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9:トレイスと死なない少女、あと機動兵隊の少女①




「ダメだ、アイツじゃ止められない! いいから魔法を撃て!」


「クッソ! いい加減に止まれって!」


 ルースに数発の電撃スキルが放たれる。ふむ、練度は悪くない。その辺をうろついている戎物クリーチャーだったら、これで苦もせず戦闘不能にできるような威力だ。

 そんな電撃を立て続けに数発受け、流石のルースも動きを止め……なかった。

 まるでそよ風でも受けたかのように、平然と前進し続ける。


「な、なんなんだコイツはよォ!?」


 悲痛な叫びを遠目で見ながら、トレイスは舌を巻く。


「――いやーほんと、なんなんだろうなアイツ」


 いやはやすげぇな、流石は死なないだけある。いや、そういう問題じゃないか。

 俺の把握している限り、あのスキルは『死ぬ』レベルのダメージにまで至った時点で発動する。逆に言えば、死なない程度の攻撃であれば血も出るし骨も折れるし気絶だってするということだ。そして鎮圧を目的に手加減したであろうあの電撃は普通に直撃している。要するに、ルースはダメージを受けている筈なのだ。

 にもかかわらず、あの効いてない感。元は『刺客』として鍛えられていた所為なのか、瘦せ我慢が異常に上手いのか。素の耐久力もかなりのものじゃあないか。


「……って、ずっと眺めてるわけにもいかねぇか。はぁ」


 トレイスは青みがかった黒髪をわしわしとやると、ルースの元へと急いだ。


「だ、誰の手先だ!? あ、生憎だな、俺はまだ何も買っちゃいない……!」


「金を寄越せ」


「ぐぬーッ! お、おいお前らァ、見てないで助けろ! 助けるんだよォ!」


 身なりの良い男性は、もう見てられないくらいに汗を吹き憔悴しきっていた。当初は賞金首を狩ってやろうといきり立っていた冒険者たちも、他の連中がことごとく蹴散らされてしまったのを見て意気消沈。今ではただただ、野次馬の如く周辺に群がっているだけだった。

 まあ、そりゃそうだろう。冒険者連中なんざ基本的には生活第一主義で、治安の維持なんかは二の次だ。中には使命感や正義感に溢れまくった面倒なのもいるけれども、それはごくごく一部のモノ好きでしかない。大多数は危険を顧みずに、なんてのはやろうとしない。リターンよりリスクの方が大きいとなれば、こうなることは目に見えていた。


「金を寄越せ」


「お、俺がお前に何したっていうんだよぉ……」


 全くもってその通りだ。いくらちょっと闇っぽいお仕事している俺でも、何の罪もない一般人からカツアゲかます趣味はない。まあ、コイツが何の罪もない一般人かどうかは知らないけれども。


「――はいはい、そこまでだ」


 俺は群衆の頭上をひらりと飛び越え、男性とルースの間に割って入る。


「トレイス」


「お前さ……何してんの」


「金を貰おうとしている」


「俺は仕事貰えつったんだよ! それがなんで追い剥ぎになってんだ!?」


「おい、はぎ」


 ルースはちょこんと首を傾げる。


「……甘いやつか?」


「激辛行為だよ!」


 もはや何を言っているのか、何を突っ込んでいるのかもよくわからなくなっているトレイスだった。


「なんだアンタら……知り合い、いや仲間か……!?」


「あー……その、何だ。コイツにも悪気があった訳じゃないっつーか」


「こ、この金はやらんぞ! 何があってもな!」


 ふと男性の懐が顕わになる。するとそこには、袋に入った金貨がこれでもかと詰められていた。こんな大金をフラフラと持ち歩いているなんて、随分と不用心というか。


「わーってるよ。取らねえから、安心しなって」


 なんとか宥めにかかるトレイスを横目に、ずずいとルースが前に出た。


「訂正する。仕事をくれ」


「は?」


「仕事をくれ」


 ぽかんと口を開ける初老の男性へ、ルースはお構いなしに圧をかける。


「仕事をく―――――むぐっ」


 慌ててルースの口を塞ぐトレイス。これ以上話が拗れるのは勘弁だ。


「はいはい、お騒がせしやしたー……。それじゃ俺たちはこの辺で……」




「――――そうはいかないっ!」




 なんだか甲高い声と共に、野次馬達がざわつき始める。

 人混みの一角がもぞもぞと動き、掻き分けるように一体の甲冑が現れた。


「悪はたとえお天道様が見逃しても、この私が見逃さなあいっ!」


 甲冑とは言ったものの、その姿は何とも小柄であった。その辺の子供が、お遊びに鎧を身に着けているみたいに。


「あー……」


 こんな訳の分からない奴に構う事はない。さっさとこの場を離れよう。トレイスはそう思い踏み出そうとするも、その鎧に刻まれた紋様を見て動きを止めた。

 鎧の胸辺りに刻まれていたのは、紛れもなく『機動兵隊』のものだ。つまり今の制止を無視して逃げてしまうと、後々もっと面倒な事になる可能性がある。


「むむっ、むうっ、どいてくれ。あぁどうも、よいしょっと……」


 ようやく目の前に躍り出た甲冑は、なんだか大変そうに剣を引き抜く。


「我はダビルシム機動兵隊所属、セシリア・シベリアである!」


「あぁ、はい」


「ここで騒ぎを起こしていたというのは、お前たちか!?」


「あー……まあ」


 なんだか少し億劫になりつつも、ここは正直に答えておく。

 しかしこのセシリアとかいう奴、まさか一人か? どうしてか、周りに他の機動兵隊連中が見当たらない。騒動の鎮圧に来たというのなら最低でもあと四、五人は連れてきそうなものだけれども。


