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1:たったひとりの冒険者




 麓の町を離れて、もう二時間あまりが経過しようとしていた。

高かった日は少しずつ落ち始めはているものの、まだまだ元気に光を降らせている。日没までは、まだまだ余裕がありそうだ。


 見るからにくたびれた麻袋を背負う青年は、ふぅと息をつきながら汗を拭う。荒れ気味の山道というのは、思いの外疲れるものだ。体力的な意味合いというより、ゴールが見えないという精神的なものの方が大きいかもしれない。


 ふとポケットから折りたたんだ地図を取り出し、広げた。随分と大雑把な地図ではあったけれども、道なりに行けば良さそうだということは既に分かっている。

 そうやって進んでいると、確かに目的地である山村の名称が書かれた看板を見つけることが出来た。あんな戎物クリーチャーがうろついていたことで少し不安が過っていたけれども、やはり道は間違っていないらしい。


「そりゃ、馬車だって来ない訳だ」


 辺鄙な所だと、呟きながら思う。とはいえ、もはや青年にとっては慣れっこでもあった。そりゃあ身を隠そうというのに、わざわざ見つかりやすい土地を選んだりはしないだろう。こういうのも、『あるある』だ。


 さらに数十分歩くと、ようやく依頼人の住む村が見えてきた。いや、村というより、集落と言った方が近いのかもしれない。山道の切れ目にぽつりぽつりと家屋があり、畑があり、家畜の姿がある。そんな光景を抜けると、多少は家屋の纏まった箇所が見えてきた。

 そんな一角に、青年は小さな商店らしき建物を発見する。日用品やら保存食、ちょっとした衣類や医薬品まで広く浅く置いているような商店だった。


「あのぅ」


 青年は開きっぱなしの扉を潜り、薄暗い店内へと足を踏み入れる。しかし、店に入った所で誰かが応対に出向いてくる様子はなかった。


「おーい、客だぞぉ!」


 まったく。田舎ってのは、いつもこうだ。青年は青みがかった黒髪をわしわしやると、語気を強めて店の奥へと飛ばす。

 どんがらがっしゃん。なにやら慌ただし気な音を立て、間もなく初老の男性が姿を現す。店主、なのだろう。


「へいへい。いらっしゃ……って、あんた誰? どっから来たの?」


 青年を見た途端、眉を顰める店主。


「ただの冒険者だよ。普通に山登ってきたんだけど」


 店主を気遣う訳でもなく、ぶっきらぼうに返す青年。


「冒険者ぁ? ……登って来たって、そんな恰好で?」


「なんだよ、別に変な恰好でもないだろ」


「はあ、まあ……」


 主人が困惑するのも無理はない。何故なら、この青年の恰好が冒険者にしては『普通』過ぎたのだ。多少の汚れは見られるものの、まるで近所に出向くみたいに軽装で、鎧どころか胸当て一つ身に着けていない。盾や甲手すらない。なにより、剣や斧などの武器がどこにも見当たらなかった。それに関しては、この青年が魔法スキルを主として使用するスタイルという可能性もあるけれども。


「ええと、お連れさんは何人くらいかな? 生憎、この村に宿はなくてね……」


 言いながら、主人は不安そうにそこかしこを見渡す。そう、魔法スキルを主に使用する後衛なら、それを援護する前衛の人間が数名いる筈なのだ。

 しかし、青年はそんな主人の不安を呆気なく否定する。


「あー……俺一人だから。それは、別に」


「へ、へぇ……おひとりで。その、道中で戎物クリーチャーは大丈夫でしたかい? この辺りには凶暴で有名なヤツがいまして、特にこの時期はソイツの所為で馬車もロクに……」


「そんな事より、クリフってジジイの家わかる?」


「クリフさん? そりゃ分かりますが……お客さん、失礼ですが何用で?」


「手紙を貰ったんだよ。ぜひ俺に来て欲しいって」


 嘘は言っていない。しかし、それは店主の満足するような答えでもなかった。ただ、自分は無関係な人間ではない。それが分かれば十分だと思っていた。青年はそれ以上を素直に喋った所で、お互いに得をすることはないと知っているのだから。


「……で、どこなの?」


「え、まぁ……クリフさんトコなら、村のもう少し奥に」


「そいつはどうも」


 明らかに感情の入っていない礼をすると、青年はさっさと踵を返して村の奥へと向かおうとする。


「ちょ、ちょっとお客さん!」


「ん? まだなんか?」


「そりゃもう。お客さん、自分で言ってましたよね? 『客だぞ』って」


「言ったけど」


「お客さんなら、買い物してくでしょ? 普通は」


 数秒考え、青年はひどく面倒そうに「あー」と声を漏らした。


「……なんかオススメ、あんの?」


「ええ、えぇそりゃあもう! ここの特産品で、珍しい茶葉がありますよぉ。淹れると色がとってもキレイでねぇ、お土産には持って来い!」


 急に色めき立ち、茶葉の入った袋を見せてくる。なんとも現金な店主であった。


「うーん。茶ァとか、もうあんまし飲まないなぁ。土産っつっても、あげる奴なんかいねぇし……」


「それじゃあ……こっちはどうです!? 決して珍しくはない品ですが、村ではこの『干し芋』もよく作ってましてねぇ。もう春も終わりになりますけど、まだまだ美味しいですよぉ!」


 男性は物陰から数枚の木片のようなものを取り出し、両手に広げる。木片のような物体には何やら白い糊のようなものがびっしりと付着していた。


「ホシイモ……って? ――うわっ、なんかカビ生えてんだけど」


「お客さん、カビだなんて言っちゃあいけませんよ。これがあると甘くておいしいんですから! ささ、論より証拠! 食べてごらんなさいって!」


「あー……。まあ食いモンみたいだし、それでいいや。適当に包んどいて」


「へへっ、毎度どうもぉ!」


 満面の笑みになった店の主人を見て、青年は再び頭を掻くのだった。


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