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8・異邦の少年と魔術

夢の中で家族と会った。

お父さんとお母さんが笑い合っていて、その間に挟まれてボクが幸せそうに眠っていた。

飼い猫のタマコがボクの膝で丸くなってゴロゴロと喉を鳴らしている。

ボクがボクを見ている、だからこれは夢なのだと気づいた。

うっすらと意識が覚醒していく感覚。

夢と現実の境目にいる様なふわふわとした心地。

意識がはっきりとしていくにつれて、夢を見ていた事すら記憶から薄れて消えていった。

目を開けて、最初に見たのは見知らぬ天井。

体を起こすと、ふかふかのベッドに寝かされているのに気づいた。

ここは何処だろう? そんな事を思いながら目をこすった。


「目覚めたか、ソラタよ。我が妃ムスクルスがすまぬ事をした。ああ見えてあやつは大層な子ども好きでな……。娘ばかりではなく息子も欲しいとは言うておったが、まさかお主にあそこまで執着するとはおもわなんだ。……それも愛深きがゆえ、できれば許してやってほしい」


王様の声が隣からした。

隣に目をやると、ボクの真横で王様が顔だけをこちらに向けてベッドに横たわっていた。

体にかけている薄手の毛布が王様のまるで大山脈を思わせる凹凸が並みの登山家では登頂はおろか五合目にすら到達しえないのではないかと思わせる程にパンパンに仕上がっている筋肉たちをわずかばかりに覆い隠していた。


「えっと、その、おはようございます王様。許すとか許さないとかはないです、女王様は自分の事をお母さんだと思っていいと言ってくれました。嬉しいと思う事はあっても、怒ったりなんかはありません」


ニコリと笑ってそう答えると、王様は目を細めて嬉しそうに笑顔になった。

王様はゆっくりと体を起こし、ベッドから起き上がった。


「我が癒しの筋肉魔術の一つ、マッスル・オブ・ヒールの効果があったようだな。痛みなどはあるまい?」


そう言われて体を触って確かめてみる。

確かにどこも痛くはない。

王女様に抱きしめられて首とか頭とかがちょっとミシミシって言ってたのが嘘みたいだ。


「ホントだ、どこも痛くなくなってる!! 魔法って凄いんですね王様!!」


「ふふ、魔法ではなく魔術であるぞソラタ。ソラタも筋肉を鍛えていればいずれ魔術を扱えるようになるであろう。筋肉を鍛え練り上げる、それはすなわち肉体に宿る魔力を自在に操るという事と同義である」


「そうなんだ!! すごいや、ボクでも魔術? が使えるようになるなんて!! 」


魔法ではなく魔術、その違いはよくわからないけれど、王様と同じ様に誰かを癒す事が出来る様になる、それはとても素晴らしい事だとボクは思った。


「たわけ、体を鍛えただけで魔術を使えるようになるはずなかろう。筋肉魔術などというふざけた代物は我が父にしか扱えぬ固有の物としれ」


部屋の扉が開き、アロガンシア王女が呆れ顔をしながら部屋に入ってきた。

ティグレさんとウルスブランさんも一緒に。

二人は心配そうな顔でボクを見ている。


「さて、調子は如何か勇者殿? 我が父の筋肉魔術、名はともかく効果は本物。とはいえ、まだ本調子でないというのなら魔術医を手配させるが? 」


「えっと、大丈夫ですアロガンシア王女様。王様のおかげで元気いっぱいです」


「うむ、ならばよい。日も傾き既に宵闇の頃、いずれ夜の帳が落ちよう。その前に夕餉とせよ。我が母も同席なさる。うぬの息災を知れば安堵しよう」


「う、うん」


少し落ち着いた雰囲気のアロガンシア王女はその綺麗な顔立ちと合わさって、本当にお姫様って感じだ。

それにボクを心配してくれていた様で、なんだか嬉しかった。


「ティグレ、ウルスブラン。勇者殿を我が母の私室へ案内せよ。無論、怠惰なる我が姉君もな。他の姉君たちは残念ながら今、この城にはおらぬゆえ致し方あるまい。後ほど、勇者召喚の報を伝えるか、いや神託の方が早い、か。まぁよい、そちらは我が父に任せよう。あぁ、それと少々不作法となるが夕餉の中で色々と勇者殿に説明させねばな。よいな我が父」


「ふむ、良かろう。それにしてもアロガンシアよ、お前がその様な穏やかなるを見るのは実に久しく感じるな」


「フン、妾は空にたゆたう星の如く常に穏やかであるわ。主観で妾を語るでないぞ我が父。主観で妾を語ってよいのは妾のみよ」


アロガンシア王女がプイッとそっぽを向いた。

その仕草を見て、なんだか可愛いなと思ってしまった。

それに気づいたのかアロガンシア王女がボクの顔をキッと睨んだ。


「おいおい、勇者殿。今何か変な事を考えたのではあるまいな? もし、もしの話ではあるが、妾を可愛いなどと思ったのではあるまいな? 妾はそう言われる事は殊更好まぬ。覚えておくがよい」


