77・異邦の少年と暴走侍従長
「……では、私のお願い事を聞き入れて下さるという事でよろしいですか? よろしいですね? よろしいでしょう? よろしいです、ありがとうございます」
ティグレさんの眼がなんだか怖い。
ちょっとよだれも垂れてるし、大丈夫だろうかと心配になる。
なんで、両手を広げてじりじりとボクに近づいてくるのだろう。
「う、うん、ボクに出来る事なら何でもするよ。ティグレさんのお願い事はなぁに?」
「えぇえぇ、簡単な事です。ちょっとこれで目隠しをしていただければ、あとはこちらでフヒヒ致しますので、フヒ、ご安心をば」
そう言ってティグレさんは首元のリボンをほどいて、ボクに手渡した。
言われた通りにリボンで目隠しをしてティグレさんの声のする方を向く。
「はい、目隠ししたよティグレさん、これでいいの? あ、痛いのはやめてねティグレさん」
「もちろんです、むしろ気持ちいいというかフヒヒというか」
目を閉じていると、なにやらシュルシュルと布がこすれる様な音が聞こえてきた。
ティグレさんの息遣いがどんどん荒くなってくる。
「では、何でもと仰ったのはソラタ様ですし、恩に恩で報いるのはまさに素晴らしき事ですし、据え膳喰わぬは、と異世界より伝わった言葉もありますし、ありがたくフヒヒ―ッ!!」
次の瞬間、ゴンッ!! と大きな音がした。
「ぶべっ!?」
大きな音と共にティグレさんが変な声をあげた。
そして、ドサッと何かが倒れる音とゴロゴロと何か堅そうな物が転がる音が耳に入る。
ティグレさんに目隠しをしてほしいと言われてるから、目隠しはしたままティグレさんに声をかける。
「どうかしたのティグレさん?」
「あぁ、ご安心くださいませソラタ様。侍従長は少しお疲れのようで、今おやすみになられたようです」
聞き覚えのある声が部屋の入口の方から聞こえた。
「あれ、もしかしてウルスブランさん? どうしてここに?」
「はい、侍従長補佐であるウルスブランです。お久しぶり、と言う程ではありませんが、お元気なようで何よりですソラタ様」
心なしかウルスブランさんの声が少し怒ってる様な気がする。
なんでだろう。
「ソラタ様、その目隠しはまだそのままでお願いいたします。まがりなりにもプラテリアテスタの侍従長たるティグレ様のぶざ……、コホン。はしたない姿でお目汚しする訳には参りませんので。多少、ティグレ様のご様子がおかしかったと思われるかもしれませんが、獣化のなごりが残っていた為とご理解ください。獣の魔力が抜ければ、いつものティグレ様にお戻りに……お戻りになると思いますので」
「えっと、よく分からないけど分かりました。ティグレさんも色々あって疲れてるんだと思うから、ゆっくり休めるようにしてあげてくださいね」
「かしこまりました。では、私はティグレ様を別の部屋に移動させますので、私どもが部屋を出た後にその目隠しをお取りください」
ズルズルと何かを引きずる音が部屋に響く。
ウルスブランさんは何を引きずっているんだろう。
そう言えば、ボクはウルスブランさんには何も言わずに王宮から出て行った事を思い出した。
「あ、あの、ウルスブランさん。こんな事言われても何を今更って思われるかも知れないんだけれど、心配かけてごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい」
「……ソラタ様は勇者として誰かの為になすべき事をなしたのですから、私に謝る必要などありません」
「ううん、ボクは自分の事だけしか考えてなかったよ。勇者としてだとか、誰かの為なんかじゃないんだ。ただ、ボクが誰かが苦しむのを見たくなかっただけ、ただそれだけなんだ。だから、ボクは迷惑をかけちゃった人に謝らないといけない。ウルスブランさん、本当にごめんね」
ウルスブランさんの魔力に複雑な感情の色が混ざっている感じがして、怒ってるのか悲しんでるのかよく分からない。
沢山迷惑をかけてしまったし、嫌われてしまったのかもしれない。
うつむいていると、ゴトリと音がした。
「安心するでございますよソラタ殿、ウルスブランはただ置いて行かれた事を根に持っているだけでございますからね。そこまで項垂れなくてもいいでございますよー。いやはや、ウルスブランもいい加減にするでございます。ソラタ殿は勇者だ何だと言ってもまだまだ十歳にもなっていない子供なのでございますしー、ウルスブランに嫌われたと思って今にも泣きそうになってるでございますよ」
「トレイクハイトちゃん? トレイクハイトちゃんも来てたんだ。ううん、ボクは嫌われても仕方ない事したもの。とても悲しいし辛いけど、ウルスブランさんだってボクの事なんかもう――」
ボクが言い終わる前にボヨンと柔らかく、重量感のある何かがボクの顔に激突してきた。
首から変な音がした気がする。
「ご、ごべんなざいぃいいいいい!! ソラタ様は何もわるぐないんでずぅううう、わ、わだしがぁああああ、おいでかれて、ちょっと寂しかったから、いじわるして冷たい感じでそっけなくしてただけなんでずぅううう!! ソラタ様を嫌いになんかなれる訳ありまぜん、わ、わだしを嫌いにならないでくだざいぃいいいい、ごべんなざいぃいいいいいい!!」
わんわんと泣き叫びながらウルスブランさんが大きな声でボクに謝った。
たぶんウルスブランさんがボクの頭に抱き着いている感じになっていると思うけど、ちょっと力が強すぎて頭が砕けそうだなと思った。
「だ、大丈夫だよウルスブランさん、ボクがウルスブランさんを嫌いになる訳ないよ。それよりウルスブランさんに嫌われてなくてよかった。大好きな人に嫌われるのはやっぱり辛いから」
「あ、ありがどうございまずぅうううううう、わ、私もソラタ様の事だいずきでずぅうう、うわぁああああああああん!!」
更に強く抱き着いてくるウルスブランさん。
何か柔らかい物が更に顔に押し付けられて、息がちょっと出来ない。
でも、ウルスブランさんに嫌われた訳じゃないと分かってホントに良かった。
ホッとしたからなのか、急に意識が遠くなってきた。
そう言えば、ティグレさんからご飯を貰っていたコタマが妙に静かだったなぁ、なんでだろう。
そんな事を思いつつ、ボクは気を失った。




