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14:騒乱のアルビソラ③




 セシリアが目を覚ました時、そこは見覚えのない場所だった。一つの弱々しい魔灯だけに照らされた空間は、どうやら小部屋のようではある。


 ツンと鼻を刺激する、埃臭さ。それに、微かにだけれども波の音もした。ここが海にほど近いということが分かる。部屋の中は確認出来る限り殺風景で、椅子も無ければベッドも見当たらない。誰かが生活している形跡なんかまるでない、物置のような雰囲気だ。


「くっ……」


 ゆっくりと身体を起こそうとするも、手足が上手く動かない。よく見ると、左の手首と足首に枷が嵌められているではないか。そして枷についた鎖を辿ると、共に杭のようなものが打ち込まれていた。


 誰かに捕らえられている。そこはすぐに想像がついた。セシリアにとっては、そうされる理由に心当たりが無い訳でもない。


 それに、あの大通りでの騒ぎはどうなったのか。いや、考えようによってはあの暴徒騒ぎそのものが……こうして自身を捕らえる為のものだったのかもしれない。


「まさか、そんなことって……」


 だとすれば、何たることだろうか。セシリアは下唇を強く噛みしめる。自身が捕らえられてしまったという事実よりも、その為に多くの人々を巻き込んでしまった悔しさで潰れてしまいそうだった。


「セシリア、困っているのか」


 ふと、背中の方から声がする。身を捩ってみると、そこには自分と同じように捕縛されたルースの姿があった。


「ルース……。ルース! 身体は、何ともないのか? 頭の怪我は!?」


「問題ない。私は死なない」


「そ、そうか。確かに、出血はもう見られないようだが……」


 ルースとしては正直に答えただけであったが、セシリアがそれをそのまま受け取る筈もない。とはいえこの状況に少し混乱している所為もあってか、ほぼ無傷であるルースに不自然さを抱くこともなかった。


「ルース、何が起こったのか分かるか?」


「黒衣の男が、ここに閉じ込めた」


「黒衣の男……? 何者だ、そいつは」


「わからない」


「では、大通りでの騒ぎはどうなった?」


「突如電撃が発生して、皆気を失った」


「電撃……? 誰かのスキル、ということか?」


「わからない」


 セシリアは困惑する。とはいえ全員気を失ったということは、騒ぎ自体は治まったと考えても良いのだろう。その、電撃というのが気にはなるが。


「そうだ、トレイスはどうしている? 一緒では、なかったようだが……」


「わからない」


「……そうか。すまない、どうやら巻き込んでしまったようだ」


 謝罪の言葉に、ルースは無反応だった。それもそうだと、セシリアは思う。ただの旅人がセシリアの事情を知っている筈もない。


 ただこうして巻き込んでしまったからには、きちんと理由を説明しなくてはならないだろう。


「――ルース、聞いて欲しい。実は、私はシベリア家という名家の生まれなんだ。実家はダビルシムにあり、シベリア家は代々武人の家系でもある」


「ブジンのカケイ?」


「ああ。お父様もお祖父様も曾お爺さまも、王都で軍人を立派に努めていた。……ただ一人娘である私は、王都直属である軍人にはなれなかった」


「何故だ」


「それは…………」


 セシリアは言葉に詰まる。頭では分かっていても、口に出すとそれが呪いのように作用してしまいそうで。


 しかし、こんな状況で今更何を取り繕おうというのか。


「……私が、弱かったからだ。武人の家系らしからぬこの小さな体躯に、貧弱な筋力。剣術の腕だって、誉められたものではない。だから軍人の試験にも通らなかったし、こうやって機動兵隊の一員になるのがやっとだった」


 いや。と、小さく頭を振るセシリア。


「これも家柄あっての、お情け採用だったのだろう。だがそれでも私なりに、シベリア家の栄光に恥じぬよう努力し名を上げるつもりだった。……だが、このザマだ。私の存在が知れ、どこかの組織が軍か何かへの圧力として使おうといったところか。恐らく、の話ではあるが。……とはいえ、私は過去にも似たような事を経験していてな」


「そうなのか」


 身を切るような内容を吐露したにも関わらず、ルースの反応は淡白そのものだった。もっとも、変に同情されたり罵倒されたりするよりは遥かにマシかとセシリアは思う。


「……冷静だな、ルースは」


「レイセイ?」


 ルースは首を傾げた。その純朴な眼差しに、セシリアはつい笑みが出てしまう。


「強いってことだ。あの騒ぎの中で臆せず助けに入ることができたのもそうだし、この状況にも動揺していない。ルースの方が、よっぽど機動兵隊に相応しいのかもしれないな」


「セシリアも、あの中にいた」


「むっ……いや、それはそうだが……!」


「イイヤツが困っていたら、助けになれと言われた。セシリアもイイヤツが困っていたのだから、助けになろうとしたのだろう?」


 セシリアは、まるで頭の奥底を貫かれたような心地だった。何故なら、それは祖父の友人であった『ある著名な剣士』から聞かされた言葉とほぼ一緒だったからだ。


「……同じだな、私が『おじさま』から言われたことと」


 ――悪意なき弱者の助けになれ。


 そんな言葉と共に、その『著名な剣士』はまだ幼いセシリアの目の前に現れたのだ。


「同じ?」


「ああ。……あれは、私がまだ六つか七つになろうかという時のものだ」


 セシリアは静かに語り出す。まるで今の状況から目を背けるかのように。




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