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84・これからのお話

プラテリアテスタとヴルカノコルポの国境線代わりの巨大な大河に寄り添うように存在するプラテリアテスタの港町マッスール、平時は貿易港としての賑わいがあり、多くの人々や品々が行き来していた活気のある町だった。

つい最近まで隣国であるヴルカノコルポとの戦争の危機が迫っていた事と、魔王に匹敵する脅威である存在、魔王種との戦闘が対岸の港町ニックリーンで行われた事で少なくない被害を被っていた。

倒壊した建物の再建や隣国ヴルカノコルポの港町ニックリーンの消失に伴う住人の一時的な保護と避難所の開設、傭兵として雇った者への褒賞の支払い、マッスールの復興の為の土木工事などに従事する労働力の確保、それらに関係した資材や炊き出し用の食材の仕入れ、金の臭いを嗅ぎつけた商人たちの販売許可や市場開催の為の場所の確保など、多くの事を処理する為にプラテリアテスタの王であるマチョリヌスはマッスールの町長室を臨時の執務室として間借りしていた。


入れ替わり立ち替わりやってくる部下たちが書類の束を次々と机の上に置いて行くのを見て、一瞬顔をしかめるがマチョリヌスはパシンと頬を叩き、気を入れ直して山と積まれた書類に目を通していく。

そして昼間に差し掛かった所で、慌てた様子の兵士が執務室に駆け込んできた。


「マ、マチョリヌス国王陛下!! か、火急のご報告が!!」


「落ち着くがよい。治安を守る兵士が斯様に慌てていては民に無用な心配を与えてしまうではないか」


「も、申し訳ございません……。なにぶん緊急事態ではありますので」


「うむ、では報告を聞こう。何があった?」


兵士が一呼吸つき、少し落ち着いたのを見てマチョリヌスは真剣な顔つきで兵士の報告を待った。

戦争で一儲け出来なかった傭兵や縄張りを広げようと画策する裏社会の者たち、そんなやからが問題を起こしているという報告は既に何件かマチョリヌスの耳に入っており、今回も少し名の有る者が問題を起こしたのだろう、とマチョリヌスは考えていた。


「姫様たちがここマッスールにご到着なされました」


兵士の報告にマチョリヌスは拍子抜けしてしまった。

博愛の勇者ソラタの容態を心配し、傲慢の姫アロガンシア、怠惰の姫トレイクハイトの二人は既にマッスールに到着しており、先日ピクニックを催しソラタを労っていた。

ヴルカノコルポとの戦争で軍の総司令として戦うはずだった憤怒の姫ラージュも軍の再編を行った後はマチョリヌスに代わってマッスールの復興の陣頭指揮を執る予定となっている。

恐らく、それらの情報が警備兵たちに共有されいなかったのだろう、だから慌てて報告に来たのだとマチョリヌスは思った。


「うむ、情報の共有がきちんとされておらなんだか。数日前からトレイクハイトとアロガンシアはここマッスールに滞在しておる。ラージュにしても、軍の再編が済み次第、我の代わりにマッスールの復興の陣頭指揮を執る手はずとなっておったのだ。すぐに他の警備兵たちにも通達せねばな」


申し訳ないと言った顔のマチョリヌスに対し、兵士は首を振る。


「いえ、国王陛下。姫様たち全員がご到着なされたのです」


「……え?」


「第一王女ジェロジア様、第四王女ルクスーリア様、第五王女アワリーティア様、第六王女たる双子姫グロト様、ネリア様、そして既にマッスールに滞在されております第二王女トレイクハイト様、第三王女ラージュ様、第七王女アロガンシア様。国王陛下の御息女であらせられます大罪の七姫様たちが全員この地に集まっておいでです」


兵士の言葉にマチョリヌスの時が数秒止まる。


「国王陛下?」


「……」


マチョリヌスは手で顔を覆い、天を仰いだ。


「なんという……なんという事だ……。トレイクハイトとラージュ、アロガンシア以外はまだその権能を十分に制御出来ておらぬ。だからこそ、その権能を自身の力で制御できるまでは権能同士が共鳴せぬように、姉妹たちを離れ離れにしてまで同盟国へ留学や辺境の地の修道院に預けたというのに……」


