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4:クリフデンの依頼③




 二人の出会いは、敵としてだった。


 クリフデンは襲撃してきたルースと戦闘の末、彼女を無力化することに成功した。しかしそこで大きな怪我を負ってしまうのは話の通りだ。四年ほど前のルースは、当然ながら今よりも幼かっただろう。十に届いているかどうかというその姿に、クリフデンと言えども多少なり油断が生じていたのかもしれない。


 この時、ルースも相当に重症だったらしい。普段なら刺客の類はその場で切り捨てていたそうだけれども、どうしてかルースは生き延びた。主であるクリフデンが気を失っていたか何かで、他の部下が勝手は出来ないと判断したのか。それとも単に、明らかに幼いルースへその決断が下せなかっただけなのか。


 しかも怪我から回復してきた彼女からは、それまでの記憶が殆ど失われてしまっていたのだ。十中八九ルースはクリフデンの持つスキルを狙っている組織からの刺客だろうという話だが、今一つ情報が曖昧なのは記憶が不明瞭なために追及が出来なかったが故のようだ。


 それから紆余曲折あり、ルースはこうしてクリフデンと共に隠居生活を送っている。そして紆余曲折の末、こうしてトレイスに依頼がやって来た。クリフデンの話によれば、そういう事らしかった。


 この紆余曲折の中身については、何も聞かなかった。聞いたところで、依頼内容は変わらない。だったら聞かない方が良いだろう。少なくとも、トレイスはそう思っていた。


「……私を恨むかね?」


 早朝。日の出までは、まだ時間がある。薄闇が下ろされた肌寒い森の中。のろのろと覚束ない足取りで進みながら、クリフデンは静かに言った。


「え、なんで?」


「騙すような依頼をしていることだよ。君にだって、何か信条はあるだろうに」


 トレイスは少しだけ考えた。


「それって、女や子供は手にかけない……的な?」


 ああ。と、曲がった背中は答える。


「あー……。生憎、こちとら正義の味方じゃないんでね。そういうのはどうでもいい。でもまあ『信条』って言うなら、俺にとっては依頼を確実に遂行させる……ってのがそうかもな」


「そうか。ならば良い、安心した」


 正直、ルースを殺せと聞いた時は思いもよらぬ内容で驚いた。けれども整理してみれば、なんてことはない。虚を突かれただけで、依頼者のスキルを使って望みの人物を殺す。ただそれだけの話だ。そう珍しい事でもない。


 家から十分ほど森を歩き、やがてクリフデンは歩みを止めた。ただの森の一角といった感じだけれども、どうやら目的地らしい。


「いいのか、ここで」


「元々、村の中でも端にある家だ。近くに畑もないから、滅多に人が来ない。君としても、騒ぎにならない方が良いだろう? ここまで来たのは、念のためだ」


「……お気遣い、痛み入るね」


 それに、とクリフデンは付け加える。


「こうして歩いたお陰で、多少は身体が温まった。……さて、剣をこちらに」


 トレイスは家を出る前に渡されていた剣を、クリフデンに返す。特に装飾もなく見た目はシンプルだけれども、刀身が長く少し細い。次元流剣術は軽くて且つ長さのある剣を両手で扱うと聞く。ならばこの剣は、それに相応しい代物だと言えた。


「良いモノなのか、それ」


「フフ、まさか。確かに一般的な剣とは少し違う。だが、特別製という訳でもない。それに他より良い武器を使っているから強い……だなんていうのは、剣士の名折れだとは思わないか?」


「ふうん」


 トレイスは同意も、反論もしない。鞘から剣を抜き、こちらへと刃を向けるクリフデンをただただ見据えた。


「もはや次元流を放てる身体ではないが……――――ふうッ!」


 僅かに、空気が張り詰めた気がする。流石は達人とでもいうべきか、獲物を手にするとこうも雰囲気が変わるものなのか。そこいらのチンピラなら、このプレッシャーだけで黙らせることだって出来そうだ。


 感心しながら、しかしそれでもトレイスは態度を崩さない。


「……言っとくけど、俺ぁ手加減なんかしてやれないぞ? だから正直、変に抵抗されない方が楽で良いんだけど」


 気遣いなどではなく、事実だった。依頼を遂行するにあたって、無駄や面倒は極力避けたい。トレイスにとって、過程はどうでも良かったのだ。


「真っ当に生きてきた人間であれば、年と共に老いて死ぬ。それが病によるものなのか、はてまた身体がそれ以上動かなってしまうのか……いずれにせよ、これが自然というものだ。そう思わないか?」


