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アバウト3分てきとーさん

「これが今晩の夕飯です」

「はぁ!?」「えー」

 どん、と机の上に置いたのはカップ麺。

 四条家、夏の日の夜。

「てめ、ちゃんと夕飯鳥のから揚げがいいって言ったじゃねーかよ。オレの要望は綺麗にスルーか? てめーはそれでもオレの弟か? このクソ」

「その口調と態度が治れば弟らしく振舞わないこともない」

 女なんだから少しは自重しなさい。胸は無いけど。あと服着なさい。

「ミサオ、私もちゃんと今晩はボルシチを食べたいって言いましたよ?」

 アリサまで文句を言うな。ていうかうるさい。言葉にならない言葉が。

「うがー」「ぷあー」「のあー」「ふふぁー」「ふあ~ぁ」「ふぁ……」

「だー!!」うるさい! 二人揃ってバカか? バカなのか?

 俺の椅子と自分の椅子を二つ使って、無い胸を見せ付けるかのように下着姿で寝そべる姉貴、彩音。机の上に寝そべってだらけたTシャツにジーンズ姿なのは、ロシアからやってきた居候アリサ。

 どっちも俺より年上とは思えない。というかあくびが伝染して寝かけてる。

「話を聞け!」姉貴の頭を足で踏みつけ、アリサの頭を叩く。人の苦労を知らないからこんなことが言えるのだ、このバカ二人は。

「普通に考えろ。いっつもお前らの食事作ってるこの俺が、今日だけわざわざカップ麺だけを狙って買ってくると思うか?」「操の心変わりかなって思うー」「思うな。なかったんだよ。タイムセールスの連発でさ! これしか」

あのおばちゃんの波というか壁は、たぶんアメフトをやっていたとしても通り抜けることは不可能。みっしょんいんぽっしぶる。

結局、必死こいてレジまで辿り着けたのがカップ麺と、調味料類だけ。このバカ二人に調味料を出したって俺にふりかけられて俺が食べられておしまいだ。女は狼。

それに帰りの遅い両親のことだってある。二人の分も考えて、やむなしカップ麺にしただけだ。てかそれしか買うもんない。何度も言うようだけど。

「作り置きはなかったんですかー?」

 アリサの単純な疑問は大抵アリサに跳ね返る。

「お前と俺と姉貴の三人で、作り置きのものはお昼に全部食べたのでなーんにもありませーん!」ついでに見せつけるように冷蔵庫オープン。ほんとになーんにもない。

 そしてなぜだか飛んでくる拳。フロムあねーきー。数センチ浮かび上がって吹っ飛ぶ。

「なんだかんだで! お前が悪い!」

「……はぁ」そこまで言われるとはね。

 他人を考えない。気に入らないことがあれば、力ずくでねじ伏せる。

 これが姉貴。こんなのに長年つき合わされてるんだ。いい加減逃げ出したい。目指せ一人暮らし!

「ま、これしかないならしゃーなしだな。アリサ、お湯わかそーぜー」

「了解ですよー、アヤネたいちょー」

 アリサはいまだに床にへばってる俺をわざわざ踏みつけてから、ポットに水を入れる。

 アリサも留学生として我が家に来てかれこれ1年。すっかり日本人らしく、そして居候という肩書きの似合う奴になった。性格が姉貴に似てきたのは何かが失敗してるけど。

「おーい、これカップのまま食うかー? どんぶりに移すかー?」

「どんぶりの方が作った感あるからどんぶりがいいです、私は」

「俺はカップの方がカップ麺の味が出ると思うから」「じゃー操の分はオレとアリサで半分こしよーなー」「わーい♪」……。

 なにか言いたいのだが、いかんせん頭を踏みつけられている。鼻がつーぶーれーるるるるるー。ついでに耳からなんかでできそうだゼ! 

 所詮、我が家じゃ俺の扱いなんぞこんなもんだ。ヘタレではないが、虐げられる。尻に敷かれまくり。嗚呼無常。

 四字熟語みたいな新語を増設してから、匍匐前進でアリサの足束縛から逃れる。髪の毛が足の裏を這うのが気持ち悪いのか、すぐに束縛は解除された。

 死地転生。見たかー!

