラは反発しなかった。

 ミーアの強い意志を秘めた、ダークブラウンの瞳に魅入られたかのように、息を呑んでいる。


「それでも、あなたには……これからも、私のことを叱ってほしい。それだけの苦労と心配をかけると思いますが、どうかよろしくお願いします」

 サラはそれを聞き、唖然としていた。

 なんの見返りもなく、ただ仕える家の令嬢だというだけで、迷惑をかけて心配をかけて、苦労もかけるから、そのときは叱ってね――などと。


「な、な、な……なにを、おっしゃるのですか――」

「申し訳ありません――それだけあなたを頼りにしているのです、サラ」

 傲慢で強欲で、これ以上ないほど意地悪な令嬢だ。

 そんなことを言われては、サラも黙ってなどいられない。


「そのようなことっ……当たり前ではありませんかっ!」


 そう答えてくれるとわかっていたかのように、ミーアが苦笑いすると、サラは憤りを隠しきれず、言葉を続ける。

「そのようなこと、言われるまでもありませんっ……私がお嬢さまをお諌めしなければ、誰がするとおっしゃるのですっ……」

「……ハインはどうでしょう?」

「あいつには無理ですっっ!」

 御者席から壁をドンドン叩かれるが、そんなものは無視だ。


「それは私の役目、私の義務です――これからも存分にお嬢さまを叱り、頭を抱えさせてもらいますのでっ、そのおつもりでっ!」

「……はい。どうかお手やわらかに、お願いします」

「無理ですっ!」


 サラはメイドである。

 無理難題を突きつけられると、気が滅入ってくるが、それでも達成したときに快感を覚えるあたり、生粋のメイド魂があると自負している。


「――ありがとうございます、サラ」


 だからこそ――笑顔で無茶な要求をする、この天使のような暴君に一生お仕えしようと、サラは心に誓った。


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