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三話 鬼

 世界が反転したかのように――。否。

初めから世界は鬼達のモノであったかのように。


 先ほどまであった、温かくも確かな輝きを感じていた月の光は完全になくなる。

瘴気と呼ぶに相応しい穢れた空気が辺りに充満する。

此処はまさに化け物の領域。人が決して立ち入ることするら叶わぬ場所。

苦しいだとか、キツイなんていう次元では――ない。

此処はいるだけで体を消滅するに余りある空間。


「――なっ! 穢払を無効化した……!?」


 ありえない――。そんな言葉が続く。

先ほどまであった優位が完全になくなる。着物を纏う女性が僅かな余裕もなくなり叫ぶ。


「葉桜様! 対象カテゴリー7最上級鬼「王鬼」を中心に四方5kmに渡り桜結界の破壊を確認!! 現在は退魔2家と帝室を中心に再結界を行っていますがこれ以上はっ! がっ!!」


報告に来たであろう黒服の男が途中で泡を吹いて倒れる。


「――うそ……。桜結界すら破壊……いえ、根本から消滅させたというのですか……!」


 呆然と葉桜と呼ばれた女性は呟く。

それは驚きだとかそんな言葉すらですらない。

まさに絶対にありえないといった確認に近い言葉であった。

太陽が堕ちてきただとか、月が破壊されただとか。それに近い驚きにみちた表情。

絶対に壊れないモノが壊れた――。それはまさにそんな表情であった。


「ふふ。あは――。あははははは――。アハハハハハハ――!!!」


そんな場にただ一人、女性の狂ったような笑い声が響き渡る。


「――遂に。遂にこの時が来たわ――。さぁ、蹂躙されなさい」


 そしてそこから始まるのは、まさに蹂躙劇であった。

先ほどまであった着物の女性にあった優位などもはや完全になく。

というより、先ほどまでしていたあらゆる術の行使ができないかのように。

彼女が纏う光が完全に瘴気に埋め尽くされる。


「――ぐっく。つ――っ!」


 そして、そんな彼女に何本もの杭が撃ち込まれる。

いや、正確に言うなばら杭のようなナニかであろう。

だって実際にそれを撃ち込まれた彼女からは別に血が流れるワケでも、体に穴が開いた訳でもなかった。

故にそれは実際に彼女を傷つけているわけではない。


ないが――。けれど、それは確かに彼女の肉体を傷つける以上に穢しているのだと――そう確かに感じた。


「――っ! 私を魔で穢すというのですか!」

「ふふ。穢す。えぇ――穢すわ? それが嫌なら貴方たちお得意の穢れ祓いというヤツでこの穢れを祓ってみたらどうかしら?」


 そう笑み浮かべ、なおも残忍に彼女を穢す鬼。

そして、そんな鬼に対して未だなお戦意を衰わせずに彼女は睨み続けるけれど、しかしその身に纏う瘴気――あるいは穢れを、けれど彼女はどうにもできずになおもその身は穢れに侵され続ける。


「えぇ――。えぇ――! できないでしょう。祓えないでしょう! 既にその身は妾の魔にその身を侵された! 所詮は祓いなど結界の上に積もる埃を箒で掃うかのよう所業! ならばその身に完全に纏わりつくその魔を払うなど決してできはしまい!」


 あぁ――なるほどと――そう思った。

彼女達や、あの黒服の人間達がやっていたことは穢れ祓い。つまるところ世界に積もる埃を払うかのような術なのだと。

けれども――。今その身が晒されている所業は、白いキャンバスに黒い絵具を塗り付けたくるような所業。

完全に染み込んでいく絵具をどうやって箒で掃うことができようか。

既にそれは不可逆的な侵略。魔の侵略は確かに彼女の身を完全に侵し続ける。


「――っ」

「ふふ。あは――! そう気づいたようね! ならばっ! 今! 結界の無いこの場所でこの地を魔で満たせばどうなるのかと!」

「夜を! この世界を奪うというのですか!?」

「――奪う? 何を言っているのかしら――」


 その瞬間に、世界は確かに知覚した。

この世界の支配者が誰であるということなのかを。


「元々夜の世界は妾達のもの。それを奪ったのは貴方達ではないかしら――」

――だから返して貰うわね?