「ようし、ならばそこになおれ! ここは機動兵隊である私が預かろう! 他の野次馬たちは散った散った! さぁ散ったあ!」


 キンキンとした高音をこれでもかと響かせながら、野次馬達にも剣を向けるセシリア。いくら威勢よさげに振舞ったところで、その体躯と声だけで鎧の中身が年端もいかぬ少女だと分かってしまうのが少し悲しい。


「はいはい、なおりますよ」


「むむ。悪人にしては随分と素直だな」


「そりゃ、この騒ぎはちょっとした手違いだったっつーか」


「手違い?」


 ここまではいい。さて、ここからどう『お咎めなし』に持って行こうか。


「あー……その、俺らは流浪の冒険者でしてね。でも死ぬほど金欠になっちまって、ここ数日まともにメシも食えてなくて。そんで俺はまだ大丈夫だったんスけど、コイツがもう限界で……」


 言いながら、余計なことを滑らせないよう口を押さえたままのルースをぶんぶんと振る。ちょっとした憂さ晴らしも込めて。


「なんつーか、多分スけど……カネ持ってそうな人を見つけたからワケも分からず声かけちまったんだと」


「空腹で我を忘れて、か? むむむ……」


 やっぱり少し無理があったか。トレイスはちょっと後悔しつつも、ここから別シナリオに移行するのはより不自然だ。このままなんとか押し通るしかない。


「……おい。お前も突っ立ってるだけじゃなくてさ、なんか言えって。――あぁやっぱいいや、やっぱ黙ってろ。せいぜい頑張って、腹の虫でも鳴るよう祈っとけ」


 ぼそぼそと耳打ちした次の瞬間、ルースの腹から特大の咆哮が鳴り響く。


 ぐ~~~~~~ぎゅるぎゅるぎゅる。


「え」


 マジかよ、タイミング良すぎだろ。まさか狙ってやったのか? さっきの電撃の件と言い、便利な身体してんな!


「な、なんと……!」


 機動兵隊のセシリアとやらは心底驚愕したように、息を呑んだ。


「まさか本当に極限状態だったとは……! す、すまない! 疑ってしまって!」


 そして、なんか信じてくれたみたいだった。頭の良さそうな子ではないなと思ってはいたけれども、まあ信じてくれたのならいいか。


「そうなんすよ……へへ。ってことで、そっちのオッサンも悪かったな……」


 あれ。と、振り向いたトレイスは即座に固まった。さっきまでそこでオロオロしていたオッサンが、いつの間にかどこかに消えてしまっていたのだ。


 まあ、あんな風に理不尽なインネン(?)をつけられたのだ。そりゃあ、隙あらば一刻も早く離れたいというのも分からなくはない。まぁ機動兵隊に『こいつらをしょっ引いてくれ』と喚かれないだけマシか。


「あー……。ええと、なんだ。機動兵隊サンには手間かけさせたな。コイツは俺がよ~く見ておくんで……」


 すごすごとその場を立ち去ろうとするトレイスの肩を、重々しい手甲がずしりと掴んだ。


「……まだ、なにか?」


「お前たち、金が無いのだろう? このまま放っておいて、また倒れられでもしたら寝覚めが悪い。それに無実の者を疑ってしまった以上、腹の虫がおさまらん。悪意なき弱者の助けになるのが、私の務めだ! どうか一晩だけでも世話をさせてくれ!」


「あー……」


 正直、素敵な申し出だとは思う。しかし相手は機動兵隊。同胞がワラワラいるであろう宿舎にでも連れていかれたらたまったものではない。


「いやでも、仕事の邪魔になるだろうし」


「なるほど、心遣い感謝する。が、そこは気にしなくても良い。私は少し事情があって、宿に個室を持たされているからな……」


 そう言うセシリアの声色は先程とは打って変わって、何故だか少し気後れしているような声だった。


「へ、へぇ……そりゃ」


 ごった煮雑魚寝の宿舎住まいではなく、きちんとしたホテル住まい。ひょっとしてこの小娘、こんなナリをして結構な地位にいるのか?


「ともかく、遠慮することはない。さぁ、こっちだ!」


 まるで民衆を先導する英雄のような足取りで、セシリアは歩み出す。そんなセシリアの背中に、ルースはまたも極大の腹の虫で応答するのだった。


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