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13:騒乱のアルビソラ②

タイトルを一部修正、というか追記しました。


 あんの野郎。と、舌打ちを飛ばすトレイス。


「イイヤツが困っていたら、助けろと言われた」


「ル、ルース……!?」


 ルースはじっとセシリアを見つめると、暴徒たちの方に向き直る。


「コイツらに襲われているのか」


「あ、あぁ……」


「ならば、排除する」


 臆せず、一歩前に出るルース。記憶喪失という話だったけれども、やはり『刺客』として身体に染みついたものがあるのだろうか。必死な形相のセシリアには悪いけど、ルースがどれだけ戦えるのかはちょっと見てみたい気もする。


 そうこうしているうちに、ルースへと襲い掛かる暴徒たち。角材らしき棒を手にした男は、その棒を荒っぽく振るうと容赦なくルースへと叩きつけた。


 ゴッ! というやや籠った音がし、振り下ろされた角材が呆気なく折れ砕ける。


「ルースっ!?」


 悲痛な声を絞り出す、セシリア。そりゃそうだろう。兜も何もつけていない少女が、ドタマに角材で一撃貰ったのだ。普通なら命だって危ぶまれる攻撃だろう。


 そう。普通なら、だ。


 ルースは頭部から流血を見せながらも、その揺らぎのない双眸を暴徒に向けた。やはり耐久力には目を見張るものがある。


 そして無感情のまま暴徒の両肩を掴むと、えいやと言わんばかりに放り投げた。まるで集めたゴミでも投棄するかのうように。


 なるほど、とトレイスは感心する。やはりパワーと耐久力は凄まじいものがある。元刺客だという話も、この身体能力なら頷ける。こんな本能のままに襲ってくるような暴徒なんざ、あの調子で一蹴できるだろう。


 だったらいっそこのまま任せてみるのもアリか? そう思いかけた矢先、トレイスはその考えが非常に甘いものであることを思い知らされる。


「ル、ルースぅ!」


 またもセシリアが叫ぶ。何事かと意識を戻せば、なんとルースが暴徒たちから集中攻撃を受けているではないか。集団リンチでも生易しいくらいの人海がルースに押し寄せ、拳や鈍器を見舞っている。


 肝心のルースは相変わらずの体制のまま、淡々としたペースで暴徒らを投げ飛ばしている。殴ることも蹴ることもせずに、ただひたすらと。


「え。まさかアイツ、あれしか知らねぇんじゃ……!?」


 あり得る話か。知識だけじゃなくて常識まで忘れてしまうくらいの記憶喪失らしいのだ。身体能力は『刺客』の時から変わらなくても、戦闘経験がまるで無い。あの投げ飛ばす動きも、ひょっとしたら『村で邪魔な岩があって困っている人が居たので、投げて退かした』みたいな経験からやっているだけなのかもしれない。……っていうか、実際そんなこと言ってたような気もする。


「マジかよ。って、ああ~ッ……!」


 言っている内に、ルースの頭部から流れていた筈の血液が綺麗さっぱりなくなっている。こりゃ一度死んだな。いや、正確には死んではいないんだけど。


 こんな状況が長々と続いてしまっては、非常にまずい。これだけの人数に長時間ボコられても、無傷か軽傷で一人を守り続けた少女。……なんてのがいたら、ヒーローどころか下手すりゃ戎物クリーチャー扱いだ。


 大変に不本意だが、介入するしかあるまい。こうなっては。


 そして経緯は違えど、彼女も同じ結論に至ったようだ。


「待ってろルース、いまコイツらを……」


 満身創痍ながらも、剣を構えるセシリア。ここでお前が頑張っても、一の太刀で数人を気絶させるのが関の山だろうに……無駄なことをしようとする。


 しかし、はたとトレイスは思い留まる。上手いことやれば、この状況を穏便に済ますことができるかも知れない。


「気絶……気絶させりゃいい、か。あのスキルなら何とかなるか……? ったく、そういうのは苦手なんだけどなぁ」


 トレイスは、手加減してスキルを使うことが出来ない。


 しないのではない。『不可能』なのだ。


 だから殆どのケースで、トレイスはスキルを食らわせた相手を殺してしまう。そしていかなる場合でも、殺せば対象のスキルを奪ってしまう。それは、トレイスにとって非常に不都合な事だった。戎物クリーチャーであればスキルを持っていない個体が大半だけれども、人間相手ではそうはいかない。誰もが何かしらのスキルを有してしまっている。