 夕飯が目の前で消えた。やむなし。真っ二つに割れたカチコチの麺の欠片でも食べて、夕飯は終わりとしようか。……いつか泣くぞ。

 しかし悲しいかな、欠片は机の上から掃かれてカーペットの上に。姉よ、だからすぐ机の上のごみを下に捨てるなと。まぁいいや。

 欠片の回収と捕食を両方兼ね備えた素晴らしき作業は、なぜだか二人から軽蔑と侮蔑の目で見られた。……ああ、ケツあげっぱなしだった。てへ。

 ポットが「俺今超あっちっちだぜ! さわったらヤケドするぜ?」と自己主張。どんぶり二つに注がれるお湯の大群。いいなぁ……。

 しゃがみこみ、ぽりぽりベビースターもどきをぽりぽり。姉貴はラーメンができるまで暇潰しにゲームを始め、アリサは毛先を指に巻いて無言。

 三者三様。誰も口を開かない。これきっと3分たたなきゃ誰も口開かないだろーなー。ま、俺はぱくもぐしてるから唯一口開けてるけど。

 さらに言ってしまうと、あれ生麺食感とか言って、3分じゃなくて4分待たないといけないんだけどね。きっと3分じゃ姉貴お腹こわ「っおうぇ」いかん、ベビースター無味味かと思ったら白い消しカスじゃないか。誰だ捨てたの。

 急にえづいたのに驚いたのか、またさっきと似たような視線が背中に突き刺さる。体に刺さる視線攻撃を避けるために面積を少し縮める。よし。

 ちいさい操クン状態で、目を合わせずに石同様の状態でボソッと一言。

「それ、4分待たないとダメなやつだから」

「……あっそ」

 だいたいアバウト3分だったようである。箸を下ろす音が聞こえた。にししし。

 あと1分。

 アバウトさんだけど、もう食べる気力は無いので、時計の秒針が逆走して麺のびきらいかなーとちょっと電波を送信。しかし届く気配は無い。

 ちっきしょーと思う。……。……うん。それだけ。

 つまらん。これから俺は指をかじかじしながら二人がずぞぞぞとラーメン食べる所をみなきゃいかんのか。覇気を感じない口からちょっと大きめの音を出す。

「ええいやってられるかー!」

 対面で話すと絶対なんか言われるので、逆対面、つまり顔などさらさら合わせずに立ち上がり宣言。拳か胡椒か七味のビンが飛んでくる前に二階へ脱走。

 そして元自分の部屋へ。今はアリサに占拠されてるけど。

 がらっとあけて、体に絡みつくよーわからん甘ったるい匂いを振り分け振り切り、お目当てのものを掴んで部屋から脱出。そして再び一階へ。

 あのバカ二人のいる所など戻らず、玄関に体当たりして。

 包み込まれるような蒸し暑さの中の世界へ。

 倉庫から四角い重いアンプを取り出し、家の外の強力コンセントに接続。

 二階から引っ張り出してきたギターを調弦などせずにシールドでつなぎ、電源入れて思いっきり開放弦のストローク。エフェクター内蔵のアンプから響く近所迷惑な爆音。

 しかし決して騒音にはならない、と願う。しっかり曲は考えて弾いては、いる。

 誰もいない、草すらない(父親が雑草嫌いなので)庭で一人、ゲインがんがんのろっくんろーるをがんばる。ふぉー!

 もち、歌うのは自分の好きなバンドの簡単なもの。歌詞もずっと同じ。お前の血、吸ったるぜ! しか言ってない。

 単純なのは大好きだ。それだけ人の心に響くものがあると思う。

 だから、弾くのさ。俺は。

 弾いてるうちに、音に惹かれてご近所さんがやって来た。どんなもんだーい!

 基本的にライブ会場ではないので、客相手に弾いてるわけじゃない。だから普通に自分の好きなように弾けばいい。

 でもちょっとはカッコつけたくもなる。ストリートミュージシャンの気分をちょいと味わった。ちょっとした優越感。綿あめの味。

 最後はブリッジを揺らしながら、喉よ裂けよとばかりに叫んで終わらせた。ご近所さんがみんなロック好きで良かった! 俺、恵まれてる!

