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78・傲慢姫と怠惰姫

「賑やかしいと思えば、これは何の催しだ怠惰なる姉君。我がプラテリアテスタの侍従長たる者が下着姿で床に転がり、その侍従長の補佐たる者が赤子の如く泣き喚きながら博愛の勇者に抱きついている、他国の者には見せられぬ醜態よな」


プラテリアテスタの第七王女である少女、アロガンシアが額に青筋をたて、鋭い目つきで部屋を一瞥してため息を漏らす。


「ア、アアア、アロガンシア様ッ!? こ、これはその、申し訳ありません!! ちょっと、そのあの、これはその!? 」


「落ち着くでございますウルスブラン、アロガンシアちゃんはちょっとやきもち焼いてるだけでございますので。あと、ソラタ殿が気を失っているのでそのデッカイ凶器じみた乳をどけるといいでございます」


「へ? ……あぁあああああ!? ソラタ様、ソラタ様!? なんで、どうして!?」


自分が抱きしめているソラタが気を失ってグッタリしている事に気付いたウルスブランは慌ててソラタを離し、両肩を掴んで思い切り揺さぶる。


「あぁああああああ!? お、お気を確かにソラタ様ッ!! あわわわわわ!?」


糸の切れた操り人形の様にガックンガックンとソラタの頭が揺れ動くの見て、トレイクハイトは大きくため息をついた。


「ウルスブラン、ソラタ殿はわたくしとアロガンシアちゃんで見ておくので、まずはティグレ殿を自室に放り込んで来るでございます。よいでございますか、侍従長補佐?」


「は、はい、かしこまりましたトレイクハイト様!! ソ、ソラタ様をお願いしますッ!!」


ソラタをベッドに寝かせた後、ウルスブランは雑にティグレを担いで部屋をドタバタと慌ただしく出て行った。

途中、壁にぶつかったのか盛大にこけたのか大きな激突音がした後にウルスブランの「ご、ごめんなさいぃいいい!!」という声が響いていた。

慌ただしく走る音が遠ざかり、部屋に静寂が訪れた。


「まったく、上があれでは下の者に示しがつかんな。一度、鍛え直さねばなるまいよ」


「いやぁ、ティグレ殿に関しては獣化の影響もあって軽く発情してた訳でございますし? 少しは温情をかけてもいいとはお姉ちゃん思う訳でございますよ」


「フン、どうだか」


トレイクハイトの言い分をアロガンシアは鼻で笑い、干した魚を食べている途中で眠っているコタマの首の後ろをむんずと掴んで持ち上げる。


「これを見るがよい怠惰なる姉君。この、なんだ、精霊獣を名乗る、珍妙な小動物を」


「普通に寝てる様に見えるでございますが?」


「干し魚に仕込まれていた睡眠の魔術で眠らされているのが分からんか? まぁ、食べるという行為を引き金にしているがゆえに、並み大抵の者の魔術探知では見抜く事は出来んだろうがな」


「うわぁ、この子が騒ぐの分かってて事前に黙らせたって訳でございますね、これはたちが悪いでございます、ここまで精緻な魔術仕込んだ上に精霊獣を眠らせるような強力な魔術の行使とか獣化の影響なんて弁解は無理でございますよ」


「さすがは腐っても絶位の魔術師よな。大賢者の手並みを見て意気消沈していたなど信じられんくらいだ。とまぁ、それはいいとして、だ」


ちらりとアロガンシアがベッドに横たわるソラタに目をやる。


「あぁ、安心するでございます。見る限りソラタ殿に問題はないでございますよ」


「ふん、見れば分かる。まったく妾自らが労ってやろうとわざわざ足を運んでやったと言うに。たかがウルスブランの乳程度で気を失うとは情けない限りではないか」


そう言いつつ、アロガンシアはソラタに近づいていく。


「怠惰なる姉君、妾は自分を好ましく思っている者を死地に送っておきながら、友として頼ってくれた事をどこか嬉しく思った。……そんな妾は狂っていると思うか?」


アロガンシアの指先が眠るソラタの頬を優しく撫でる。


「人は皆、狂気を胸の内底に秘めているのでございますよ、アロガンシアちゃんだけ狂っているなどと断言できないでございます。わたくしも他人から見れば狂っている類の存在ではございますし? まぁ、狂っているというよりも、歪んでいると言った方がまだ近しいでございますかねぇ」