「さて、どんなモンだ?」


 トレイスはスキルの確認をする。そして確認の結果、このスキルの効果範囲はアルビソラの街全体よりも二周りほど大きいくらいで『収まる』ことが判明した。


「あー……まぁ、行けそうだな。巻き添え喰らっちゃう皆さんには、先に慙愧の念をっと」


 セシリアはトレイスの企みなど知らぬまま、力を振り絞り『一の太刀』を放つ。


 その攻撃が、暴徒らに届こうというその時。



「――人雷じんらい



 瞬間。トレイスの足元が青白く発光し、そして激しい炸裂音と共にアルビソラの街中から夜空に向けて波のような『光の軌跡』が放たれる。それはまるで、ガラスの空が一気に眩いヒビ割れを起こしたかのようでもあった。


 人雷:レベル6。


 トレイスが使用したそのスキルは、人間に対してのみ作用する特殊な雷撃を放つというものだった。本来はもっと狭い範囲に対して使われるものだけれども、それを今回は『人間が死なない程度』になるよう効果範囲を拡大したのだった。


 攻撃対象範囲が拡大すれば、当然その分一発一発の威力は弱まる。とはいえ気絶させる程度に弱めるには、それでもアルビソラの街一つを余裕で巻き込んでしまう。暴徒と化していた男連中も、恐怖のうちに逃げ惑っていた女子供も容赦なく雷撃の対象となった。


 相変わらず、難儀な『能力』だとトレイスはため息をつく。


 眼下には、さっきまで暴れに暴れていた男たちが大通りを埋め尽くしている。


「やっぱ全員男だな……それもガキやジジイはナシ、か」


 薄々勘付いていたことだった。この幻惑スキルにかかっているのは、男性だけだ。しかも成人にほど近い十代半ばから、行っても六十台に届かないくらいの男性。


 要するに、『動ける年齢』の男たちにしかこの幻惑スキルは作用していない。先程見かけた女子供や老人は正気のようだったし、機動兵隊の女性隊員だってそうだ。


「……また随分と悪趣味なスキルっつーか」


 果たしてこのスキルが何を目的に使用されたのかは不明だ。けれどもこの幻惑スキルの『使い道』を考えながら、トレイスは誰にでもなく呟いた。


 覆い被さる男たちを跳ね除けながら、ルースが起き上がる。身体をぷるぷると震わせてはいるものの、復帰一番手だ。一応、喰らったら最低でも数十分は起き上がれなくするような雷撃だったハズなんだけれども。


「タフだねぇ、ホント」


 しかしまあ、これにて一件落着。恐らくスキルの使用者もこの雷撃に巻き込まれているだろうし、これだけの範囲を対象にした幻惑スキルなんてそうそう連発できるものでもない。後はセシリアをヒーローに仕立て上げて、体のいい所でドロンだ。


 なのでしばらくそこで寝てろ。とルースに告げようとした、その時だった。



「――さっきの電撃は、お前か?」



 いつの間にか、ルースの目の前に男が立っていた。薄手の黒装束を全身に纏ったその姿は、一目で堅気の者ではないと分かる。周囲に転がっている男連中とは、明らかに帯びている空気が違っていた。