 薄闇を裂くような視線を叩きつけながら、クリフデンは問いかける。しかしトレイスは答えない。その眼光を、ただただ受け止めているだけだった。


「……だが、私は違う。大義名分はどうであれ、人生の殆どを戦いの中で生きてきた。人であれ戎物クリーチャーであれ、奪った命も多い。それこそ、数えきれないくらいに」


 一人殺せば殺人者だが、百万人殺せば英雄だ。そんなような言葉があった気がする。クリフデンは英雄と呼ばれてもいいような人間なんだろうだけれども、戦場で名を上げたということは……そういうことなのだろう。


「だから、年老いて死ぬ訳にはいかないのだ。それは私にとって、自然ではない。正道を外れてきた者が最後だけは自然に逝こうなんて、おこがましい話だ」


 戦士であるからこそ、最後は戦って死ぬべきだ……という事か。


「――ったく、随分と図々しいジイさんだな」


 だったら、大人しく刺客に殺されておけばよかったものを。ここまでそれをしなかったということは、隠居して気が変わったのか。それとも同じ死ぬにしたって、自分のスキルを悪用されてしまうであろう刺客にやられるのはご勘弁、なのか。


 どちらにしたって、だ。哲学じみた格好良さげな事を言いながら、やっているのはガキの我儘と言っても良いくらいじゃないか。

 トレイスはそう思いつつも、そっと構えて戦闘態勢を取る。ただし、構えたのは拳ではない。中途半端に指を浮かせているような型であった。


「ほう、徒手空拳か。……構えは随分と奇妙に見えるが」


「なんだっていいだろ。早く掛かってこい」


「フフ、そうだな。――――――いざッ!」


 クリフデンは大地を蹴り上げ、こちらに向かってくる。

 が、遅い。足腰が弱っている為に、そこにロクな突進力も生まれていなかった。剣を上段に構えてはいるものの、このスピードであればこちらの攻撃が圧倒的に速い。剣が振り下ろされる前に決着をつける事だって可能だろう。


 しかし、トレイスはその一太刀を待った。敢えて、待ってやった。


「クはぁッ!」


 接近し、精一杯の気合と共に振り回される剣。しかしトレイスはその剣撃をあっさり見切り、ひらりと身体を逸らして回避をする。


「ぬゥ!?」


 刃は、空を切る。そして全身全霊であろう一撃の反動に耐えきれず、クリフデンの身体は剣の方へと持って行かれてしまっていた。

 なんとも、無様だ。これが『剣人クリフデン』とまで呼ばれた人間の太刀筋か。


 しかし、これでもう思い残すことはないだろう。まったく、我ながらサービスをし過ぎてしまったのかも知れない。


 体勢を崩しているクリフデンは、もはや隙の塊であった。トレイスはクリフデンの方に一歩を踏み出すと、その顔面を狙って掌底を突き放つ。

 素早い動きだったものの。威力はそれほどでもない。それはクリフデンが少しよろめく程度だった。


「ごあっ……!」


 後ずさりする姿を確認したところで、トレイスは即座に後退して距離を取る。

 この動きだけで、クリフデンは何かを察したのだろうか。にやりと微かに笑っただけで、その剣を再び構えようとはしなかった。

 そして。



「――――ルースを、頼んだ」



 次の瞬間。


 ぼひゅん! という炸裂音と共に、虚空に微かな血飛沫が舞う。クリフデンの上半身はその殆どが消滅し、手首と少しだけ残った両の前腕部が地に落ちる。僅かに遅れて、腹から下の部分がドスンと突っ伏した。


 クリフデンの身体は、まるで巨大生物にごそりと食い千切られたかのような状態になってしまっていた。


 トレイスは下半身から血だまりが広がって行くその光景を漠然と眺めながら、合図を待つ。

 そうやって数秒が経過したその時、待っていた現象が訪れるのだった。


 ――『次元流剣術:レベル8』を奪取しました――


 視界の端に、そんな表記が出現する。


 スキルの奪取。それは同時に、クリフデンが絶命したことを示していた。

 殺した人物のスキルを一つだけコピーし、自分のモノとすることが出来る。

 それが、トレイスが生まれつきに持っている特別な力だった。


「……自然じゃない、か。俺にとっちゃ、アンタはよっぽど自然だけどな」


 トレイスは餞別の言葉のようなものを、クリフデンだったモノに投げかける。もちろん、返事はない。元々、それを期待してもいなかった。


 ともかく、これで受けた依頼のうち半分はクリアした。


「さて。報酬も無事受け取ったことだし、あとは……」


 あの赤髪の娘、ルースを殺すだけだ。


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