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ホオズキの花 〜偽りから始まった恋の行方〜  作者: 静間 弓
プロローグ
1/41

彼は私の恋人



私はいったい、今まで何を見てきたんだろう――。



「ちょっと待てって。晴日(はるひ)!!」



ヨーロッパの大聖堂を連想させるかのような、白亜の独立型チャペル。広々としたガーデンには存在感のある大きなプールがあり、隣接するパーティー会場はリゾート地のような雰囲気を漂わせる。


そんな都内の一頭地に佇む有名な式場で、今日、姉の結婚式が行われる。


しかし、そこで思いもよらない事実を目の当たりにした。




私――瀬川 晴日(せがわ はるひ)は、花嫁の控え室を飛び出した。


ヒールの高いパンプスで、人目をはばからずに会場を駆け抜ける。膝下まである淡い緑色のドレスがはだけるのなんて気にも留めない。


そんなことにかまっていられる余裕もなく、その時ばかりは無心で走った。



入り込んだのは、人気(ひとけ)のないガーデンスペースの裏手。


久しぶりにはいたパンプスのせいで足が痛むのを感じながら、息を切らして立ち止まる。その瞬間、ワックスで固めていた長い前髪が、耐えきれずにサラサラと落ちてきた。




「足速すぎだよ.....。」


そこへ、追うように走ってきた男性にぱっと腕を掴まれる。


白いタキシード姿で息を切らす彼――矢島 大翔(やしま ひろと)は、私の姉――(さくら)の結婚相手。



しかし、その彼は、3年前から今日の今日まで付き合ってきた、私の最愛の人。私の恋人でもあった。



「戻りなよ。桜が待ってるんでしょ。」


私は振り返りもせず、彼に背を向けたままそう突き返す。引き止められても戻る気なんてない。


こんな式、めちゃくちゃになってしまえばいい。そんな思いすらよぎった。



「晴日、ちゃんと話そう。」


「話すって何を?」


「だから、その.....」


「桜と結婚すること?もう知ってるから、離して。」



何もかもどうでもよくなり、そんな言い方しかできなかった。



優しくて綺麗な、自慢の姉の結婚式。


3つ違いの私たちは、小さい頃から姉妹仲も良く、本当なら心の底から喜んで祝福していたはずだった。


その相手が、矢島さんでなければ――。



ずっと隠されていた。


結婚することさえギリギリまで知らされず、やっと紹介してくれたのは、当日の今日。


姉と結婚する相手が、自分の恋人だったなんて衝撃の事実。知ったのは、まさに今さっき。控え室に、彼が花婿の姿で現れた時だった。



「私と付き合ってる間、どんな気持ちだった?前から決まってたんでしょ。どうして黙ってたの?」



耐えきれず、私は振り返り様に問い詰める。


ふと彼を見た時、せっかくセットされていたはずの黒髪が、乱れて寝癖のように跳ねていた。私を急いで追いかけてきた様子は感じながらも、我慢の限界だった。



「私のこと、ずっと騙してたの?」


「ちゃんと話そう。式が終わったら、もう一度ちゃんと.....」


私をなだめるように、なるべく優しい口調でそう言う彼。しかし、ぱきっと決めたタキシードが視界に入るたび、平静ではいられなかった。



「私、矢島さんの義妹(いもうと)になっちゃうんだよ?付き合ってたのに。結婚するのは、私だったはずなのに。」


「晴日......」


「今更、どうするの?愛人になれとでも言うのかな?馬鹿にするのもいい加減にしてっ!」


「落ち着けって。声が大きいよ。誰かに聞かれでもしたら――」


彼は、とても焦っていた。


でも、そんな彼の気持ちになんて目もくれない。声を荒げずにはいられなかった。


「聞かれたっていいよ。私たちが付き合ってたことなんて、みんな知ってるんだから。」



私の家は、先祖代々続く医師家系。


20もの診療科が備わり、都内でも有数の最新機器を導入している病院――瀬川総合病院を経営している。


現院長で厳格な父から厳しく育てられ、そんな家で育った私は、幼い頃から敷かれたレールの上を歩いてきた。


習い事も学業も、それに仕事だって何もかも言う通り。窮屈だったけど、父には逆らえないという暗黙のルールがあった。それが、私の人生。



でも、そんな私が唯一、自分の意思で決められたこと。それが、矢島さんとのことだった。



「お父さんもお母さんも、桜だって。院内でも知らない先生はいないでしょ。」



何かを訴えるようにジッと彼を見上げると、ばつが悪そうに目を逸らされる。今やこうなってしまった私たちも、病院内では公認の仲だったのだ。



矢島さんは、某有名医科大学を主席で卒業した、将来を有望視される外科医。さらには178センチと高身長なうえに端正な顔立ちからか、同僚や患者さんからの人気も高かった。


父の病院で経理として働いていた私も、そのうちの一人。一目で恋に落ちていた。



偶然、彼と話すようになってから、私たちが付き合うまでに時間はかからなかった。


そしてその恋は、あの父ですら反対はしなかった。むしろ、彼との結婚を薦めてきたほど。信頼の厚い矢島さんが相手ならと、快く受け入れてくれた、......はずだった。


それなのに、こんな仕打ちはあんまりだ。




「晴日、頼むから。このまま戻って、式に出席してほしい。」


「嫌。どこに恋人の結婚式に出る女がいるの?もし戻れって言うなら、何もかもめちゃくちゃにしてやるから。」


脅し文句のように睨みつけ、戻る気なんてさらさらなかった。



すると、彼は呆れたようにため息をつく。


「晴日がそんなことするはずない。だって、何よりこれは大好きなお姉さんの、桜さんの結婚式。桜さんを傷つけるようなこと、晴日は絶対しないだろ?」



その瞬間、頭に上っていた血がサーッと引いていくのが分かった。


見透かされているようで悔しい。桜のことを持ち出されたら、私は何も言えなくなる。あの家で、唯一の私の居場所。桜だけが、ずっと私の癒しの場所だったから。



「.....分かった。」


私はただそれだけ言うと、彼と目も合わせずに黙ってその場を立ち去った。これは、桜のため。そう自分に言い聞かせながら、平常心を保って――。




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