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3-2 新米メイド、ミーア

     ◇


 家庭教師が見つかるまでは、自身の希望ということもあり、ミーアはメイドとして働くことになる。

「よろしくお願いします、皆さん」

 そう言って頭を下げる令嬢に困惑しつつも、先輩メイドたちがまず教えてくれることになったのは、屋敷内の清掃、および調度品の手入れ方法などだ。


 使われる道具は基本的に布やハタキ、あるいは箒だ。

 磨く場所や品によって、硬い布とやわらかい布を使いわけ、水拭きないし乾拭きで埃や汚れを除く。

 床にせよ窓にせよ、棚や壺などにせよ、それらの掃除については記憶にあるもので問題なく、さほど苦労はない。

 ミーアにとって悩ましいものは、カーペットに類する場所の掃除だろう。


(掃除機がないというのは、やはり不便なものだな……)

 代わりにと供されたのは、いうなれば電気で動かず、吸引してくれない掃除機の柄――と見るのが適切だろうか。

 先端に、ブラシとローラーが内蔵されたカゴのようなものを接続し、それをころがして隙間のゴミをかき取り、終わればはずしてゴミだけを回収する。

 そのあとは粘着シートのようなもので、残ったゴミを剥がし、汚れがあるようなら石けん水を含ませた布で丁寧にぬぐう。


 どうしても取れない汚れについては、剥がしやすいラグなどであれば、そのまま丸洗いにされるようだ。

 広範囲のカーペットはそういった場合、基本的に全面交換となる。

 それらの手間や費用を嫌い、磨きやすい石材や木材のまま、床や壁を保っている邸宅もあるらしい。

 男爵家はまだしも、公爵や王家の住まいなどは城だったりするのだから、ある程度の内観は建材の段階で整え、効率を優先すべきなのだろう。


 いずれにせよ――広い道場や、木造の日本家屋を雑巾がけするのにくらべ、こまかな作業が多くなっているのは事実だ。

 土足文化ということもあり、広範囲にカーペットを敷きつめはしないが、男爵家の広さを思えば、けして楽なものではない。


 ただ、やはり大変なのは、範囲の広い床掃除や窓拭きだろう。

 ミーアはそちらを優先して磨き、先輩方がそれをチェックする――という形で、屋敷内の清掃教育は進んでいった。


     …


「――どうでしょうか、サラ」

 与えられた区画を掃除し終えて問うと、彼女は満足げにうなずいてくれる。

「このクオリティを今後も維持していただけるなら、お嬢さまにお任せしても大丈夫でしょう。手際もよいですし、正式に戦力となっていただきたいほどです」

「……私としては、そのつもりなのですが」

 いずれは他家に仕えることになるとしても、それまでは実地で職業訓練させてもらうのも悪くはない。

 そういう意図で水を向けるが、サラはとたんに渋い顔をする。


「旦那さまたちの許可や、レティシャお嬢さまの手前もありますので、日々の仕事の一部を担っていただくのは、私どもも異論はございません」

 ならば――とミーアが声を発するより早く、サラの目がギラリと輝いた。

「ですが! お嬢さまはあくまで、男爵家のご令嬢でございます。その本分を果たしていただくためにも、必要以上の仕事はお渡しいたしかねますので」

 どうぞご容赦を――そうペコリと頭を下げられては、引き下がるほかない。


 そもそも――賃金をもらって仕事をする彼女らは、この道のプロだ。

 そこにアルバイトとしてならまだしも、子供の手伝い感覚で参入しようなどと、いささか傲慢が過ぎたかもしれない。

 あくまで自分は見習い、仕事を教わっている立場であると、けじめはつけておかなければ。


 なによりサラは、ミーアに仕える侍女である。

 自分と同じお仕着せに身を包んだ主が、邸内をせこせこと走りまわり、同じ仕事をしているなど、やるせなさや恥ずかしさを感じてもおかしくはない。

 主に恥をかかせないことが従者の務めであれば、逆に従者に恥をかかせないことは、主の務めであるといえよう。


(……私自身が仕事を覚え、将来的に働きに出るとしても、だ)