 高揚した気分も、次の瞬間にはすぐ冷めた。いいっちゃいいけど。

 夜中に突然弾きまくったことに頭を下げ、そそくさとアンプを片付けて家に避難

。やっぱ四条操にお似合いなのはこの家でしごかれ続ける毎日なのかなー。

 絞れそうなほど汗だくになった俺に届いたものは、空のどんぶりと拳だった。

「うっせーんだよ。ちょっとは家の中の人も考えろボケ」

 姉貴はそういうと、また冷房の効いたリビングへ。すぐにテレビに光が入る。

「まったく……。恥ずかしいんですから、少しは自重してください」

 気遣う素振りゼロで、もう一つどんぶりが追加された。そしてアリサもテレビの前へ。

 ……俺の周りの世界が、すこしでも二次元に近ければ。

 こんなこと、起りえないんだろうなー。ツンデレもデレがなければただのいじめだ。

 深く溜め息をつくと、キッチンにどんぶりを持っていき、水をちょこっと入れておく。食器洗いよりも先にシャワーだシャワー。こんなんでいたら風邪を引く。

 肌に張り付く衣類を不快感と共に脱ぎ捨て、シャワーの栓をひねる。

 冷水だった。一瞬体がビクッってなったけども、夏なのであくまでも気持ちのいいものである。これ冬にやったら死んでるねきっと。

 シャンプーの出が悪いのでああこりゃ詰め替え買わなきゃなとか思いつつ、ささっとシャワーを浴び終える。体もてきとーに拭いて、乾燥したての服を着る。汗とも水ともつかない液体がさっそく服に吸い込まれ、風に吹かれたりするとちょうどいい気分になる。

 キッチンに戻り、水を張っておいたどんぶりを通常の3倍薄い洗剤で洗う。節約節約。倹約こそ、将来の生活に繋がるのです。きっと。うん。

 今晩の洗い物は驚きの二つしかないので! あっという間に終わってしまった。

 水きり台にどんぶり二つ置いて、涼しいリビングへだいびーんぐ! うっひょー!

 服に吸い込まれた水が冷気に触れて冷える。それが直接肌に当たって最高に冷たい。しばらくこのままでいたい。あうあうあー。

「操」

 短く、バカその1に呼ばれた。「なんだーよー」もう仕事しないぞー。

「ちょっと散歩しないか?」

「はぁ?」どこにさ?

「アリサがさ、蛍見たいんだって」「どうせ今テレビでやってたんだろ」

 顔をちょっとテレビにずらすと、案の定やってた。蛍飛んでる。

「ミサオ~、私とってもホタルが見たいです!」

 急に甘えやがって。さっきまで誰かさんと一緒に俺を見下してたのはどこのどいつだ。

「駄目です」ぴしゃり。

「「えー!!」」

 同時に叫びやがって。ユニゾンか。ザ・ピーナッツかお前ら。いや古くて知らんか。

「大体、この近くに蛍なんていないでしょうに。そんなに蛍みたいなら蛍博物館みたいなところに明日にでも行けばいいじゃないのさ」「やだー! 今がいいー!」「黙れこの駄々っ子が」しまった。つい心の声が。

 姉貴のハイキックでも飛んでくるかと思ったけど、意外とスルーされた。

 それどころか、なんか変な顔してこっち見てくる。アンタバカぁ? とでもいいたそうな顔だ。

「あるだろ。隣町で」

「隣町……?」それって俺が何歳の時だよ。 

 脳内たんすから、古い古い、もう着れないようなものを探す。………………。

「……あぁ、」あったな。一回だけ見た。房総のむらで。

「でもさ、あれってイベントだろ? そのとき限定みたいな……」

「イベントであったとしても、今なら大丈夫だろ」なにその自信。

どっから来てるのさ。女の勘かい?

 てか。それ以前に。

「いまから行くのかよ? 隣町に」

「あったりめーだ」あったりめーて。

 よっと掛け声と共に姉貴は起き上がり、てくてくと「まてまてまて」服を着ろ服を。「お前それじゃただの変態さんだよ」胸もないのに!

