雨女、雨男
「うわ〜。降ってきた!」
「あそこのお店に逃げよう!」
「早く早く!」
ザアッという音と共に降り出してきた大粒の雨に、三人は話しながら近くのお店に逃げ込んだのだった。
「二人共、大丈夫?」
そう言って、二人を心配する水莉は申し訳ない気持ちで一杯になった。
(自分が雨女じゃなければ、こうはならなかったのに……)
水莉は生まれながらの雨女だった。
それは決して、水莉の先祖に雨女の妖怪がいるというわけではない。
ただ、生まれた時から、水莉が関係する大事な行事やイベントの日は、必ず雨が降るからであった。
まず、水莉が産まれた日は、土砂降りの雨の日だった。
視界の悪い土砂降りの日だったので、会社から車で病院にやって来ようとした父親は、車を会社の塀にぶつけてしまう程であった。
そうして、水莉のお宮参りも、七五三も、大雨であった。
幼稚園に入園すると、入園式から始まって、運動会、お遊戯会は全て雨。
遠足は台風が来て中止になった年もあった。
卒園式も雨なら、小学校の入学式も雨だった。
それからも、小学生、中学生、とうとう高校生になっても、水莉が関係する行事やイベントの日は必ず雨が降るのだった。
家族や幼稚園や小学校から付き合いのある同級生達は、誰もが「水莉が雨女だから」だと言って笑った。
最近では、「水莉が行事やイベントの日は必ず雨が降るから助かる」とまで言って、水莉の予定を知っては、行事やイベントの日は傘などの雨具まで事前に用意をするようになったのだった。
けれども、高校の修学旅行だけは違うと期待していた。
いつもなら朝から雨が降るはずが、一昨日からの修学旅行はずっと雲ひとつない晴天だった。
今回こそは、雨女を脱却出来るかもしれない。
願掛けも込めて、鞄に詰めていた雨具を自宅に置いてきた。
それなのに、最終日の明日を迎える前に、雨が降ってきてしまった。
しかも、よりにもよって土砂降りの雨。
これでは傘が無ければ、外を歩くことさえままならないだろう。
水莉は憂鬱な気持ちになったのだった。
「水莉、傘は持って来た?」
「持って来てないよ」
「えっ!? 雨女の水莉が珍しくない!?」
「いつもなら、持ち歩いているのに!?」
二人は目を丸く見開いて水莉を見た。
「うん。家を出る時は雨が降っていなかったから、いらないかなって」
水莉が苦笑すると、二人は顔を見合わせた。
付き合いが長い二人は、水莉が雨女だと知っている。
雨女の水莉が常に雨具を持ち歩いている事も知っていたのだった。
「じゃあ、私達が傘を買ってこようか?」
水莉達の中で、傘を持っていたのは一人だけけ。
もう一人は、ホテルに置いてきたとの事だった。
「いいよ。雨がやむまで待つから」
雨が降らなければ、今頃、三人はここから少し先にある土産屋に行っていたはずだった。
なんでも、恋愛に関するキーホルダータイプの御守りを売っているらしく、それが可愛いらしいデザインで、写真映えするとの事だった。
そこの土産屋しかその御守りを売っていないという事もあって、土産屋は修学旅行生や若い観光客、旅行者を中心に大人気だそうだ。
水莉達は昨日、たまたまホテルでその御守りを見せびらかしている同級生を見かけて、その御守りと売っている土産屋を教えてもらったのだった。
「私はここで待っているから、二人は先にお店に行ったら?」
修学旅行の旅程によると、今日の自由散策を終えたら、明日は帰るだけとなっていた。
御守りを買えるのは、今日の自由散策の時しかなかった。
「でも、いいの?」
「うん。私よりも二人の方が御守りを欲しがっていたよね?」
昨日、ホテルで同級生から御守りの話を聞いた時、水莉よりも二人の方が話に興味を持っていた。
もしかしたら、二人には御守りが必要な理由があるのかもしれなかった。
「私は雨がやんだら追いかけるよ。時間も勿体ないから、先に行って」
顔を見合わせると、二人は悩んでいるようだった。
やがて二人は、わかった、と頷いたのだった。
「早く御守りを買って、あと水莉の分の傘も買って戻ってくるから!」
「うんうん。ありがとう」
水莉は同じ傘に入って土産屋に向かう二人を見送った。
「早く、晴れればいいんだけど……」
水莉が見上げる空からは、絶え間なく大粒の雨が降っていたのだった。
それからも、水莉はお店の軒下で、傘を差して歩いて行く人達を眺めながら、雨がやむのを待っていた。
どうやら、水莉が雨宿りをしているお店は、クリーニング屋らしい。
ただ今日は定休日らしく、ガラス戸を隔てたお店の中は暗く、カーテンが閉められていた。
近くには、時間を潰せそうなお店やカフェもなく、水莉はただただお店の軒下で、雨がやむのを待っている事しか出来なかったのだった。
(二人は、もう御守り買えたのかな?)