 疑問ではなくただの確認。

既に世界はそこに佇む金髪の鬼によって人の手から奪われた。

世界には薄暗い瘴気が充満して。先ほどまでいたであろう黒服達が辺り一面に倒れているのが此処からも見える。

死んでいるのか。あるいはこれから死にゆくのか。

確かなことは、此処は既に人の世界ではなくなったいうこと。


「――っ」


 ならばむしろ、未だそんな世界の中心で鬼に対して対抗しようと歯を食いしばる彼女こそまさに人間という種において心の底から称賛されるべき所業だろう。

だがそれもあと数分のこと。

それが過ぎれば如何な彼女として、この瘴気に溢れる世界で生き長らえる訳でないだろう。

そして、彼女程の人間がこれから先に幾人もいるとは思えない。



 ならば――。彼女の敗北をもって人間の敗北ということが今ここをもって決した。

世界は瘴気で埋まり、夜はただただ鬼や魔よ呼ばれる魍魎が跋扈する。

つまるところ人類数千年に及ぶ反映は無為に終わった。

人類が生み出したあらゆる兵器も鬼達に効果はなくなるだろう。

この魔と瘴気の世界では決して鬼には叶わない。

あらゆる名剣や神槍もただの棒切れとなり。

数千発を放つ機関銃も、一面を排除にきたす重厚爆撃も。

果ては世界と引き換えに放つ原子分裂を引き起こす爆裂も。


 決して意味をならず。

つまるところ――人類は今この瞬間をもって敗北が決定的になったのだと。

その事実が今決まった。
















 そんな事実をただただ呆然と始めから終わりまで眺め続けてした、傍観者であり転生者である矮小極まりただの人間であった俺は――。


ただ――。

そう――ただ、この身に宿る感情はたった一つで。

つまるところ俺の中にあった感情を言葉にするのならば――。


「――――――――――――気に入らない」


あぁ――。

そう、その通りだ。

俺はどうしようもないほどに気に入らなかった。


 この夜が。俺の好きであった夜が――。

たかだか――そう人類を凌駕する化け物風情に奪われるということが気にいらなかった。


 俺が何のためにこの世界に生まれ変わったのだとか。

俺は何のために生きているのだろうかだとか。

そんな事は今この瞬間は全て置き去りにして。

目の前の事実に、この身が焼き切れそうになるほどまでに気に入らなかった。


 その瞬間に俺はそういえばと思い出した。

昔、誰かに言われたのだ。



――貴方はきっと我慢ができない人だから。だから――貴方は貴方の好きなようにしたら良いのよ――と。



 あぁ、ならば好きにしよう。

この数千年に及ぶ人類の英知を結集しようとも、どうしようもない現象を、なおもどうにかしようと。


 その瞬間にこれまで無為に生きてきた体に火が灯る。

これまでは決して動かなかった、鈍重極まる歯車は――けれど今は軋みを上げてこの身を音速の向こうにかっ飛ばすかのように唸りの絶唱を始める。

その段階において――俺はまずは何をすれば良いのかと考える。

そして、次の瞬間には答えに至る。




――世界が薄汚れた魔の瘴気に侵されています。どうしますか?


――元凶をぶっとばせばいいじゃない。



 何と単純な答えか。

素晴らしい。気が付かなかったが、前世の俺はきっと天才だったに違いない。


 ならば後はそれをなす手段だ。素手というのは好み(きょうじ)じゃない。

そして辺りに目を向ければ、先ほど女性が生み出し、鬼よって弾き飛ばされた武器の残骸に目が留まる。


――素晴らしい。そのうちで最も突き刺しやすそうな槍に手を伸ばす。

うん。これは実に好みに合う。この一本があれば十分だ。


 さぁ――。準備は整った。

俺に武術の心得などない。なれどもそれは何一つ問題にはなり得ない。

これは術のやり取りなどではなく――。


 ただ――。その存在を掛けた、ただの存在の上塗りに近い行為なのだから。



一歩――。俺はそれまでいた物影から動き始める。

その瞬間に、世界そのものが俺という矮小な人間にその自己領域すら崩壊させるような重圧をかける。


――矮小な人間が何を動きだす。既に世界は鬼が支配した。ならばその行為に何一つ意味はなさない。



二歩――。鬼との間は未だ遠く。世界は1秒置きに瘴気に侵される。


――それは蛮行を超えた自殺行為にすら劣る愚行。蟻が巨像に挑むなどいう話しでなく、生き物が地球に対して反逆しようとするような行為。故にその行為は自己だけではなく、無意味に無駄に同胞をも晒さなる殺意に侵すに等しい集団自殺の走り掛けにすぎない。



三歩――。肺が、体が、瘴気に侵される。既に着物の女性は声も上げることができなくなり、辺り一面にはただ死と穢れだけがある鬼の世界が完成に至る。


――死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。今すぐ死ね。直ぐに死ね。その槍を心臓に突き刺し死ね。疾く死ね。既に夜の世界は鬼だけが生きるに相応しい世界へと至ったのだから。





四歩――。故に――。


さぁ――。世界よるへの反逆を始めよう。



 俺は、最高速を持って駆け抜ける――!

機会は一回。今この瞬間に鬼は自身の世界が成った事に歓喜する。

夜と月を我が物に。

人間という種に自身は勝利した。

それを世界すらも認めたのだと。歓喜する。慢心する。


故に――。その一瞬、僅か1秒にも満たぬ心の間隙。

故に走る。あるいはそれは人類が理論上だせる限界すらもその瞬間に置いては凌駕して。

鬼との間にあった長い間を、音を置き去りに駆け抜けて――。

そして、その勝利の余韻に浸る鬼の心臓に――。



――――――その手に持つ槍を突き立てた。



「――――――――――――――――え?」



 鬼から漏れ落ちた言葉。

意味が分からないだろう驚愕の言葉。

その一秒前まで自身の完全なる勝利に酔いしれていたであろう鬼は。

けれども今は自身の背中から心臓を貫き、胸から生えている槍を呆然と眺め。


そして、そのまま――。


「悪いけれど、俺は月の光の下で歩く事が好きなんだ。だから、――」

――貴方が奪った夜は返して貰う。


「う……そ………」


 そんな言葉を残し、次の瞬間には夜の支配者であった鬼は槍が刺さった箇所を中心に灰になり始め、

そして一瞬をもって、完全に消滅をしてしまった。


それは一瞬とはせかいを支配した鬼の、けれども確かな幕切れであった。




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