 そんな黒装束はボロボロになったルースを見るやいなや、小さく首を捻った。


「いや、違うな。報告通りなら、やったのは金髪の女隊員だったか……」


「お前も、セシリアを困らせる奴か」


 まだ雷撃の影響が残る身体を引きずりながら、ルースは男とセシリアの間に立ちはだかる。しかしその動きは、セシリアの位置を男に知らせてしまうことでもあった。


「ほぉ、どうやらそっちに倒れてるのがそうみてえだな。……で、お前は何だ? ま、何だっていいか」


 セシリアに近付こうとする黒装束の肩をルースはぶっきらぼうに掴もうとする。先程と同様に、放り投げてやろうというのだろう。


 しかしそんなルースの両肘から先を、黒装束の男は忍ばせていた短剣で躊躇なく切断したのだった。


「ぐ……!?」


「痛かったらゴメンな。こっちも痺れて本調子じゃないんだ……ぜッと!」


 ルースがバランスを崩した隙に、その胸へと回し蹴りを突き刺す。ルースは数メートルの宙を飛び、その身体が倒れた男たちの上を跳ねた。


 いや、あれはただの蹴りじゃない。踵に仕込んだ刃物で心臓の辺りを抉ってもいる。見事な手際という他ないが、その気になれば最初から心臓だけを狙えただろう。勿体ぶった真似をする。


 ルースが起き上がって来ないのを横目で確認しつつ、黒装束はセシリアの傍に立った。


「さっきの電撃のせいで、大事なスキルオークションが中止になっちまった。お陰様で、ガード役のウチの面目は丸潰れ。……だからまあ、そのスキルで精々良い金になってくれや」


 そう言うと、気絶しているセシリアを鎧ごと軽々持ち上げる。このまま場を離れようというのだろう。


 が、黒装束はセシリアを抱えたまま動きを止める。


「うん? なんだ、おまえ……!?」


 その視線の向こうには、立ち上がり黒装束の方へと近付いてくるルースの姿があった。しかも、ただ起き上がっただけじゃない。さっき落とした筈の両腕は綺麗に元通りになっているし、衣服の胸部が引き裂かれている割に胸からの出血は見られず。おまけに動きにも淀みはない。先程の攻撃による痺れがさっぱり消えてしまったかのように。


「回復スキル、か? それも超高レベルの……!」


 黒装束の語気が僅かに強まり、肩も揺れる。


「ケケケッ、こりゃあいい。『次元流剣術』に加えて、またとんでもない土産がもう一つ出来そうだ」


「助ける……!」


「なら助けてやりな。――――ほれッ!」


 突如、セシリアを高々と投げ放つ黒装束。ルースは当然のように、セシリアをキャッチしようとする。しかしトレイスから見れば、こんなのは目くらましが見え見えだった。


 何とか真正面からセシリアを受け止めたルースの背後に、予想通り黒装束は迫っていた。そして無防備になったルースの首元を締め上げ、あっという間に気を失わせてしまったのだ。


 やはりというか、実にスムーズな動きだ。さっきルースの腕を斬り落とした手際と言い、コイツが『そういうこと』に慣れているであろうことは明白だろう。


 そして気絶したままの二人をひょいと重ね上げると、黒装束の男は世闇へと姿を消してしまったのだった。


「あー……」


 あの黒装束、スキルオークションとか言ってたか。それに、次元流剣術を知ってもいた。


 これはなんというか、非常に面倒な事になった。最初に想定していた最悪のケース以上のことが、まさか本当に起きてしまうなんて。


 ルースのことはもちろんだけれども、あのセシリアも予想外だ、まさか次元流剣術を使えるとは。


 クリフデンを除く次元流剣術の伝承者は、現在三名。そのうち一人は病死し、もう一人はスキルハンターに襲撃されての死亡が確認されている。そして、最後の一人は所在が分かっていない。


 このセシリアが、残った伝承者なのだろうか。……いや、流石にそれは考えられないか。あんな実力の小娘に伝授するほど、クリフデンも耄碌はしていなかっただろうし。


 となると、だ。考えられるパターンはそう多くない。


「………………どーすっかなぁ」


 トレイスは項垂れるようにしゃがみ込む。そして頭をくしゃくしゃとやりながら、しんと静かになった大通りに向けて呟くのだった。


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