嘆くマチョリヌスの耳に慌ただしい足音が入ってくる。

ドアを乱暴に開けて、執務室に駆けこんできた数人の兵士を見てマチョリヌスは嫌な予感に身を震わせた。


「マチョリヌス国王陛下!! ご報告です、マッスール南西部の草原に突如として見慣れぬ建物が出現しました!! 外観から森林国家フォレオスにて数か月前に消失したと報告があった老舗の宿屋『夕暮れの牡馬亭』と推察されます!!」


「更にご報告を!! マッスールの宿屋兼食堂である『黄金マスラオ亭』が店ごと食い尽くされたとの事!! 犯人は双子の少女だったとの事です!!」


「ご報告です!! マッスール近辺で突如花々が咲き乱れ、魔物や動物、魚や虫に至るまでが発情期になった可能性があると報告が!! あと、一部の男の民衆及び兵士が前かがみになって身動きが取れないと苦情が入っております!! 取り調べした所、みなが得も言われぬかぐわしい香りを嗅いだとの情報が入っております!!」


「関係ないと思われますが、酒場『紳士と淑女の集い』にて修道女が飲んだくれており『あちしの前でイチャコラしてんじゃねぇっスよ、ファッキンアベックどもがぁ!! こちとらマチョリヌス王の娘ッスよ!? こうべを垂れて即別れろやぁ!!』と管を巻きながらそこらじゅうのカップルに絡んで騒いでいるとの事です」


兵士たちの報告にマチョリヌスは両手で顔を覆う。


「アワリーティア、グロトとネリア、ルクスーリア、そしてジェロジアか……。しかし、なぜ今この地に集まったのだ……。いや、我が娘たちを一か所に集めるなどという事は我か我が妻ムスクルス、そしてアロガンシアくらいしか出来ぬであろう、ならば此度の事はアロガンシアの思惑か……」


大きく息を吐き、マチョリヌスはゆっくりと立ち上がった。


「報告にあった場所から民衆と兵士を避難させよ、我が自ら対処にあたる。それと、トレイクハイト、ラージュ、アロガンシアは今どこに?」


「ラージュ様はマッスールにはおられません。まだ軍の再編の手続きの為と指示の為に郊外の幕舎におられるかと。トレイクハイト様とアロガンシア様に関しましては先日の博愛の勇者様の慰労の後は用意された客室と博愛の勇者様の寝室を行き来しておられると聞いております」


「うむ、わかった。まずはラージュにすぐにマッスールに来るように、そして軍の再編は騎士団長であるウィルフレッドに一任するように伝えよ」


「は、かしこまりました!!」


マチョリヌスの指示を受け兵士たちは執務室を足早に後にする。


「護衛は不要、逆に娘たちの権能に飲まれかねぬ。民の避難勧告を急がせよ。これ以上無用な被害を出してはならぬ」


次々と指示を飛ばし、マチョリヌスはマントを羽織って博愛の勇者であるソラタが療養している部屋へと向かった。

ソラタが休んでいる部屋の前にはマチョリヌスを待っていたかのようにアロガンシアが立っていた。


「おお、我が父よ、もう執務は終わったのか? ソラタの顔をただの気まぐれで見に来たのなら来た道を戻るがよい、ソラタはいまだに全快とは言えぬ身。無用な気遣いをさせるものではないぞ」


「空々しい事を言うなアロガンシア。何を目論んで姉たちをこの地に呼び寄せた?」


「言うまでもなかろう我が父、妾は妾の為にしか動かぬわ」


口の端を吊り上げて、獣ような笑顔を浮かべるアロガンシアを見て、マチョリヌスはため息を漏らす。


「お前たち姉妹に宿る権能は『七罪』という枠で括られている事くらいは知っていよう。一か所に集まれば勇者たちの持つ権能と同じ様に共鳴し、周囲に多大な影響を与えてしまう代物だ。お前とラージュ、トレイクハイトはその権能を完全に制御、もしくは権能が沈黙した状態だからこそ問題ないだろうと我が元に留まらせておった。だが、他の姉たちは違う。その権能を十分に抑えられる程には至っておらんのだ。それが分からぬお前ではあるまい」