「…………」

 最後の一言は口に出してないのに鳩尾に鋭い一発をもらった。ヤダーゲロッチャイソー。

「服着てくるに決まってんだろ」ですよねー。

「あ、じゃあ私アヤネのカギ、取ってきますねー」

カギ? ああバイクか。そういや姉貴今年十七か。それを考えると年が経つのも早いなーっておいおいちょっとよく考えろ俺。

バイクつっても普通二輪。3人乗りはフツーに無理だろ。

あ、じゃあ俺が居残ればいいのか。二人でみてくりゃいいし。それに俺が付き合う必要なんてないし。あーっはっはー「なにしてるんですか? はやく行きますよ」は?

「なんで? 俺居残りじゃないの?」

「アンタバカぁ?」あ、本当に言われた。

「ミサオも一緒ですよ。一緒にホタル見ましょ?」

「なんでさー」俺家でペンライトの光(緑)見てるからさ。

「ダメです! 3人で見なきゃ、意味がないんです!」

「そういうことだ」「かっこよくしめようとするなよ。なにも納得できてないぞ」

 抗議の声も、二人のおバカな耳には届かないらしい。もう行くことが決定してる。

 ……仕方ない。でもその場合。

「姉貴が運転して、アリサがその後ろに乗るとして、俺どうすんの?」

 まさかとは思うけど。

「お前? 走ってこいよ」ですよねぇ!! 所詮そんな扱いですよねぇ!!

 かなしーなー、じんせーはー。せめてぷらなりあだったらなー。


              ※  ※  ※


「着いたぞー、ってあれ? 操は?」こ、ここ……イタイヨー。

「アヤネ。うしろうしろ。轢いてます」

「ういっと。やべやべ」弟轢いといて焦りは存在しないみたいね。いつか覚えてろ。

 家から隣町に県立の森まで、その距離およそ十キロ。その間ずっと姉貴のバイクの前に立たされ、全力疾走。後ろから迫り来る殺意は本物と見て間違いない。

 息ができない状態で、蒸し暑い夜の中、空気以上に熱いアスファルトの上に転がり続ける。そして何年ぶりかの場所を見渡す。

 別に県立とか大げさに名前はついてるが、実際どっからどこまでがその敷地なのかわからないただの草っぱらだ。古墳がいっぱいあるだけって場所。よくあるだろ?

 二人はメットを外して再びわざと俺を踏みつけてから森の中へと入っていく。アリサはさっきと変わり映えのない服装だけど、姉貴はがらりと変わった。

 いつもの無地の浴衣。夏ならいつもこれだ。普段着が浴衣ってのもなんか変っちゃ変だけど。でもそれが姉貴スタイル。ヘンナノガカッコイイ。きゃ。

 踏まれたところを払いながら、よろよろと俺もついていく。

 3人で歩く、真っ暗な森の中。なんか出そうで怖い。塩持ってくりゃよかった。

 なのに、前を歩く二人はいたって普通だ。女なんだから少しは怖がれ。じゃないと彼氏永遠に出来ないぞ。

「前を行くお二人さん、怖くはないのかーい?」話してないとこっちがチキンハートになってしまいそう。

「ん? 別に、オレは暗いの慣れてるし」

「あー……」そういやアンタの部屋、いっつも真っ暗だよね。

「アリサは? 怖くないの?」

「私ですか? 私は別に……ロシアの夜道はもっと暗いですから」うがー。

 そうだったー。ロシアっ娘じゃんさー。そりゃ暗そうだわ。

 それっきり、完全に話は終わった。ぽつぽつと置いてある光を頼りに、3人縦一列で行儀よく歩く。はたから見りゃ、変人集団……だよなぁ。

 先頭姉貴、真ん中アリサ、最後尾俺。横一列はたぶんもっと怖い。アリサの背中があることで安心がある。でもさ。

 誰でもいいから話せよー。マジでビビりそうじゃんさー。

 ちくしょー結局一人でぶつぶつ口に出さないでつぶやいてないとかよー。

「    !!」

「のうっ」わっ!!