「歪んでいる、か。己に正直に生きているだけなのだがな、それでも歪むというのなら根本からねじ曲がっておったのだろうな。ままならんものよな、権能なんぞに己の性質を支配されておるようで、なんとも腹立たしくあるわ」


「まぁ、どうにもならない事なんて世の中いくらでもあるのでございますし、それをとやかく言うのなら権能を与えた神様に文句でも言うんでございますね」


トレイクハイトの言葉にアロガンシアはケラケラと笑う。


「クハハ、それはよいな、実によい。いつか神に会う機会があれば文句の一つで言ってやろう」


「アロガンシアちゃんは文句どころか殴りかかりそうで怖いでございます……」


アロガンシアの指がくすぐったかったのかソラタがむにゃむにゃと顔を動かす。

その様子を見て、アロガンシアはほんの少し口角を上げて、柔らかな笑みを浮かべた。


「さて、怠惰なる姉君。博愛の勇者たるソラタはいまだ眠りの中。まだ疲れが残っていると妾の独断で判断する。故に、だ。他の勇者や魔王、王に大貴族、星神教の教皇なんかの連中にはまだ待ってもらわねばならんし、全快するまでは世話人以外との面会など以てのほかと妾が決定した。ましてや魔王種を産む魔王母胎樹の討伐に関する話合いをするのも難しかろう。まぁ、話し合いをするにしても凡百の集まり故に喧々囂々となるのは想像に難くなかろう。ならば、多少の地ならしは必要よな」


先程とは打って変わって、悪辣な笑みを浮かべるアロガンシア。


「うわぁ、すっごい悪そうな顔してるでございますね。ヴルカノコルポ王はお国事情で今回の魔王母胎樹討伐に関しての会議は代理の者を残して早々に帰ったでございますし、星神教のカネーガ枢機卿は魔王に対して熱くなりすぎてだいぶん面倒になった訳ではございますが、信仰の勇者が上手く御すと期待するしかないでございますねぇ、教皇が来るってのはかなりビックリでございますが。一番よく分からないのは魔王でございますね、ちょっと解体させてほしい所でございます」


「怠惰なる姉君にしても我が父や我が母にしても、なんとも物事を難しく考えすぎておるわ。妾は言ったぞ、ソラタはいまだ眠りの中とな」


「どういう事でございますか、アロガンシアちゃん?」


「ソラタは底抜けの甘ちゃんでお人好しで善性の塊と言っても過言ではあるまい。恐らく、討伐の話し合いに際しても他者の吐く言葉を善と受け止めたならば、それら全てをどうにか叶えようと今回以上に無理をするであろう」


「まぁ、その可能性は否めないでございますね」


「だからこその地ならしよ、人類の危機であるならば多少のわがままは抑えてもらわねばなぁ、クフフ」


「……人死には出さないようにしてほしいでございますよ」


「おいおい、怠惰なる姉君、妾は世界序列第一位ではあるが一国の王女でもあるのだぞ? そのようなヘマをする訳がなかろう、ソラタもそんな事は望まぬしな。妾がやるのはただの話し合いに過ぎぬわ。まぁ、話し合いの場には大罪の七姫が揃っているというだけでな」


「あらあら、他のみんなに声をかけたんでございますか? ラージュちゃんがとても怒りそうでございますねぇ。姉妹勢ぞろいする事自体、何年振りになるでございますかね。この事は父上や母上には言ってるでございますか?」


「無論、妾の独断で招集の報をおくっておるわ」


「あぁ、やっぱりでございますか」


面倒な事になりそうだと、トレイクハイトは被っている壺に手を当てて大きくため息をついた。

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