75・異邦の少年と精霊獣
しばらくして、コタマが目を覚ました。
ググッと体を伸ばしながら大きくあくびをして、コタマは毛づくろいを始めた。
「おはようコタマ、痛い所とかはもうない?」
「おはようにゃ。今は平気にゃ、ご主人も生きててにゃによりにゃ、肩代わりした甲斐があったというものにゃ」
「……これからは勝手にあんな事しちゃダメだよ。本当に心配したんだから」
「ご主人に言われるようじゃ相当にゃ。今の言葉そっくりそのままご主人に返すにゃ。覚えておくといいにゃご主人、ご主人はご主人が思ってるより愛されてるにゃ、あまり無理はしにゃい事にゃ」
「うん、分かった。もう無理はしないよ、みんなに心配かけちゃったし痛いのは嫌だからね」
そう言ったボクをコタマはジッと見つめた後、ため息を一つついた。
どうかしたのだろうか、何か変な事を言ったつもりはないのだけれど。
「そういえばなんだけど、聞いてもいいコタマ?」
「にゃんでも聞いてくれていいにゃ、答えられる事にゃらにゃんでも答えるにゃ」
「ティグレさんがコタマが精霊獣だって言ってたんだけど、精霊獣ってなんなのかなって?」
「あー、そういう事ににゃってるのかにゃ。まぁ、枠組みとしては同じみたいにゃ? 感じだし? うん、まぁ、そういう事でいいのかにゃー」
コタマがうーんうーんと何か唸っている、聞かれたくない事だったのだろうか。
精霊獣、この世界に来て初めて聞いた言葉だったから少し気になったのだけれど、コタマが言いにくいなら無理にとは言わない。
誰にだって言いたくない事は有るものだし。
「ごめんねコタマ、言いたくない事なら無理には言わなくてもいいから」
「ん? あー違うにゃ違うにゃ。大まかにはうちは精霊獣と定義されて然る存在ではあるのだけれど、細かい所ではちょっとした違いがあると言うか? 自然現象に自我だとか思考を求める愚かしさを語るのは実にくだらにゃいってだけで詰まる所、精霊獣とは自然に存在してる魔力が何かの理由で一か所に溜まって恐ろしく高濃度の魔力塊になった所に何某かの意志、魂が紛れ込んで生前の生物としての在り方を模倣してる生き物のまがい物にゃ」
「よく分からないんだけど、魔力が生き物の真似事をしてるって事なの?」
「おおざっぱに言えばそうにゃ。まぁ、うちはご主人のおかげで魔王種から分離された精霊獣の欠片みたいにゃ物にゃ。自然の魔力ではなくてご主人の魔力から生まれた人工の精霊獣と言ってもいいかもにゃ。ついでに言うと、この世界一般の常識から言えば、精霊獣は自然の魔力から生まれた神に近い生き物って事になってるみたいにゃ」
「コタマって神様なの?」
「冗談じゃにゃいにゃ。あんな埒外の存在と同列に扱ってほしくにゃいにゃ。あれはもっと違う次元の何かにゃ、あれは翻訳機でもにゃければ意思の疎通も出来にゃい人外にゃ。ご主人、勘違いしちゃダメにゃ、あれは分かりあえるとか互いに手を取り合ってとか、そんにゃ人間社会の常識が通じる程、分かりやすい存在じゃにゃいにゃ。人と同じ様に接していると、いつか取り返しのつかにゃい事ににゃるにゃ」
「そうかな、カエルムさんは良い人、というか良い神様だったけど……」
「神という存在に良いも悪いもにゃいにゃご主人。水不足で困ったからと神に雨乞いしたら、洪水で沈んだ都市なんてのもあるくらいにゃ。神に対して人が出来る事にゃんて、どうかにゃにもしにゃいでくれと、ガタガタブルブル震えてただ祈る事だけにゃ。意志を持って自由に動き回る理を越えた超常現象の権化なんて想像するだけで怖気が走るにゃ」
「コタマは難しい事を言うんだね、ボクはただみんな仲良くできればいいなって、それだけだよ」
「ご主人はそれでいいにゃ。その在り方はうちにとって好ましいものにゃ」
そう言ってコタマはボクに頭を擦り付けた。
ボクはその頭を優しく撫でながら、窓の外に目を向ける。
窓の外に広がる空の上、天の国に神様が居ると誰かが言っていた。
ボクがカエルムさんに連れて行ってもらったあの場所がそうなのだとしたら、カエルムさんの他にも神様がいたのだろうか。
コタマは神様の事をよく思っていないらしいけれど、やっぱりボクはカエルムさんが悪いモノだとは思えない。
いつか、コタマにも分かってもらえたらいいのに。
コタマとしばらくじゃれ合っていると、良い匂いがするのに気付いた。
コンコンとドアがノックされ、サンドイッチの様な食べ物やフルーツなんかが乗ったおぼんを持ったティグレさんが部屋に入ってきた。
「お待たせいたしましたソラタ様。まだ魔王種討伐後でゴタゴタとしておりまして、簡単な物しか作れませんでした、お許しください」
「ううん、全然待ってないよ。それにティグレさんが作ってくれたなら、きっとなんだって美味しいから気にしないでほしいな」
「もったいないお言葉ですソラタ様」
ティグレさんが嬉しそうにニコリと笑う。
その足元にコタマがサッと移動し、足に身体をこすりつける。
「おーい、虎女ー。うちのはー? 肉がいい肉。野菜は虫の食い物にゃ、うちは嫌いにゃ、肉くれにゃ」
「まったく……今の状況で肉は無理。干した魚なら少し貰ってるからこれにしておきなさい」
手に持っていたおぼんを近くのテーブルに置き、ティグレさんはお皿に干した魚を乗せてコタマの前に差し出した。
「しけた魚にゃ。今度は肉くれにゃ焼いたのがいいにゃ、焼き加減は外側に焼き色がついた感じで中は赤身が結構残っててもいいにゃ」
「はいはい、手に入ったら検討するから贅沢言わずに食べなさい」
「仕方にゃい、今回はこれで我慢してやるにゃ」
そう言ってコタマはガツガツと干した魚を骨ごと食べ始めた。
「コタマ、慌てて食べると喉を詰めるよ、気をつけてね」
コタマはボクの方を向いて、分かっているとでも言うようににゃーと一鳴きして、またすぐに食事を再開した。
「ではソラタ様、食事の用意が出来ましたので、どうぞこちらのテーブルに」
ティグレさんが椅子を引いてボクに席に着くよう促す。
「ありがとうティグレさん、じゃあ一緒に食べましょう」
「はい、かしこまりました」
プラテリアテスタとヴルカノコルポが戦争状態になりそうだったり、魔王種とみんなで力を合わせて戦ったりした事が嘘みたいに感じる程、のんびりとした時間が流れている。
ボクはずっとこんな時間が続けばいいのに、と思った。




