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8:トレイスと死なない少女②




 いやはや。まったく、どうしたものか。

 トレイスは浅瀬でごしごしと全身を洗っているルースを眺めながら、溜息をつく。


 殺せない。というのも重大な問題ではあるけれども、それはまあ一応解決の糸口が無い訳ではない。が、それを実行するにはまず王都に行く必要がある。なので当面の問題は……。

 徐に懐から布袋を取り出し、中身を確認する。ここに入っていた筈の金が、何故だかもうあといくらかしか無いではないか。


「トレイス」


「なんだよ」


「汚れを落とした」


「服も洗ったか?」


「洗った」


「そうかい」


 顔を上げたトレイスの目の前には、びしょびしょの服を着た全身ずぶ濡れのルースが仁王立ちしていた。ふとした潮風に乗り、なんだか筆舌に尽くし難い生臭さが鼻孔を刺激した。


「――く、くせぇッ!? そういや村出てから、着替えとかしてねぇな……」


 確かに、一度殺してしまえば身体は綺麗さっぱりな状態に戻る。が、服は例外のようだ。日々の汚れにプラスして、滝壺や沼に沈めようと色々やった過程で染み付いたニオイが、潮水によってこれでもかと表出してしまっていた。


「くさい?」


「お前の事だっつーの!」


「くんくん。……刺激臭はするが」


「それをクセェって言うんだよ!?」


 流石にこれじゃあ悪目立ちしてしまい、街中は歩けないだろう。さっきの食事処みたいに、勢いでゴリ押そうとしても限界だってある。


「クッソ……つーか、えっ? そもそも、これ船賃足りてなくない?」


 誤算だった。さっきの店を叩き出される際、変に意地を張って余計な金まで叩きつけてしまったのも原因だろうか。いやそれとも道中を揺れの少ない高級馬車にしたのが原因か? 主に夜中にルースをアレコレしていたので、宿代は一人分で押さえてはいたんだけれども……。


 何にせよこれでは宿にも泊まれないし、船での移動もできない。残っているのはせいぜい、今晩の食事代くらいか? それもそれなりのモノを食おうと思ったら、果たして足りるのか心許ないくらいだ。

 うーん。やっぱり三日前の宿は個室風呂ではなく大衆浴場で我慢すべきだったか。いや、でも赤の他人と同じ湯舟に入るとか……いやーちょっとしんどいぞ。


「あー……、今からちょっと返してって言いに行くのもなぁ」


「金が無いのか」


 するとどうだろう。他人事のように言い放ってくるルース。


「金が無い時は、働けばいい。クリフデンはそう言っていた」


「ハハ、そらご立派な教えで。つーかお前、働いたことあんのかよ」


「ある。薪集めに、収穫物の運搬、田畑の耕起、穴掘りなどをやった。山道への落石や倒木を退かしたこともある」


「み、見事に単純な力仕事ばっかだな」


 欲を言えば、無駄に働きたくはない。しかし、背に腹は代えられないのも事実だ。この町に仕事があるかどうかは定かではないけれども、なんとか王都への船代分だけでも金を作るしかないか。


「……よしわかった。もう日没まで時間はねぇけど、金が貰えねぇかやってみるか。俺はギルド周りとかで探してみるから、お前はその辺で適当に声かけてろ。ここなら港の関係者に当たる可能性も高いだろうし。ちょっとしたヤツなら、なんか貰えるかも」


「了解」


「あぁそうそう。攻めるなら、なるべく良い恰好した金持ってそうなヤツにしとけよ。金貰えたは良いけど、メシ代にもなりませんでしたとか嫌だからな」


「そうする」


 そうやって別れたは良いものの。やはり日没の近付いたこの時間では、どこもかしこも仕事を終えかけている。アルビソラの冒険者ギルドや町の掲示板を除いてみても、今からでも……というのはせいぜい酒場か風俗店絡みの仕事くらいしかない。護衛の仕事や明朝の漁の手伝いなんかもあったけれど、拘束時間が長すぎる。もっとパパっと数時間程度で済ませられる仕事がいいんだけれども。


「あんまし強くねぇ賞金首でも、フラッと現れねえかなぁ。今から戎物クリーチャー狩りは面倒臭ぇし……」


 ブツブツ言いながら依頼書や手配書を順繰りに眺めていると、なんだか冒険者ギルド内がざわつき始めている事に気が付く。


 ――暴れてるって、港の倉庫の方でか!?


 ――それが、えらく強えって話でよォ!


 ――あそこの連中、全員蹴散らされちまったって!


 ――はぐれたスキルハンターの一人らしいぞ!


 ――そういや、殺しやったヤツがいるってウワサあったろ!


 ――マジかよ、それって賞金首じゃねーか!?


 ほう。

 これは僥倖。願望は口に出してみるものだと、トレイスは感心してしまう。まあ噂とかに関してはこちらの事のような気がするけれども、まあそれはいい。


 この賞金首らしき輩、俺にとっては眼前に置かれた金塊でしかない。仮に賞金首でなかったとしても、騒ぎを治めたとなればギルドか機動兵隊の連中からいくらかは謝礼が出るだろう。どうしても目立ってしまうのは癪だけれども、これもイイコトをした人間としてこの町でのカモフラージュにはなるかもしれない。


 善は急げ、だ。ルースを呼びに戻ろうかとも思ったけれども、それよりもこのボーナスゲームをコイツらに取られてしまう方が面白くない。

 まあどっちにしろ港方面という話だし、合流は後でもいいだろう。

 そう考え、トレイスは他の連中の後を追う形で港の倉庫区画へと向かう。

 向かったはいいの、だが。


「――と、止まれ! 止まらないと、たとえ子供でも容赦なく斬るぞ……!」


「どけ」


「うわああああああっ!」


 剣と鎧で武装した青年が高々と宙を舞う。


「ひ、ひいぃッ!?」


「金を寄越せ」


 不遜な眼差しの少女はずんずんと歩を進めながら、身なりの良さそうな初老の男性に接近して行く。


 ……もはやツッコむ気も起きない。


 もちろんこの少女とは、ルースだった。


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