79・色欲と暴食
静かに降る雪の中を燃える様な羽根をはばたかせて飛ぶ小鳥が一羽。
目指す場所へ向けて、小鳥は一直線に突き進む。
目的の場所に辿りついた小鳥は自分に託された物を渡す相手を探す。
そして、小鳥は一人の女性の元へと降り立った。
自分の指先に留まった小鳥から魔術によって込められていた情報を受け取った女性はほんの少し驚いた様子を見せた。
「あらあらあらぁ、とっても珍しいかしら。あのアロちゃんからお集まりの一報が届くなんて、どんな風の吹きまわしなのかしら。お父様たちはご了承してくださっているのか気になる所ではあるのだけれど、アロちゃんの事だからきっと独断かしら。でもみんなと久しぶりに会えるのはとっても楽しみかしら」
腰元まである長い黒髪を三つ編みでまとめ、瑞々しく豊満な体を隠そうともせず裸体をさらけ出している女性が指先に留まる炎の様に赤い羽根を持つ小鳥を見てそう呟く。
白いベールで目元を隠している為、その表情ははっきりと分からないがどこか嬉しそうな声色だった。
豪華なソファーに腰かけたまま、女性は愛おしそうに小鳥を撫でる。
赤い小鳥には魔術によってアロガンシアのメッセージが込められていた。
『可及的速やかに港町マッスールに来られたし。世界の分岐点となりうる会議が行われる故、我が姉君達の助力を求めるもの也』
「とってもアロちゃんらしくない文言かしら。きっと誰かが添削したのね」
女性は指先から飛び立つ小鳥を眺め、小鳥の姿が窓の外に出て見えなくなった所でゆっくりと立ち上がった。
周囲に控えていた侍女たちが慌ててそれを制そうと女性の元に駆けよる。
「お待ちくださいルクスーリア様、どこへ行かれようというのですか!?」
「そのような御姿で外にでるなど、もってのほかです!!」
「せめて、下着だけでもを着てくださいませ!!」
何かと服を着せようとする侍女たちを少し煩わしく思いながら、ルクスーリアはため息を一つついて侍女の差し出す意匠の凝らされた高級そうなパンツを受け取る。
「でも、誰かに裸体を見られたからと、何かが減る訳ではないのだし、見られて困る体でもないのだし、別段構う事なんかないんじゃないかしら?」
「ルクスーリア様、服を着るという事の意義をまた一からお教えせねばなりませんか? 暑さ、寒さなどの環境の変化から身を守り、汗などの老廃物の吸着、更には服に施された衣装や魔術的要素から歴史と伝統、文化、権威を語らずとも他者に伝える道具であり、不埒なやからの不愉快極まりない視線から乙女の柔肌を守る為に必要不可欠な物、なによりルクスーリア様の豊満なる肉体はその色欲の権能も相まって、他者にとっては毒にしかなりません。どうか下々の者にご配慮くださいますよう」
ルクスーリアは老年の侍女の言葉に渋々と言った様子で従い、手に持つパンツに足を通す。
「窮屈極まりないかしら。人はみんな、服と言う戒めから解き放たれて然るべきだと思うのだけれど、何故分かってくれないのかしら」
用意された豪奢なドレスに見向きもせず、ルクスーリアは自分の魔力で半透明の布を具現化し、それを体に軽く巻き付けた。
それを見て、老年の侍女は大きなため息を吐く。
「また、そのような恰好を……。王族というご自覚をもっと持っていただきたいのですが」
「自分の魔力で編んでいるというのに、これすら縛られている感覚がして堪らない。これ以上は譲歩できないかしら。ばあや、プラテリアテスタの港町マッスールまですぐに向かうかしら、アロちゃんが待っているのだもの」
「よろしいのですかルクスーリア様、マチョリヌス国王の魔力による印璽すらないというのに」
「大抵の事は何でも一人でこなすアロちゃんがわざわざルーに、いえきっと姉妹みんなかしら。父上の裁可も無く姉妹を一か所に集めようとしているのですもの、それは先日のあの夜空に描かれたあの魔術陣が関係しているに違いないかしら。まさに神の奇跡とも思えるあの威容、それにまつわる事なら是非ともお話を聞きたいと思うのはおかしい事かしら?」
