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83・異邦の少年とピクニック後編

三つの太陽が青い空の真上で光り輝いている。

時間はお昼時、港町マッスールの近くにある草原でボクは気持ちのいい風に吹かれながら、のんびりと空を眺めていた。

ピクニックに参加してくれるのはボクとティグレさんにウルスブランさん、それとアロガンシアちゃんにトレイクハイトちゃん、そしてロンファンさんの六人の予定だ。

コタマはなんだか気が乗らないと、どこかへと散歩に出かけてしまった。

次は来てくれたらいいな。

草原には質素なテーブルとイスが設置され、そのテーブルにウルスブランさんは軽食やお茶菓子なんかを並べている。

少し離れた場所に大きめの豪華なテントが設置されていて、中ではティグレさんがアロガンシアちゃんとトレイクハイトちゃんの着替えを手伝っている最中だ。

いつも着ているドレスでは気が休まらないだろうからをいつもと違う服を披露してやろう、ってアロガンシアちゃんが言っていた。

トレイクハイトちゃんは別に着替える気はなかったみたいだけれど、ついでだと言ってアロガンシアちゃんに連れていかれてしまった。

すでに三十分くらいたってるけど、まだ出てくる様子がない。

どうしたんだろう、何かあったのかな、と思っているとボクの魔力感知の範囲内に覚えのある魔力を感じた。

ボクが魔力を感知した方を向くとロンファンさんが歩いて来ているのが見えた。


「内々の催しであったろうが、招待していただき感謝する。故郷の菓子に似た物を見つけたのでな、持参した。茶菓子の足しにするといい」


ボクに対して、ロンファンさんは握った右手を左手で包むようにして頭を下げた後、懐から取り出した紙袋を手渡してくれた。

その中には小分けに包装されたお菓子が入っており、ドライフルーツみたいな物や小さなお饅頭なんかがあり、とても美味しそうだった。


「来てくれてありがとうございますロンファンさん。お菓子もありがとうございます。本当は準備ができてから、お迎えに行く予定だったんですけど、ごめんなさい」


「あぁ、気にするな。短気な性分なだけだ」


ボクはロンファンさんから貰った紙袋をウルスブランさんに手渡した。

ウルスブランさんは紙袋に入っているお菓子を一つずつ取り出して、空いたお皿の上に並べていく。


「これは東方の海洋国家ホウライの物でしょうか? 他国との関わりがほぼないので、ホウライの国の物は滅多に市場に並ばないのですが、ロンファン様どこでこれを?」


「ちょっとした伝手があってな、そのホウライから個人的に調達してもらったものだ」


「配達? プラテリアテスタからホウライまでは飛空艇でも十日はかかる程の距離、転移系の魔術にしても、昨日今日ではとても……」


「言っただろう、伝手があると。その手の事が得意な知り合いがいたと言うだけの事だ。『飛び足』という二つ名のある行商人だ、気になるなら調べてみるといい」


「『飛び足』……そのような方がおられるのですね、お教えいただき感謝いたします。ではこちらの椅子にどうぞ。此度はソラタ様の慰労も兼ねたもの、どうかアロガンシア様とのお戯れはお控えいただけると助かります」


ウルスブランさんがロンファンさんを席に座る様に促した。

ロンファンさんは小さく笑って、椅子に座った。


「それは傲慢姫に言うべき言葉だな、場をわきまえる程度の分別くらいはつく安心せい」


「それは失礼いたしました」


ロンファンさんの言葉にウルスブランさんがクスリと笑う。

そしてウルスブランさんは一礼して、テントの方に歩いて行った。


「改めて、来てくれてありがとうございますロンファンさん」


「気にするな。約束を果たしに来ただけだ。しかしまぁ、このわしが茶会、ピクニックか……。ひたすらに功夫を積み、武に人生の大半を捧げたこのわしがな……。クカカ、わからんものよな」


「もしかして、ロンファンさんってピクニックって初めてなんですか?」


「あぁ、物心ついた時から武の中に身を置き生きてきた。ひたすらに武を極めんと功夫を積み続けるだけの人生であったよ」


ロンファンさんは昔を思い出すかの様に目を細めて、遠くを見つめた。

そして、自分の掌を眺め、グッと握り拳を作る。


「ひたすらに鍛え続け、手にした力を試す為に虎や熊とも闘った。武を極めんと足掻き続け、結局何も得ぬまま老衰で死んだよ。気づけば全盛期の体でこの世界に来ていた。その時は驚きよりも嬉しさが込み上げた。まだ鍛え続けられる、とな」


そう言って、ロンファンさんは小さく笑った。


「すまんな、くだらん一人語りなど聴かせてしまって」


「いいえ、ロンファンさんの事が知れてよかったです。嫌じゃなかったら、もっと色々お話しましょう。アロガンシアちゃん達はまだ時間がかかるみたいですし」


「よかろう、何処の世界でも女の身支度は時間がかかるものよな。暇つぶし程度の世間話、とは言え気の利いた話題などないがな」


ロンファンさんとの世間話でボクはプラテリアテスタで食べた物の事やティグレさんたちとした魔術の修行の事を、ロンファンさんは修行の旅の中で見た綺麗な風景やとても古い遺跡の事なんかを話してくれた。

しばらくして、テントからティグレさんとウルスブランさんを引き連れてアロガンシアちゃんとトレイクハイトちゃんが出てきた。

トレイクハイトちゃんはいつものと変わらない白衣を着ていたけど、頭にかぶっている壺がちょっと豪華になっていて、アロガンシアちゃんはいつものドレスではなくて首元に赤い宝石の付いたブローチがついたブラウスと膝丈のキュロット姿になっていた。


