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6:クリフデンの依頼⑤




 一瞬のうちに十六回にも及ぶ剣撃を叩き込み、全身をバラバラに斬り飛ばす。心臓を乱れ突き、原形を留めないくらい粉々にする。他にも、トレイスは『八の太刀』を駆使し即死レベルの攻撃を幾度も繰り返す。

 が、ルースは一向に倒れない。それどころか、血の一滴すら出やしなかった。ずっと同じように、トレイスの攻撃を受け続けているだけだ。


「……ハハッ」


 やがて、トレイスの剣が止まる。


 幻覚にしたって、これは明らかにおかしかった。こんなに強烈な幻を見させ続けるスキルだなんて、見たことも聞いたこともない。いつまでも無意味に剣を振り続けている自分が馬鹿らしくなり、笑いすら出てしまっていた。


「こんなの反則だろ。どんだけ強烈な幻惑スキルなんだっつーの……」


「トレイス。これは幻覚ではない」


「はぁ?」


 今まで大人しく立っているだけだったルースが、じりとこちらに歩み寄ってくる。反射的に、剣を構え直すトレイス。


 しかしルースに攻撃を仕掛けてくる様子はない。ゆっくりと右手を伸ばしたかと思うと、トレイスの構えた剣の切っ先をそっと握ったのだった。

 ルースの掌は刃によって傷つき、そこからポタポタと血が流れる。


「お前、何のつもりだ……!?」


「見ていろ」


 ルースは痛みに顔を歪めることもなく、刃を握る手に一層の力を込めた。当然、流れる血液はその量を次第に増す。まるで料理を彩るソースのように、右腕を赤く浸食して行く。そうなってもなお、ルースは躊躇うこともなく剣を肉に食い込ませ続けた。


 そうやってある程度傷を深め続けたところで、今度は刃を思い切り握る。血飛沫が跳ねると同時に指の数本が力尽き、地面に落下してしまった。そんな悪趣味としか言えない光景を、トレイスはただ茫然と見つめるしかなかった。


「トレイス。今、指が三本外れた」


「あ、あぁ……」


「指が三本無くなったら、人は死ぬか?」


「……いや。死なないな、その程度じゃ」


「そうか。ならば、これはどうだ?」


 ルースは血塗れになった刃の先端を、今度は自身の首に向ける。

 まさか。と、トレイスは直感する。


「おいバカ待て、殺すのは俺の――――」


 トレイスの言葉を待たずして、ルースは剣先を喉に深々と突き刺した。

 ずぶり、と突き刺した。

 突き刺した、はずだった。


「う、嘘だろ……!?」


 しかし瞬きをした次の瞬間にはもう、トレイスの剣は喉の位置から外れていた。

 いや、それだけじゃない。

 さっき自ら切り落とした筈の指。そしてなによりそこら中に撒き散らしていた血液。それら全てが『元通り』になってしまっていたのだ。

 まるで何事もなかったかのような、無傷。さっきと同じだった。


「なんだこりゃ、どうなってんだ……!?」


「私の『スキル』……のようなものらしい」


 困惑するトレイスに与えられた答えは、非常に簡潔なものだった。


 ルースのスキル。それは『死なないスキル』とでも言えばいいのだろうか。


 そりゃスキルは無数に存在するし、中には生物としてのルールを歪めてしまうものもある。でもこれは、歪めているとかいうレベルじゃない。死なないということは、世の理そのものを破壊してしまっていると言っても過言ではない。


「スキルって、本当かよ」


「分からない。クリフデンはそう言っていた。……トレイスでも、私は殺せないか?」


「は、はは……どうだかな……」


 なんだか眩暈がしてきた。今回もあっさり依頼完了かと思いきや、まさか殺すべき相手が『死なない』だなんて。話が大きすぎるのもそうだけれども、何より……気付いてしまったのだ。


「あー……わかった。取り敢えず死なないとして、だ。お前、どうするつもりなんだよ?」


「どうする、とは? 質問の意図が分からない」


「保護者だったクリフデンは死んだぞ。お前だって、死んだ奴の指示なんか律儀に従ってやる理由もねーだろ」


 つまり、逃げないのか。と、トレイスは暗にそう言っていた。


 もっとも依頼を受けてしまった以上、トレイスにはルースを殺すという選択肢以外ない。にも関わらず訊いたのは、確かめたかったからだ。


「クリフデンからはトレイスの言う事を聞け、と指示が出ている。それに従う」


「あっそ。……まあ、そうだよなぁ」


 なんというか、予想していた答えの通りだった。

 要するに、クリフデンはぶん投げたのだ。トレイスに、ルースの面倒を。



 ――依頼は、至極単純だ。手紙にも書いてあった通り、『私のスキル』を使って『ある人物』を『殺して』欲しいのだ――



「あンのジジイ、よく言うぜ。とんだ詐欺師じゃねぇか……!」


 殺せないと分かっていて、依頼をした。そしてルースはルースで、クリフデンの指示とやらに従うのだろう。ルースがそういう奴だというのは、この短い時間でも十分に理解が出来ていた。

 なんだか、今更ながらに納得してしまう。依頼話の要所要所で不自然があったのは、この為だったか。

 トレイスは『やられた』と言った風に、ぶっきらぼうに頭を掻く。


「トレイス、困っているのか?」


「困って? あー……まあ、そうだな。わりと」


 もちろん、依頼人であるクリフデンは既にこの世にいない。言うまでもなく、依頼が完遂されたか確かめようなんてないのだ。だからここでルースを放置して行っても、依頼人からクレームが来ることはない。

 ないのだけれど、も。


「ならば、手助けしよう」


「は?」


「クリフデンは『イイヤツ』が困っていたら助けになれと言っていた。トレイスは『イイヤツ』だ。だから、助ける」


「いや、お前が素直に死んでくれるだけで、こっちは大助かりなんだけど」


 一縷の曇りもない真っ赤な眼差しが、数度瞬いた。


「だが、トレイスは私を殺せない。困った。どうしよう」


「いや、決めつけんじゃねーっての」


「殺せるのか?」


 そのストレートな問いに、トレイスは口を噤む。こんな子供相手に妙な意地を張ってしまったのもそうだけれども、まさかこんな事態に遭遇するとは。


「……ルース」


「なんだ」


「とりあえず、ついてこい」


「そうすれば、私を殺せるのか?」


「ああ。後でちゃんと殺してやるから」


「了解」


 トレイスは剣を収めると、足取り重く歩み出す。

 ここでルースを見捨てることなど、出来る訳が無かった。


 ――依頼は、必ず完遂する。


 それは、そんなトレイスの『信条』に反することだから。

 何よりルースの持つ『死なない』というスキルは、このまま放置して行くには危険すぎる。それにこんなトンデモスキルの存在を聞いてしまったからには、尚更必ず殺さなければならない。


 殺さなければ、ならない。

 その意味する所を考えながら、トレイスは後ろを振り返る。

 そこには仏頂面で従ってきているルースの姿があった。

 彼女の肩越しのさらに向こうには、物言わぬクリフデンの身体が今も横たわっているのだろう。


『今日初めて顔を会わせる人間が、果たしてどんな腹の内なのか。私にはわからんし、君にも分からない。そうだろう?』


 クリフデンの言っていた言葉が、ふと脳裏に浮かんでくる。


「……ほんと、仰る通りで」


 トレイスはそんな脳裏の光景に、やはり同じ言葉を返す。


「トレイス、発言の意図が分からない」


「うるせえ、ほっとけ」


 ルースは独り言を言いながら頭を掻くトレイスを見て、首を傾げるのだった。



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