「もはや、何を言ってもお聞き入れはしていただけない御様子、ならば仕方ありません。かしこまりました我が主、プラテリアテスタ第四王女ルクスーリア・イルヴァ・クアットロ・プラテリアテスタ王女殿下、すぐに騎竜を手配いたします」
「えぇ、お願いするかしら。そういえば、お父様が勇者を召喚したとか、どんな方なのかしら?」
「アロガンシア様と同年代の男の子と聞いておりますが」
「ふーん、そっかそっかー。うんうん、ルーったらアロちゃんのお姉ちゃんだから分かっちゃったかしら。恋の匂いがプンプンするかしら」
ルクスーリアはペロリと舌を出し、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、ばあや。青い果実はなんでああも美味しそうに見えるのかしら?」
「おやめくださいませ。その悪癖で国家間の問題を何度引き起こしたとお思いですか?」
「将来、ルーの弟になるかもしれない方ですもの、気になるのは仕方ない事ではないかしら」
ルクスーリアの言葉に老年の侍女は頭を抱え大きなため息を吐いた。
舗装された道路を角の生えた馬四頭が引く豪華な馬車がゆっくりと移動していた。
客車の外装を見れば、その衣装からかなり高位の貴族や王族が乗っているのは簡単に見て取れる。
馬車の周囲に控えている十名程度の護衛たちはみな狼に似た大型の騎獣を駆る騎士であり、全員が相当な使い手なのは誰の目にも明らかだった。
そんな屈強な護衛に守られる馬車に乗っているのは三人の女性。
「ねぇねぇアロガンシアから つかいま きてるよ」
「ねぇねぇアロガンシアの つかいま なんて?」
長い金髪を二つにまとめ、くるくると大きな金の瞳をした二人の小さな女の子が瓜二つの顔を並べて、蜘蛛の頭部をもつ黒いマントを羽織る女性にニコニコと笑顔で話しかける。
双子の女の子は宝石が散りばめられた小箱を大事そうに抱えていた。
「……第七王女アロガンシア様より招集の通達、火急の用向き故、急ぎマッスールまで来てほしいと。いかがいたしますか王女殿下」
「アロガンシアから おねがいがあるなんて すてきね」
「アロガンシアから おねがいされるなんて たのしそうね」
双子の王女たちは向かい合ってきゃっきゃっと楽しそうに笑って、抱える小箱から取り出したクッキーを互いの口に入れ合う。
そして、声を揃えて蜘蛛の頭部を持つ女性に告げる。
「「アロガンシア からの たのみですもの いそいで ちょうだいなアラネア」」
「かしこまりました。従者に快速飛空艇を手配させましょう。しかしそうなりますと、今夜の舞踏会は不参加と言う事になります。マチョリヌス国王陛下にご確認を取った方がよろしいのでは?」
アラネアと呼ばれた蜘蛛の頭部を持つ女性は馬車を護衛する騎士の一人に飛行艇を手配するよう伝えながら、双子の王女にそう問いかけた。
双子の王女は無邪気な笑みを浮かべ、互いの手を取り合う。
「アハハだいじょうぶよねグロトちゃん」
「アハハだいじょうぶよネリアちゃん」
双子の王女、グロトとネリアは声を合わせてこう言った。
「「そろそろウルスブランのケーキが たべたくなってきたんですもの」」
「このくに の おかしはあまいだけ」
「このくに の おかしはみかけだけ」
ケラケラと無邪気に笑い合ってグロトとネリアはクッキーを口に運ぶ。
モグモグと食べ続け、最後にはクッキーの入っていた箱に噛り付き、噛み砕く。
「グロト王女、ネリア王女、暴食の権能をお抑え下さい。おおよそ人は貴金属や宝石類を食べる事などいたしません、なによりそれはこの国の第三王子からの贈り物では?」
アラネアのたしなめる声など聞こえないかのように、グロトとネリアはバキバキと宝石ごと箱を食べ尽くしてしまった。
「「ごちそうさまでした」」
無邪気な双子姫とその従者を乗せた馬車は一路、飛空艇の留まる船着き場へと向かう。