 びっくりした! 急に叫ぶなバカアリサ! 心臓と肺が混ざりそうになったぞ!

 ロシア語と思われる言葉で突然喚いたかと思うと、姉貴をすっ飛ばしてアリサは駆け出した。何事だ。

 俺もアリサの心配半分興味半分で姉貴の隣辺りに立つ。つ……。

 真っ暗。本当に、灯りと灯りの間。

 地面が、草が。

光っていた。

「蛍……」まさか、本当にいるなんて……。こんな汚い場所に。なんで?

「言ったろ? 蛍、いるって」

 姉貴が懐からケータイを取り出し、ぽちぽちと操作した後、開きっぱなしの状態で俺に差し出してくる。

 受け取る。画面には「蛍の放し飼い始めました」と簡素な文字。

「……キモ」情報収集の早さに。感服してねーぞ。

「にししし」

 俺と同じ笑いかた。やっぱり姉弟と思わざるを得ない。

 そんな俺ら二人を気にもかけず、アリサは蛍の大群の中で嬉しそうに跳ね回ってる。まぁーきれーだ。ぼんやりと照らされる白髪がまたなんとも。いや蛍もね。

「    、   !    !!」

 こっちむいてロシア語をお話になるが、残念なことに私、英語しかやってない。姉貴しかわからんだろ。いや表情見てこっちに手振ってりゃそりゃ言いたいことは分かりますけどね。こっちこいってことでしょ?