二人と別れてから、時間が経っていた。
そろそろ、二人はお店に着いて、御守りを買っていてもいい頃だった。
(それにしても、暇だな……)
先程から、傘を差して目の前を歩いて行く人はいても、水莉の知り合いは誰も通りかからなかった。
スマートフォンはいざという時に備えて、電池を温存しておきたかった。
ここに来るまでに、あちこちで写真や動画をを撮っていたら、結構電池が減ってしまった。
見知らぬ観光地で何があるかわからない以上、スマートフォンの電池は切れないようにしておいた方がいい。
他に時間を潰すものを持たない水莉は、ただ暇を持て余す事しか出来なかったのだった。
「あ〜あ。雨女なんて、やめたい!」
「わかる! 俺もやめたい」
水莉が独り言を呟くと、水莉と同い歳くらいのびしょ濡れの男子が、軒下に走ってきたのだった。
水莉はギョッとして、後ろに下がった。背中にお店のガラスが当たったのだった。
「びっくりした……」
水莉の心臓は、バクバクと音を立てていた。 男子はどこかの高校生の制服を着ていた。地元の高校生だろうか。水莉の高校の制服ではなかった。
男子はシワシワのハンカチで頭を拭きながら、水莉に話しかけてきた。
「君、見慣れない制服だけど、この辺りの学校?」
「ううん。修学旅行で来たの」
水莉が住んでいる都道府県の名前を上げると、男子は「ああ!」と知っているようだった。
「残念だよな。せっかくの修学旅行がこんな大雨でさ」
「そうだね……。でも、私は雨女だから、こういう悪天候には慣れてる」
「雨女?」
水莉は自分が雨女と呼ばれている所以を男子に教えた。
男子は制服を拭きながら、水莉の話しを聞いていたのだった。
「雨女は大変だよな〜」
「そうだよね! 楽しみにしていた行事やイベントは、いっつも雨天で変更。自宅にある記念写真も、全部雨が降っているの!」
水莉が調子に乗って話していると男子は、「わかるよ」と頷いた。
「俺も雨男だから。気持ちはわかるよ!」
「えっ!? 雨男なの!?」
水莉は男子をマジマジと眺めたのだった。
水莉以外の雨男と会うのは、始めてだった。
「そう! 運動会とかさ、球技大会とかに、雨が降ると、いっつも俺のせいにしてきてさ。酷い時はサッカー部や野球部の連中にさ、『昨日の試合が雨で中止になったのはお前のせいだろう!』って言われるんだよ」
「うちの学校、スポーツに力入れてるの」と、ため息をつく男子に言われて、水莉は苦笑しか出来なかった。
「そっか。それじゃあ、雨男だと苦労するね」
「そうだろう! そう思うよね! 大変だよね!」
男子は水莉に近づいてきた。
「名前を聞いてもいい? 俺は碓水氷太。君は?」
「私は雨宮よ。雨宮水莉っていうの」
「二人揃って、名前に水が入ってるな」
「その上、雨男と雨女でしょ?」
水莉は男子と、碓水と、顔を見合わせると笑ったのだった。
「ねぇ。碓水君は、この辺りの学校に通っているの?」
「ああ。そうだよ。この辺りにある男子校なんだ」
二人の目の前を傘を差した女子高生数人が通り過ぎて行った。水莉の学校の生徒ではない。この近くの学校の生徒だろうか。
「じゃあ、この辺りには詳しいんだ?」
「まあ、それなりには」
「じゃあさ、この近くのお土産屋さんで売っているっていう、恋愛に関する御守りは知ってる?」
「あ〜。そういや、ネットで話題になっていたな。女子の間で人気だとか」
「女子ってそういうのが好きだよな〜」と、碓水に納得されてしまった。
恋愛や御守りに興味がなさそうな、男子である碓水でさえ御守りを知っているという事は、よほど人気なのだろう。
「そうなの? 私の友達も御守りを買いに行ったの。私は雨がやんだら行くつもり」
「ふ〜ん。君は行かなくていいの?」
「私?」
水莉がキョトンとすると、碓水は頷いた。