 現状、サラにとってのミーアは、男爵家のご令嬢だ。

 レティシャのことがあってメイド業もすることになっているが、サラの主としての気構えも、同時に抱いておく必要があるだろう。


「……大切なことを伝えてくれて、ありがとうございます、サラ」

「は――え、えっ?」

 深々と頭を下げ、それからミーアは微笑んでみせる。


「……当家に仕えるあなたが、私の立場を尊重したいという気持ちは、十分に理解できました。それに応えることも、私の役目なのでしょう」

 彼女たちは誇りを持って仕事をし、男爵家に尽くしたいと考えている。

 そんな彼女たちが、当主の娘――ご令嬢に自分たちの仕事をさせようなどと、積極的に思えるはずがない。

 よくよく考えずとも、わかってしかるべきだ。


「私が担うのは、あくまで手伝いの範囲――無理に仕事をねだりはしません。ただし指導だけは、真剣にお願いできればと思います」

 それこそ、先輩が新人に教えるのと同じように――。

「それをお互いの落としどころとして、共有してもらえませんか?」

「……かしこまりました。もとより、指導で手を抜こうなどとは考えておりませんでしたので、異論はございません」

「それならよかった――改めてよろしくお願いします、サラ」


 ミーアがやわらかな笑みを向けると、サラは言葉を詰まらせ、ハァと小さくため息をもらした。

「……やはり、お嬢さまはとても変わった方ですね」

「かもしれません。ですが、そのように言うのはサラだけですよ?」

 つまり、実際はそこまで変わり者でないのかもしれない――。

 そんな突拍子もない発想から反論するも、彼女はジットリとした目になり、声をひそめる。


「……これは内緒ですが、皆も少し困惑しているのが本当のところです。今朝のライラも、そのように申し上げていたかと」

「えっ……い、いえ、違うでしょう? ライラが言っていたのは――」

 サラの心労が絶えないだとか、そういった話で――そう返そうとしたところで、廊下の向こうからくだんの人物がやってきた。


「こちらにいらっしゃいましたか、ミーアお嬢さま」

「ライラ、ちょうどいいところに――いえ、先に用件を伺いましょう」

 わざわざ自分を探しにきたと思われる彼女に、益体ない話をすることもない。

 しかも自分たちは、彼女も含めて、まだ仕事中なのだから。


「お気遣い、いたみいります。実は――」

 そう言って彼女が切りだした内容に、まず眉をひそめたのはサラだった。

 先ほど、昼食を済ませたレティシャがダイニングにて、ミーアにお茶を淹れさせるよう、命じたのだという。


「ライラ! あなたはそれを黙って聞いてきたの、諌めることもなく!」

「サラ――」

 憤るサラをミーアが制止したのは、ライラに非がないとわかっているからだ。

 きっと彼女も、これを伝えにくるかは迷ったのだろう。

 ミーアは見当たらなかった、あるいは別の仕事をしていた――。

 そうしたことを伝えても、レティシャが怒ることはないと、侍女であるライラにはわかっているはずだ。


「申し訳ありません、ミーアお嬢さま……」

「いえ、かまいません。サラも……私にも考えがありますから、どうかこらえてください」

「……お嬢さまが、そうおっしゃるのでしたら」


 事情をかんがみた上で、それでもライラが指示を伝えにきたのは、そもそもミーアが、いつもどおりにと頼んでおいたからでもある。

 あるいは彼女も、レティシャの感じる不安に気づいているのかもしれない。

 それを解消する鍵になるのが、ミーアではないかと期待している――。


(……という考えはさすがに、思い上がりか)

 そこまでは言わずとも、ミーアがレティシャの居場所を脅かさないことで、現状は彼女の精神衛生が保たれるというのであれば、ぜひもないというところ。

 ライラは侍女として、主のためになすべきことを果たしているのだ。

 ミーアにできることは、その忠義に敬意を払うことだろう。


「すぐにまいりましょう。ですが、紅茶を淹れるのは不慣れですからね……サラ、手伝いをお願いできますか」

「もちろんです、お嬢さま」

 そして彼女もまた、自分に対し、最大限に敬意を払ってくれている。

 いつか必ず、その気持ちに報いられる、ひとかどの人間にならねば――。


「ありがとうございます、助かります」

 せめてもの矜持を示そうと、詫びではなく謝辞で答え、ミーアはライラについてダイニングへ向かった。


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