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5:クリフデンの依頼④




 トレイスはクリフデンの手に握られていた剣を奪うと、クリフデン宅の方へと来た道を引き返す。クリフデンの死体をその場に放置したままで。

 供養するとか祟りがあるとか、そういうのは生きている人間が勝手に気にしているだけだ。別に気にすること自体、トレイスは否定していない。ただ気にするもしないも人の勝手だと、そう思っているだけだった。


 日の出が近いのか、段々と空が白んで来ていた。農家が多そうなこの村のことだ。きっと朝の動き出しも早いに違いない。面倒事になるのは嫌なので、手早く済ませてしまおう。


 そう考えながら進んでいた矢先だった、森の中をこちらに向かってくるルースと遭遇したのは。


「トレイス」


「あー……、早起きだな」


 寝間着というのを身に着けないのだろうか、この娘は。ルースの恰好は昨日会った時と同じものだった。


「クリフデンはどこだ」


「クリフデンは死んだよ。俺が殺した」


「死んだ。そうか」


 無表情そのままに、ルースは返す。取り乱すこともなく、淡々としていた。


「……記憶喪失なんだったっけか。ひょっとして忘れてんのか、死ぬってことまで」


「知っている。生命活動を停止することだろう」


「あー……、そりゃそうなんだけど」


 記憶喪失の元刺客。ルースの情報はそれしか持ち合わせていない。もっとも、それ以上を知る気もないけれども。


「手紙があった。『これからはトレイスの言う事を聞け』と書いてあった」


「そうかい。じゃあ遠慮なく……」


 トレイスは持っていた剣を構えると同時に、スキルを発動する。


 ――『次元流剣術:レベル8』


 発動した刹那、一瞬のうちに様々な情報が洪水のように押し寄せてくる。基本の構えから足運び、間合いの取り方から多種多様な技に至るまで。それらの情報は脳を溢れんばかりに満たし、間髪置かずに全身へと駆け巡る。

 そうやって、トレイスは僅か一秒にも満たない時間で『次元流剣術』の伝承者と同じ技術を手にしてしまったのだ。


 指先にまで、情報が瞬時に染み込んで行く感覚。これは毎回変わらない。どことなく懐かしさを覚えてしまうのも。

 これが『スキル』と呼ばれているものだった。持ってさえいれば、誰でも扱うことが出来る。もちろん、そもそもの身体能力や生まれ持った資質によって性能の差はどうしても出てしまうが。


「……死んでもらう」


 目の前で、自分に刃が向けられている。そんな状況にも関わらず、ルースは微動だにしない。真っ赤な瞳が、ひたすらにこちらを見据えているだけだった。

 そんなルースに、トレイスは違和感を抱かざるを得ない。


「抵抗しないのか?」


「何故だ」


「いや、ナゼって……お前、刺客だったんだろ? クリフデンを追い詰めるくらいの」


「そう聞いている」


「だったら抵抗するだけの力はある筈だ」


「抵抗しろ、とは書いていない。言う事を聞け、と書いてあった。トレイスが私を殺すというのなら、殺されるだけだ」


 さっきの問答といい、この娘はもしかしたら人格形成に大きく関わる重要な部分まで忘れてしまっているのかもしれない。だとすれば、この素っ頓狂で薄気味の悪い反応だって頷ける。


「あぁそう。ま、しないならしないで良いんだけどさ……」


 とはいえ、事情や理由なんかどうだっていい。自分は依頼を完遂できればそれでいいのだ。トレイスは思い直す。これ以上、会話をする気もなかった。


 剣の握りに、ぐいと力を込める。そして枯れた古樹のようであったクリフデンのそれとは違い、瑞々しさそのものといった首に狙いを定めた。


――次元流剣術、八の剣。


 音もなしに深々と踏み込み、上段に構えた剣をほぼ水平に振り抜く。それは次元流剣術の基礎となる動きであり、また先程クリフデンが仕掛けてきた剣撃と同じものでもあった。


 しかし、八の剣は順序が違う。次元流の神髄は、その名の通り次元に干渉することに由来する。『八の剣』ともなればただの一太刀を『8回ズラす』ことにより、剣を振る前に八つもの斬撃を放つことが可能なのだ。分かりやすく言えば斬撃という『現象』だけを多重化させ、さらに早めることが出来る。現象を早めるという特性上、剣自体は振らなくてはいけないのだが。


 とはいえ太刀筋というものが生じる前に斬撃が八回も叩き込まれるのだから、常人ではどう足掻いても回避不能の一撃となる。また次元干渉を応用した斬撃なので物理的な防御能力も無視されてしまう。つまり、鎧や盾も無意味。まさに必殺、素晴らしいスキルだ。クリフデンの語った通り、これを欲しい人間は山程いるに違いない。


 だから棒立ちのルースに直撃させることは造作もない。事実、十分な手応えがあった。間違いなく、首を落とせたであろう。苦しむことは、ほぼない。何が起こったのか理解をする前に意識が失われ、あとはそのままだ。


 首を両断され、生きている人間などいない。クリフデンもそうだったし、トレイスだってそうだろう。平等で、それは言うなれば『自然』でもある。


 だが、しかし。


「……その動き、クリフデンと一緒だ」


 その聞こえてくるはずのない声に、トレイスは反射的に振り返る。

 するとそこには、まるで何事もなかったかのように突っ立つルースの姿があるではないか。


「なっ――!?」


 何故、倒れていない?

 何故、首が繋がっている?

 何故、生きている?


 同じような言葉が頭の出口に押し寄せ、トレイスは言葉を失ってしまう。

 疑問の答えが出ない。確実に、首を切断したのだ。避けられた、なんてこともない。手応えだって十分に感じられた。それなのに、どうしてルースが無傷なのか。


「く……ッ!」


 わからない。理解が出来ない。トレイスは答えが出ないままに、もう一度ルースの首に八の剣を走らせる。

 今度は、確実に。トレイスはルースの首から一瞬たりとも目を離さずに、斬撃を放った。しかし剣の軌跡が首を綺麗に抜けてもなお、そこには傷の一つも付かなかったのだ。


「まさか、幻惑スキル……か!?」


 当然、そういう結論に行きつく。目の前の光景が現実でないと、トレイスはそう考えるしかなかったのだ。


 これが幻惑スキルによる幻覚効果であった場合の対策手段は、いくつかある。そのうちの一つで手っ取り早いのが、幻覚を破壊し続けることだ。

 幻覚が精巧であればある程、スキルの使用者はその維持に激しく消耗をする。故に、幻覚の再構成を押し付け続けてスキルが使用できないくらいに消耗させてしまえばいい。


「ナメんなよ……!」


 こうなったら、徹底的にやってやる。死に至る一撃を、これでもかとお見舞いしてやる。


 トレイスは無抵抗のルースに向かい、剣を構え直すのだった。


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