「そう。君だって女子なら気になるだろう。恋愛に効くっていう御守りを」
碓水の言葉に、水莉は考えた。
「そうね……。気になるといえば気になるし、気にならないといえば気にならないかな。恋愛に興味無いし」
水莉の言葉に、碓水は一瞬目を見開いた。けれども、すぐに先程までと同じ笑みを浮かべたのだった。
「ふ〜ん。なら、何が興味あるんだ?」
「そうね……。やっぱり、ゲームかな。ゲーム機やスマホがあれば雨でも遊べるし」
雨女だけあって、水莉は室内で遊べる遊戯が得意だった。とりわけ、一人でも遊べる携帯ゲームやテレビゲームは好きだった。
「珍しいな! なあ、何のゲームが好きなんだ?」
水莉はいくつかのゲームタイトルを挙げた。人気の携帯ゲームから、コアなテレビゲームまで。
「その携帯ゲームなら、俺もやってるよ。最後が結構、難しいよな」
「あっ、やっぱりそう思う!? 私も難しいと思っていたの! 特定の武器を持っていないと、攻略に苦戦するんだよね!」
「その武器ってあれだろう? 最初の町で隠しアイテムと交換する……」
水莉と碓水の話はつきなかった。
水莉もここまでゲームの話をしたのは始めてだった。水莉の周りには、ゲームに興味のある女子はいなかった。
水莉の身近にいる女子は大抵、恋愛やファッションに興味を持っていて、男子は男子で独特の世界観を持っていて近寄りがたかった。
やがて、水莉は肩を落とす。
「やっぱり、変だよね。女子がゲームなんて……」
水莉も女子ならば、ゲームよりも、もっとオシャレに気を使うべきだろう。
新しい化粧品や今年の流行りのファッションを調べて購入したり、男子にモテるような髪型を研究したり。
水莉だってわかっている。けれども、興味を持てないのだった。
すると、碓水は水莉から目をそらしながら、答えた。
「俺は、男にモテようと気取っている女子よりも、ありのままの自分を見せている女子の方が好きだけど」
「えっ?」
水莉が振り向くと、碓水は顔を背けてしまった。
「つまり、無理に着飾るよりも、本当の自分を見せる方がいいんだよ! 男子にモテようと意識している方が馬鹿馬鹿しいと思う」
「どうせ、付き合ったら本性はバレるんだからさ!」と、碓水はやまない雨音に負けないように叫んだのだった。
その言葉に、水莉の心は軽くなったのだった。
「そうだよね。やっぱり、本当に自分を好きになってもらいたいなら、本当の自分の姿を見せるべきだよね!」
「ああ。そうだな……」
耳まで真っ赤になりながらも、碓水は水莉の言葉に頷いたのだった。
「だから、自分が雨女だからって、落ち込む必要も無いんじゃないか。自分は雨女だって言って、雨女の自分を見てもらえよ」
きっと、水莉が雨女だという事を気にしていると思ったのだろう。碓水の気持ちが嬉しかった。
「ありがとう。気遣ってくれて」
「そ、そんな大した事じゃねぇし!」
ますます照れる碓水が微笑ましかった。水莉は声を上げて笑ってしまったのだった。
「俺も生まれついての雨男だけど、一度も雨男に生まれた事を後悔してねぇし!」
「そうだね。私もこうして同じ雨男の碓水君と出会えたのなら、雨女で良かったと思ってる」
水莉が雨女じゃなければ、碓水が雨男じゃなければ、二人はこうして出会う事は無かっただろう。
この時ばかりは、水莉は自分が雨女だという事に感謝をしたのだった。
雨はやむことなく、絶えず降り続いていた。水莉は気にしないが、このままだとびしょ濡れの碓水は風邪をひいてしまうかもしれなかった。
「ねぇ。寒くない? 服がびしょ濡れだけど、風邪を引いたりは……」
「大丈夫大丈夫! 俺は健康が取り柄だから」
碓水はそう言うが、水莉は心配であった。すると、水莉は「そうだ!」と思いつくと、リュックサックの中を探ったのだった。