「あいあい。ったく、何歳児だっての」

 姉貴がぼやき、薄く笑って答える。本当、何歳児なんだろ? 頭の中は。

 俺達も蛍の光の中に入る。淡い緑の蛍光色が風情たっぷり、ってとこだろうか。

 姉貴の白い浴衣に蛍が集まってくる。と、いうか。

「その髪、同類と思われてんじゃねぇの?」

 分かりにくいけど、腰までかかりそうな姉貴の髪は緑色。俺を殴りたいけど、蛍と一緒にアリサも来て結局動けず、苦虫噛み潰したような顔でこっちを睨んでくる。

 蛍がいつ姉貴を同類じゃないと気付くかわかったものではないので、両手を挙げてとぼけながら蛍の集まっている所から少し離れる。

不意に現れた疲れに従い、ドサッと生ぬるい草の上に体を投げ出す。汗はいっこうにひいてはくれない。

 明かりがないので、星はそこそこ綺麗に見える。

 体を起こせば、姉貴とアリサが蛍でふざけあってる。

 白い浴衣に、だらけたTシャツとジーンズ。緑と白。

なんとなく、絵になる。デジカメ持ってくりゃ良かった。

 しかし。

 どうやら、人間は3という数字が好きみたいだ。今唐突に思った。

 だって、正直に言えばあのラーメンだって一つだけ3分だったし。

 アリサが俺を誘ったのも、なんとなく気持ちが悪かったんだろ。2人よりかは3人。3人寄れば文珠の知恵、とか言うし。

 3分クッキング、3分間しか活動できないウルトラな男。

 ある意味で、区切りはいいのかも。理由とかの次元じゃない。気持ちの次元で。

 俺も、所詮は3次元の人間だから。2次元のように何事も上手くいくことないけど。

 それでも、2次元じゃ表しきれないことを、3次元はやってのけるんだろう。

「 、あ」

 姉貴かアリサ、どちらかの声。いつもなら分かるその区別も、なぜか区別できない。

 声につられて視線を向けると、ふいに蛍が二人から離れて空へと飛んでいく。

 何千、何万なんてそんな果てしない数じゃない。数えたって百とかそのくらい。

 でも、それくらいがちょうどよく心に響いた。ギターのくれるモノとは少し違う、おもわずニヤけてしまいそうな気恥ずかしいモノ。

 ゆっくり、空へと消えていく無数の光。

 ゆっくりゆっくり。スローすぎて俺達も動くのが緩慢になりそうだ。

「……帰るか」

 ほとんど目の前から蛍がいなくなった頃、姉貴が静寂を破った。

 その声はどことなくいつもとは違かった。なんていうか、やさしさ成分割り増し? みたいな。

「そうですねー」

 アリサももう満足したのか、うーんと背伸びをして体をぱきぱき鳴らし始める。

 立ち上がって俺も体をほぐす。どこも鳴らない。むぅ。

 姉貴が黙って歩き出したのを合図に、俺も隣に並ぶ。距離は曖昧に広いけど。

「「こっちくんなよ気持ち悪い」」

 言うことが重なり、また離れる。にししし。ほんと、姉弟。やってられんのさー。

 俺は姉貴ほど図太い肝っ玉を持ってるわけではない、ただのチキンハートなのでちょろっと互いの距離を縮める。嫌な顔されたけど拳は飛んでこない。足も。

「アリサー、帰るよーぉっうごっ!」

 振り返って呼ぼうとしたら呼んでる途中で走って抱きついてきた。なぜか俺に。

 息が詰まる。首の絞め方はさすがロシア人。手慣れている。

 ギブギブ、言いつつ背中をぺしぺし。服越しの肌とは違う感触が嫌に手に残る。

「私、疲れましたー。ミサオ、連れてって~」

「疲れたって……いつ疲れたよ」

「ここまで歩いてくるのと、ホタルとの戯れに、です!」

「そんなに戯れている時間はなかったと思うんだけれども」

「むー。とにかく疲れました!」

 ……。だめだこりゃ。もう「勝手にして……」知らんがな。

 それを言った途端に背中から首に手を回しておんぶの背負ってないバージョンで抱きついてきやがった。これきっと普通におぶってやったら隣から拳飛ぶんだろうなー。

「普通におぶったら、今この場で痴漢として通報するからな」

 とってもたのしそーに俺の目の前でケータイをちらつかせてくる。あのねぇ……。

 上半身を地面と平行になるようにして、アリサが落ちないように気をつけながら歩く。これは明日腰を痛めてそうだ。

「しっかし、動いたら腹へったなー」

 誰かに奢ってほしいなー、って空気が隠れもせずに俺にダイレクトアタック。

「そうですねー」

 こっちも背中の上からダイレクトアタック。シールドなど残ってないこの現状が恨めしい。

「……じゃあ、帰り際にコンビニで何か買うよ。それでいいだろ?」

財布は持ってきている。残念なことに。

俺からその一言を勝ち取った女子二人は歓喜の声を上げる。やれやれ。またバイト代が消えていくのか。

 やっぱり2次元的な生活を望むよ。搾取されっぱなしじゃいつか俺が泣き寝入りだ。立ってるここは、3次元だとしても。

 話題転換。……できてないけど。

一願発起。コンビニ行ったら、ラーメン買おう。時間なんてだいたいアバウト3分さ。

きっときっと、買って3分後は夢のトロピカルワールドだぜい。もう落ちてるムミースター食べなくていいんだ! 味もある!

……こんなことで喜んでる俺は、やっぱり何かがアレなんだろう。

ところで。

「蛍と、どのくらい遊んでたんだろ?」

 誰に方向が向いてるわけでもない言葉を発する。

 二人とも何かを言って、珍しく話が続いている。が、耳はシャッターがかかってる。

 あれも、まるで俺達3人を待っているように。

 奇跡の時間。

 そして、すぐに消えた。なんだかんだで、短いのさ。

 特別なイベントほど、時間は短い。

 ジャストなタイミングとかは、きっと人それぞれだろうけど。

 俺なら。いや、みんな共通して。

「あばうとさんぷんてきとーさん、さー」

 魔法の言葉。忘れないさ。自分が一番好きな人が言ってたんだから。立体じゃないけど。

 さ、今日はこれでおしまいさ。


              ※  ※  ※


「おらおら轢き殺すぞー!! 走れ走れーぃ!」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!?」

 帰り道。

 こういうイベントは、特別なのにあばうとさんぷんてきとーさんじゃないのか? 

 神様のいじわる! いじわるすぎるだろ! 死ぬぞ俺!

「死ぬ気ではしれー! ミサオー!」

「高見の見物だからってー!」

 死んだら呪い殺してやる後ろの鬼畜二人! ちくしょー! ――

 ――深夜、暴走族よりも騒がしく、俺達は走りぬけた。地面とは別の、何かを。

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