「無論であるぞ我が父よ。我が姉君たちの権能の特性は十も百も承知であるわ。故にこそ牽制となるのだ。緊急の勇者会議、魔王母胎樹の伐採の為の会議であるとは言え実態は世の国々の権力闘争の代理も兼ねておるのは明白。更に今回、ソラタのあの力が披露された後での開催だ。ソラタの力は魔王母胎樹の伐採に際し、大いに貢献するであろう。ならば、それを手に入れんとするのは必定。海千山千の老獪なる者共が集う上に魔王の一角すらソラタに興味があるときておる。世界序列一位であるとは言え、この妾でも後れを取る可能性が万に一つ存在するやもしれん。何かしらの手を打つのは必然であろうが」


アロガンシアの言葉にマチョリヌスは苦虫を嚙み潰した様な表情になる。

ソラタの力を他の国が欲するのは分かり切っていた。

現にヴルカノコルポや星神教がソラタの引き渡しを望んでいたのだから。

勇者会議の場において、出席するのは勇者だけではない。

勇者を召喚した国の王や勇者を支援する組織の長など、数十人にも及ぶ人物がその場に居並ぶ事となる。

魔王母胎樹が人類にとって脅威である以上、それの排除が最優先なのは誰も同じ事ではあるが、それが成された後の事もまた話し合わねばならないのも事実。


「先だってのヴルカノコルポと同じく、武力によるソラタの奪取を目論む輩も少なからず出てくる事もあろうよ。我が父よ、誰しもがそなたと同じく、平穏のみを望むと思う程に耄碌はしてはおらぬだろう。力が無ければ奪われ失う、それが節理と言うものだ。失わぬ為の力が妾であり、大罪の七姫である」


「あぁ、もっともだ、もっともであるアロガンシアよ。だがしかし、ソラタの為にと集めたその力が他者を傷付け苦しめる可能性がある事も、どうしようもない事実である。ソラタは決してそれを望みはすまい」


「であろうな。故にこれは妾の独断専行であり、妾を含めた大罪の七姫が起こす騒動の責の全ては妾に帰結する。そこにソラタの介在する余地は微塵もない。言ったであろう我が父よ、妾は妾の為にしか動かぬと」


「そのような言葉遊びでソラタが納得するとでも思っておるのか? ……いや、思うまいな。ソラタが傷付き苦しむ事すらも承知の上か、自身がソラタに恨まれる事になるかもしれんのだぞ」


「ふん、それが何だと言うのか。相手に恨まれる事を厭い、相手が消え去るを由とするなど愚の極みであろうが。恨まれようが憎まれようが妾のそばにあるのなら、それでよい」


そう言って、話は終わったとばかりにアロガンシアは歩き出す。


「……すまぬアロガンシアよ。ソラタに恨まれてでもその身を守らねばならぬのはソラタをこの世界に召喚させた我が役目でなければならなかったというのに……。今からでも――」


「戯け、勇者から恨まれる王などあってはならぬわ。勇者に信頼されぬ王に何の意味がある。勇者に愛想を尽かされて、出ていかれた国もあるのだぞ。国に、人に害成す勇者など魔王以上の脅威であろうが。国と娘とを天秤にかけてまで勇者を召喚したのであろう。その責を負うたまま民の為に生き、そして死ぬがよいわ」


アロガンシアはマチョリヌスの隣を通り過ぎていく。

わずかに肩を落とすマチョリヌスの事を振り返る事なくアロガンシアは言い放つ。


「ふん、任せるがよいぞ我が父よ。ソラタは誰にも渡さぬ、これ以上姉君たちの権能で民たちに被害も出させぬ、魔王母胎樹もいずれ伐採する。無論、世界序列一位としての責務も全うする。妾を誰と思うておるか。妾こそプラテリアテスタ第七王女にして世界序列一位、アロガンシア・マルタ・セッテ・プラテリアテスタであるぞ」


揺ぎ無い決意を以て、アロガンシアは歩き続ける。

マチョリヌスはその背中を悲しげに見送る事しかできなかった。



大罪の七姫が一堂に会し、世界各地より海千山千の老練にして老獪なる者たちが集う勇者会議が始まる。

勇者と魔王と姫、世界を揺るがす人外の力を有する慮外の怪物たちを中心に『これから』の話の幕が開く。

だいぶん間が空きましたが、この話で一旦この物語の幕を降ろさせていただきます。

練習がてら勢いだけで書いてたので、後の事とかまったく考えてはいませんが、いつかその内に続きを書くかもしれませんので、一応完結とは致しません。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。

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