「もし、よければだけど。私が持っているカイロを使って」
水莉はリュックサックの中に入れていた使い捨てカイロを取り出すと、碓水に差し出した。
碓水は受け取っていいのか、カイロと水莉を見比べていた。
「いいのかよ。俺が貰っても」
「うん。碓水君から素敵なお話を聞かせてもらえたから。そのお礼だと思って受け取って欲しいな」
水莉が念を押すと、碓水は迷った末に、カイロを受け取った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
水莉は笑みを浮かべたのだった。
「あのさ、君のれ」
「あっ、いたいた! 水莉、お待たせ!」
碓水が何かを言いかけた時、水莉の友人達が買ったばかりと思しきビニール傘を頭上で振りながら戻って来た。
「ごめんごめん。傘を買ってたら、レジが混んでてさ」
「もう。御守り買うのに時間がかかったからでしょ!」
「でもでも、その代わりに水莉の分の御守りを買ってきたから! 私達と色違いのお揃いだよ!」
友人達は水莉の分のビニール傘と御守りを渡して来た。
「ありがとう。二人共」
「じゃあ、もう行こうか?」
「うん。あっ、ちょっと待ってて!」
水莉は友人達を待たせると、水莉の隣でスマートフォンをいじっている振りーーどう見ても碓水の指もスマートフォンの画面も動いていなかった。をしている碓水に向き直ったのだった。
「碓水君、ありがとう。話を聞いてくれて」
碓水はスマートフォンをいじる振りをしていた。
「ん……」
「それじゃあ、風邪をひかないように気をつけて」
水莉は碓水に背を向けると、待ってていた友人達の元に向かう。
碓水はスマートフォンをいじる振りをしながら、水莉がパサッと傘を開く音を聞いていたのだった。
「ねぇねぇ! あの子誰? てか、いつの間に仲良くなったの!?」
「水莉も隅に置けないね。恋愛に興味なさそうな顔をしながら、他校の男子と仲良くなってさ」
「そんなんじゃないって。この後はどうしようか?」
碓水との関係について詳細を聞こうとする友人達に、水莉は苦笑しながらその場を後にした。
ふと、水莉は後ろを振り向く。
先程のお店の軒下には、まだ碓水がスマートフォンをいじる振りをしていた。
俯きながらもスマートフォンをいじる振りをしている碓水だったが、耳まで赤くなっているように見えたのだった。
水莉は口元を緩めると、友人達の後を追いかけたのだった。
「ああ〜」
水莉達の姿が見えなくなると碓水は大きく息をついて、その場にしゃがみ込んだ。
「可愛い子だった……」
碓水はスマートフォンを地面に置くと、頭を抱えて唸りだした。そんな碓水を道行く人達は、奇妙なものを見るかのように足早に雨の中を去って行ったのだった。
碓水は男子校に通っている事もあり、女子の知り合いもいなければ、女子と話した事さえほとんど無かった。
だからこそ、水莉のような可愛い女子に優しくされて、碓水は照れくさい気持ちになったのだった。
「こんな事なら、もっと早く連絡先を聞いておけば良かった……」
水莉から住んでいる都道府県名は聞いたから、その都道府県の高校のホームページを片っ端から見て、水莉が着ていたのと同じ制服を着た学生が写っている学校を見つければ、学校は特定出来るだろう。
そうして、学校の前で待ち伏せすれば水莉に会える。
ただ、いきなり学校に押しかけるのは、さすがにマズイだろう。近年は防犯の都合上、学校に聞いても水莉の連絡先は教えてくれない。
「はあ……」
碓水が溜め息をつくと、地面に置いていたスマートフォンが音を鳴らしながら、地面の上で揺れ始めた。誰かが電話をかけてきたようだった。
碓水は着信を確認すると、電話に出たのだった。
「氷太、どこにいるんだ?」
「兄ちゃん!」
電話をかけてきたのは、碓水の一番上の兄だった。