「男二人でなんとも賑わうものよな。花の無い会話に実がなる訳もなかろうに」


「自分がいないのに二人が盛り上がってる事がなんとも気に入らないのでございますねぇ。それに、自分の事を花だなんて、アロガンシアちゃんはなんともお可愛い事でございます」


「よーし、その壺叩き割る。そのくらいの覚悟あっての言葉であろうな怠惰なる姉君よ」


「おーおー怖いでございますねー。ソラタ殿ー助けてでございますよー」


ケラケラと笑いながら、トレイクハイトちゃんがボクの背中に回り込んできた。

その様子を見て、アロガンシアちゃんがフンと鼻を鳴らす。


「まぁ、よい。此度の催しはソラタの慰労が目的である。騒がしくするのは妾とて本望ではない、ゆえに許そう。寛容な妾に感謝するがよいぞ怠惰なる姉君よ」


「はいはい、ありがとうでございますよー」


アロガンシアちゃんの言葉を聞き流すような適当な返事をしながら、トレイクハイトちゃんはウルスブランさんが引いた椅子に座った。


「アロガンシア様、どうぞこちらに」


「うむ」


ティグレさんが椅子を引いて、アロガンシアちゃんに頭を下げる。

アロガンシアちゃんはゆっくりと優雅に椅子に座ると、コホンと咳払いをした。


「ティグレ、ウルスブランも席に着くがよい。これは先ほども言ったがソラタの慰労が目的である。ソラタにしてもそれを望むであろう」


ティグレさんとウルスブランさんはぺこりと頭を下げ、空いた席に腰を降ろした。


「本来ならば、怠惰なる姉君が音頭を取るべきなのであろうが」


「面倒なので遠慮するのでございます」


「この通りなのでな、この妾がソラタ慰労会を兼ねたピクニック開催の音頭を取る事とする。異論などあるまい」


そう言ってアロガンシアちゃんはコップを片手に持って、立ち上がった。


「うむ、先だっての我がプラテリアテスタとヴルカノコルポとの戦争を事実上止めてみせ、多くの助力あっての事とは言え魔王種討伐への多大なる貢献、実に天晴と言えよう。妾が褒めて遣わす、滂沱の涙を流し歓喜に打ち震えるがよいぞソラタ。博愛の勇者の箔付けにはこれ以上ないと言えよう、他の勇者どもが成し遂げた事に比べても遜色など無く、逆に随一と言って良い働きであったわ」


なんだかアロガンシアちゃんは凄く上機嫌で嬉しそうに見える。

よほどピクニックが楽しみだったのだろう。


「言いたい事はまだあるが、長い話なぞ慰労には不要な物よな。此度のピクニックはソラタの慰労の為の催しである。存分に楽しむがよい。乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


アロガンシアちゃんの乾杯の声に合わせて、みんなもコップを上げて乾杯の声をあげる。

こうして、ピクニックが始まった。

美味しい料理とお菓子、みんな笑顔で話しも弾んでいた。

ウルスブランさんが入れた紅茶を飲んでロンファンさんが「これは美味いな」と言っていて、どんな茶葉を使っているのかなんかを聞いていた。

たまに自分でもお茶を入れて楽しんでいるらしい、アロガンシアちゃんがそれを聞いて「武一辺倒の脳筋だとばかり思っていたが、なんとも意外な面もあるものよな。何が武に生涯を捧げただ、よく言うわ。ふむ、さては女だな? 惚れた女の趣味が茶だったのであろう? 近づく口実に茶を嗜んだのであろう? そうであろう?」なんて言い出して、ロンファンさんはロンファンさんで「ほう、一国の王女ともあろう者が品の無い事を。その様子では男女の心の機微を解するのはいつになるのだろうな」なんて言い返していた。

一瞬、空気が重くなって喧嘩になりそうな予感がしたから、ボクは無理矢理話題を変える事にした。


「あ、あははは、今日はとってもいい天気で良かったね。風もすっごく気持ちいいし、ボクの為にピクニックを計画してくれて、本当にありがとうございます」


「いいえ、ソラタ様の成した事を思えば、この程度の事しかできなかった我が身の不甲斐なさを恥じるばかり。申し訳ございません」


ティグレさんがそう言って頭を下げたけれど、ボクは首を振った。


「そんな事ないよティグレさん。ボクはとっても嬉しいよ」


「そうでございますよティグレ殿ー、確かに本来なら戦争を止めた上に魔王種を討伐に貢献したなんて、どんな勲章や褒美を上げても足りないくらいでございますけれど、ソラタ殿がそんなものを望む訳でもないでございますし、そんな事にお金や労力をかけるくらいなら、復興に力を入れてほしいとでも言うでございましょう」


「うん、そうだね。困ってる人はまだまだ沢山いるから、その人たちを助けてあげて欲しいな。あ、ボクも体調が戻って来たし、癒しの力が必要になったらいつでも言ってね」


まだ、神域と冥域の魔力は使わない方がいいって言われてるから、自分の魔力を使うしかないけど、何か出来る事があるなら何でもしてあげたい。

そう思いながら、ボクはサンドイッチを口に運んだ。


本当に楽しい時間だった。

こんな時間がもっと続けばいいと心の底から思った。

これから、もっと大変な事が沢山あるのかもしれない。

それでも、進んでいった先がみんなが笑っていられる世界なら、ボクはどんな事があってもそれを目指す。

出来る事を精一杯頑張っていれば、きっといつかその場所にたどり着けるはずだから。

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