「あの、言わなければいいんです、ね? わ、わかりました、言わないようにします」


「思いもするな。虫唾が走る」


無茶な事を言うアロガンシア王女に苦笑いを浮かべ、ボクはティグレさんとウルスブランさんに連れられて、部屋を後にした。

アロガンシア王女は王様と話があるらしく、そのまま部屋に残っていた。


「ソラタ様、お体に大事ないようでなによりでした。相手が女王陛下だったとはいえすぐさまお助けできず申し訳ございません」


「わ、私も何もできず申し訳ありません」


廊下の途中でティグレさんが立ち止まり、そう言って頭を下げた。

ウルスブランさんもそれに続いた。


「あ、あの頭を上げてください、ボクはそんな、その、なんとも思ってませんし」


「いえ、侍従長として、恥ずべき事。国王陛下も女王陛下のした事と、何も仰いませんでした。しかし、それでは私どもの立つ瀬がありません。どうか、罰をお与えになっていただきたい」


ボクが何とも思っていない、と言っても二人は中々頭をあげてくれない。

どうしようかと、思っていると廊下の奥から赤い色の壺が歩いてきた。

トレイクハイトちゃんだと気づき、この場をどうにかしてもらう事にした。


「ト、トレイクハイトちゃん、女王様のお部屋でゆうげ? だって。その、一緒に行こう」


「はいはい、分かりましたでございますよ。しかししかし、ソラタ殿が元気なようでなによりでございます。わたくしも色々準備してはいましたが、必要なかったでございますなー」


「うん、気を失ってる間、王様の筋肉魔術で癒してもらってたみたい。魔術って凄いんだね」


「あー、父上のあれは魔術というには中々に個性的といいますか、原理が全くの謎と言う点では魔法に類するものでございましょう」


「うーん、あの、トレイクハイトちゃん一つ聞いてもいい?」


「ええ、ええ、わたくしに答えられる事ならなんでもどうぞでございます」


「じゃあ、その、魔術と魔法の違いって何?」


王様が言ってたけれど、魔法と魔術は違う、らしい。

ボクにはその違いが良く分からなかった。

トレイクハイトちゃんは王様の筋肉魔術は魔法に類するもの、と言った。

ちゃんと違いがあるのなら、ちゃんと知りたいと思った。


「端的に言えば魔術は理解できるもの、魔法は理解できないものでございます。元々、魔術は人が神の奇跡を模倣して生み出したものであり、魔法はより神の奇跡に近い何か、でございますね。例えば勇者召喚や転送門なんかはまさしく原理不明の魔法でございます。あぁ、魔術を扱うという点でいえば、この国ではティグレ殿が最たるものでございましょう」


「ティグレさんが?」


「そうでございます。ティグレ殿は侍従長になる前は花嫁修業と称して手当たり次第に資格取ってたでございますから、絶位の魔術行使免許状も取得済みでございますよ」


「へぇ、なんだかよく分からないけど、ティグレさんは美人なだけじゃなくて凄いって事なんだね。あ、そうだ。あの、ティグレさん」


ボクが声をかけるとティグレさんは一瞬にへらとしていた様に見えた顔をキュっと引き締めた。

今さっき凄くだらしない顔していた気がしていたけれど、まばたきの間にいつものキリッとした表情になっていたからきっと気のせいだろう。


「はい、如何なさいましたかソラタ様」


「えっと、ティグレさんが良かったらなんですけど、ボクに魔術を教えてくくれませんか? 王様は鍛えていればいずれ魔術を使えるだろうって。だから、あの、ボクも誰かを癒したり助けられる魔術が使いたいんです」


「手取り足取り腰取り、はい喜んで万歳、やったぜ、合法的にイヤッホウ」

(かしこまりました。しかしわたくしの一存で魔術指南をするのはなにかと問題があるやもしれません。一度国王陛下の裁可を仰ぐ必要がございます)


いきなりティグレさんが真面目でキリッとした表情のままよくわからない事を言い出した。

はたから見たらボクの頭からハテナマークが沢山出ていたんじゃないだろうか。

ボクが少し困っていると、苦笑いをしているウルスブランさんがティグレさんになにやらこしょこしょと話かけた。


(ティグレ様、本音が、本音があふれ出しています)


すると、ティグレさんがビクっと体を震わせて、顔を少し赤らめてゴホンと咳を一つした。


「失礼、ソラタ様。空中に漂うエーテル魔力が不意に大量流入した事で一時的な超励起状態となってしまっていたようでございます。何を言ったか残念ながら覚えておりませんが、私が何か失言をしておりましたら平にご容赦の程を」


「フフ、なんだかティグレさんがトレイクハイトちゃんと似たような事言ってる。ボクにはよくわからないけど、不思議な事が起こるんですね」


笑うボクを見てティグレさんがペロリと舌なめずりをしていた。

なんだろう、ティグレさんの目がちょっと怖い。


「あぁ、無垢な笑顔……。たまんねぇな、おい……女王陛下もギューってソラタ様抱きしめててホント羨ましかったし、わたくしもちょっと一ペロリくらい……」


「おい、ティグレ落ち着けでございます。わたくしちゃんに品位がどうの言ってた侍従長たる貴女がその様でどうするでございますか。前代未聞でございますよ?」


ティグレさんが小さな声で何かブツブツと言っていたが、ボクにはよく聞こえなかった。

トレイクハイトちゃんには聞こえていたようでティグレさんに落ち着くよう言っていた。

ティグレさんはなんて言っていたのだろう、後で聞いてもティグレさんもトレイクハイトちゃんも教えてはくれなかった。


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