「連絡が来ないから心配したぞ。大丈夫か?」
「大丈夫! 修学旅行に来ていた女子高生と話していただけだからさ」
「おっ! とうとう弟にも春が来たのか!? 憎いね〜。コイツ!」
碓水は四人兄弟の末っ子という事もあって、三人の兄達からこうして可愛がられてきた。
実際に兄が目の前にいたら、頭をグリグリと撫でられていただろう。
「止めろって兄ちゃん!」
兄にからかわれていた碓水だったが、兄は咳払いをすると話の本題に入ったのだった。
「ところで、仕事はもう終わったのか?」
「ああ。終わったよ」
碓水は空を見上げる。
相変わらずどんよりとした雲が、空を覆い隠していた。
碓水が話している間も、雨は絶えず降り続いていたのだった。
「依頼通り、雨は降らせたさ」
「雨男も楽じゃないね」
「……そうだな」
ザアアと雨が一際強くなる。
傘を差して歩く人達も、強くなった雨足に辟易した顔をしていた。
「この辺りはもういいだろう。氷太ももう学校に戻りなよ」
「傘を忘れたから戻れない」
電話口で兄は溜め息をついたようだった。
「やれやれ。じゃあ、傘を持って迎えに行くよ。場所は?」
碓水が場所を告げると、兄は十分ほどで迎えに行くと返した。
「それじゃあ」と言うと、兄は通話を切ったのだった。
碓水はスマートフォンをしまうと、ズボンのポケットに手を入れて、クリーニング屋のガラス戸に寄りかかる。
横を見ると、クリーニング屋の屋根から落ちる雨水が、小さな水たまりを作っていたのだった。
「はあ。寒い」
どうやら、雨に濡れて身体が冷えてしまったようだった。雨男なのに情け無い。
碓水は水莉からもらった使い捨てカイロを開けようとして、じっとパッケージを眺める。
どこにでも売っているありきたりなパッケージ。
けれども、碓水にとっては特別なものに思えたのだった。
碓水は、代々、雨を降らせる妖怪の一族だった。
一族で女が生まれれば、雨女。男が生まれれば、雨男と周りから呼ばれてきた。
生まれてすぐは所構わず雨を降らせるが、自我が発達して、力を制御出来るようになれば、好きに雨を降らせられるようになる。
その力を生かして、碓水の一族は依頼があれば雨を降らせてきた。
日照続きの地域に住む人達や、雨を降らせて欲しい人達の願いを叶え続けてきたのだった。
今日も日照がずっと続いているこの地域に住む農家からの依頼で、碓水は雨を降らせにきた。
水莉は雨女の自分のせいだと言っていたが、本当は碓水の仕業だった。
正真正銘の妖怪・雨男である碓水のーー。
結局、碓水は水莉からもらった使い捨てカイロを開けなかった。
ポケットにしまい直すと、やまない雨をじっと見つめる。
「また、会いたいなあ……」
じめっとした雨の匂いがした。
水莉なら、雨男である碓水を受け入れてくれるかもしれない。
雨男という本当の姿の碓水を。
「あの子に会えたのなら、雨男も悪くないかな」
特に、碓水は兄弟の中でも、力を制御するのが一番下手であった。
自分が関係する学校行事やイベントの度に、碓水は雨を降らせてしまっていた。
「碓水は雨男だからな〜」
雨を降らせる度に、碓水の周りはそう言って苦笑してくれる。
碓水の周囲は、碓水が雨降らしの妖怪だと知らない。
けれども、碓水がいる学校行事やイベントの時は、いつも雨が降っているという事で、碓水は雨男だと周囲に思われていた。
碓水自身は雨降らしの力を上手く制御出来ない、そんな自分がずっと嫌いだった。
けれども、碓水の雨降らしの力のおかげで、水莉と出会えたのなら、制御が出来ないままでもいいかと思えてきたのだった。
ザアッとまた雨が強くなる。
この雨はしばらくやまないだろう。
この雨が降り続いている間、水莉は自分が雨女なのを気にして落ち込み続けるだろうか。
それだけが、碓水の気がかりだった。