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12:騒乱のアルビソラ①




 大通りへと近付くにつれ、トレイスの眉間に皺が寄って行く。騒ぎの声が、尋常じゃないくらいに大きくなっているのだ。これは、飲めや歌えやの騒がしさではない。怒号と悲鳴が入り混じったようなそれは、戦場のそれに近い。


「あぁん?」


 それに、夜風に乗って煙のニオイがする。どこかで炎が巻き起こっている証拠だった。

 なんだかよく分からないが、とにかくアルビソラの大通りは異様な状況に陥っているらしい。


「おいおい、勘弁してくれよ……」


 ようやく大通りへと辿り着いたその時、真っ先に目に入ったのは木材や農具などの粗末な武器を手に粗野な雄叫びを上げている男たちだった。


 まさか、アルビソラに強力な戎物クリーチャーでも侵入してきたのだろうか。

 そんな脳裏に浮かんだ考えは、しかし直後の光景によって打ち砕かれた。


 武器を手にした者同士、なんとその場で戦闘行為を始めてしまったのだ。もはや言葉の体を成していない声を放ちながら、獣のようにもみくちゃになっている。


 なんじゃ、こりゃ。とトレイスは率直に思う。誰も彼も、我を忘れたかのように目が血走ってしまっている。


 それは、この一帯だけじゃない。この騒ぎは大通り全体に広がっており、ボヤを起こしている店もあった。酒場の女性従業員らしき人物たちは、子供や老人を連れて逃げ惑っている。こんなの、喧嘩なんかじゃない。もはや暴動だ。


 そうしている最中にも、暴動は激しさを増してくる。今度は通りの奥から血塗れで満身創痍な男数人がフラフラと現れたかと思うと、トレイスの姿を発見するなり吠えながら襲い掛かってくるではないか。


「ち……!」


 トレイスは跳躍し、一先ず建物の上へと逃れる。ああやって傷ついてもなお襲い掛かってくるなんて、完全に理性を失っている。事実、トレイスを見失った血塗れの男たちは手近な連中と取っ組み合いを始めてしまっている。


 いくらさっきまで酒やらなにやらで騒いでいた連中がヒートアップしたのだとしても、こうはならないだろう。となれば考えられるのは……。


「――幻惑スキルか」


 誰が何の目的で。そんな事はどうでもいい。こんな場所に長居して、わざわざ幻惑スキルにかかってやる義理もないだろう。ここは手早くルースを回収して、ここから離れるべきだ。幻惑スキルには個々人に耐性が存在するものの、一度かかってしまえばある程度の効力を発揮されてしまう。それはトレイスとて例外ではない。


 さて、肝心のルースはどこだろうか。トレイスはより騒ぎの大きい方へと、屋根伝いに進んで行く。


 大通りのちょうど中間地点に設けられた広場。そこでは暴動が一際激しく起こっていた。そしてその中心に、セシリアの姿があった。


「く……何だというのだ、この騒ぎは」


 広場の中央で膝をつくセシリア。彼女の鎧はこのわずかな間で傷だらけになっており、兜も脱げてしまっている。どうやら何度も強い殴打を受けたらしく、数か所出来ている赤黒い痣がその白い顔の半分程を染めていた。


「セシリアさま、どうか逃げて……」


「そうです! だって貴女は……!」


「馬鹿を言うな! こんな状況で、尻尾を巻いて逃げる訳には行くまい!」


 セシリアの背後には、同じくボロボロになった機動兵隊の鎧が二つあった。どうやらお仲間らしい。声からして、共に女性だろうか。


「とはいえ、話すら通じぬとはな……」


 周囲では、未だに暴動が継続していた。その中には、機動兵隊と同じ鎧を身に着けた者も十数人ほど混じっているようだった。なるほど、ただでさえ少なかった機動兵隊も殆どが幻惑スキルにやられてしまっているらしい。


 何とか立ち上がり、剣を構え直すセシリア。


「こうなったら、アレを使うしかないか……!」


 それは、剣を上段に構えるという独特のものだった。少なくとも、機動兵隊の大半で使われている剣術のそれとは明らかに違う。


「え……っつーかアレってまさか」


 偶然か、それとも。セシリアの見せたそれは、次元流剣術の……クリフデンの構えそのものじゃないか。


 まるで生きた屍のように、ぬらりとセシリアに迫る暴徒たち。


「ふッ、ふうッ……! おじさまの秘剣、ここで使わせてもらいます!」



 ――――次元流剣術、一の太刀いッ!



 ダン! と荒々しく踏み込み、上段に構えた剣をほぼ水平に振り抜く。まさしく、次元流剣術の基礎となる動き。


 そして、この『一の太刀』。それは初歩的な次元干渉であり、その場での斬撃を単純に『移動』させることによって相手に攻撃するというスキルだ。ただし一の太刀……低レベルのそれでは斬撃そのものの威力を減衰させずに移動させることまではできない。せいぜい、相手に次元干渉の『余波』を齎す程度だろう。


 つまりどういう事が起こるかというと。


 セシリアの剣の近くに居た数人が、突然糸が切れたように倒れ込む。剣を受けてもいないのに、だ。そう、こうやって一時的に意識を途切れさせる事くらいが精一杯なのだった。


「くっ……はぁッ、はぁっ! やはり、おじさまのようには……」


 これは、驚いたと言わざるを得ない。まさかこんな所で兵隊の真似事をしているような少女が、初歩とはいえ次元流剣術を扱うことが出来るとは。


 しかしその初歩的なスキルを使用しただけで、セシリアはかなり消耗してしまっていた。やはり彼女、戦闘に向いている訳ではないようだ。


「セシリアさま、い、いまのは……」


「そんなことより、まだ動けるか!?」


「それは、なんとか」


 女性隊員の二人はお互いに示し合わせる。


「ならば次の一撃の隙に、逃げろ。そしてこの異常事態を、なんとか本隊と冒険者ギルドに知らせてくれ。ギルドの方は、無事ならの話になるが……」


「そんな、ではセシリアさまは!?」


「……私はここに残って、少しでも被害を食い止める」


「いけません! 貴女の身に何かあっては、申し訳が立ちません!」


「そんなことより、この状況をどうにかする方が先決だろう!」


「仰る、通りですが……!」


 セシリアの気迫に、女性隊員二人は圧されたようだった。いやはや、なかなか熱血している。ともあれ、話は纏まったようだった。


 またも迫り来る暴徒達に、セシリアは先程と同様に剣を構える。


 そして。


「ゆくぞ、一の太刀いッ!」


 再び切っ先が振るわれ、最前列の数人が気を失う。そして生じた隙を突き、女性隊員二人が脇目もふらずに駆けて行った。港の方へ行ったようだけど、見たところ何故か向こうの方までは騒ぎが広がっていないようだ。十中八九、逃げきれるだろう。その足で本隊に連絡が出来るかどうかは別の話だけど。


 一人残されたセシリアの周りは、多くの暴徒によって囲まれてしまっていた。どういう訳か暴徒はセシリアを『脅威』と認定でもしたのか、さっきまでの争いをやめて一様にセシリアを目指している。


「むむ……やれてあと一撃、か」


 どうにもならない状況を察した所為なのか、セシリアの口元には微笑が浮かんでいた。もはや笑うしかない、ということなのだろうか。


「さて、困ったな。お父様にどう言い訳したものか」



「――困っているのか、セシリア」



 ひゅおんと風を裂き、セシリアの眼前に降り立つ赤い影。


 ルースだった。


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